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とりあえず、写真だけでも載せとこ(^^;
こないだの月曜はあいにくのお天気でありましたが、ばっちり見てきたぞい☆
朝鮮通信使の行列だけかと思ったら、先頭は滋賀県警の鼓笛隊のみなさんでしたw
そのあとに赤備えの甲冑軍団が来て、朝鮮通信使の長い行列があって、その後にはまた騎馬と徒歩の侍行列。
お馬さん、かわいかったよ♪
このイベントにあわせて、彦根城博物館では正徳の治で知られる政治家、新井白石の手による朝鮮通信使に関する文書を公開してました。
白石のとった外交政策に、金銀の海外流出を防ぐために長崎貿易を縮小するってのと、朝鮮通信使の待遇を簡素化するってのがあったそうな。
が。
博物館で公開した資料ってのが、なんと通信使の服装やら持ち物の『図解』なんである。
朝鮮国王の国書を奉じてやってくる人々であるから、そりゃあちらさんも国家の威信をかけて立派な使節団を派遣しますわな。
その正使や副使はおろか、雑役夫みたいな人間にいたるまで、いちいちきちんと彩色をほどこしての図解である。
写真なんてない時代、これだけの記録を残すのは、どれほど大変なことやったか。。。
ていうか、暇やったわけ?
好奇心丸出し??
あんた、ずーっと使節団のみなさんのそばにべったりくっついて観察しとったんかいな???
や、いいけどさ。
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大津地方検察庁襲撃事件
大津地方検察庁襲撃事件とは、1950年(昭和25年)12月1日に、滋賀県大津市で発生した公安事件。
1950年12月1日午前10時30分頃、日本共産党地区委員や旧朝連の幹部ら3人が大津地方検察庁を訪れ、勾留されている同志の釈放を検事正に要求した。
検事正がこの要求を拒否したところ、朝鮮人約100人が集まり検察庁内に侵入しようとした。
大津地検は大津市警察に警察官の派遣を依頼、大津市警だけでは足りないため、国家地方警察にも救援を求めた。警察官到着後、検察庁は解散を命じ、実力で排除した。
その際に2人を逮捕し、群集は一旦解散した。
朝鮮人の群集が再結集して、日雇労働者の集団を巻き込むような形で、再度地検に突入してきた。
朝鮮人は暴徒化し、警察官に襲いかかってきた。この事件で43人が逮捕された。
2012/7/7(土) 午前 11:55 [ 丸子実業高いじめ殺人判決は大誤審 ]