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一連のインフルエンザ騒動で、2週間先の予定までつぶれてしまい、すっかりぐれぐれ子なほったんです。
中央大教授殺害の犯人逮捕や、韓国のノ・ムヒョン前大統領のニュースなど、いろんな興味深いことがあり、それらをネタに書こうとした矢先。
足元を、ちびムカデが、ちょろり。
すぐさま手近にあった折りたたみ式のミニテーブルを振り下ろし、その角で小さな体を真っ二つに。
しかし、強いね〜!!
尾っぽも頭も、それぞれでモゾモゾ動き続けてやんの。
しばらくして、動かなくなったな〜と思ってつついてみると、またモゾモゾ動き出す。
尾っぽの側も頭の側も、それぞれ別々にうねうねとくねらせている様が面白く、何度かそれを繰り返して遊んでいたが(獲物をいたぶる猫みたいなもんで)、さすがにしばらくして飽きてきたので、菜ばしでつまみあげて、ガス台であぶり殺してやりました。
(こうやって文章化すると、我ながら、ものっそいえげつないことやってるような気がするなあ。。。)
ムカデって、ちょっとやそっとじゃ死なないから、火あぶりが一番手っ取り早いですよね。
火でちょろっとあぶっただけで、堅くなって死んじゃう。
全身が焼けるまでもなく、死んじゃうんです。
人間だと、こんな簡単には死ねんやろな・・・って、何の話だか。
さて、ムカデといえば、俵藤太(藤原秀郷)のムカデ退治のお話である。
ほったんの地元、彦根にほど近い、野洲市の三上山、平安時代も中期のお話でございますm(_ _)m
琵琶湖に住む龍神さんのお姫様に頼まれて、力自慢の俵藤太さんが、三上山に住む大ムカデを退治するというお話なんですが、この大ムカデ、どれくらい大きいかってえと、三上山をぐるぐるっと七巻き半するくらいの大きさなんですね!
その美しい形から、別名『近江富士』とも呼ばれる三上山、標高はたったの432m。
しかし、こいつを七巻き半!!
よくわからんが、ゴジラやモスラも目じゃない大きさのハズ!!!
こいつを、藤太さんは、弓矢で射殺すんですよ。
つっても、そう簡単に殺すことはできなくて、何本も矢を射てダメだったけれど、八幡様にお祈りして、矢の先っちょに唾つけて射たら、ついに倒すことができたというありがたいお話。
(この大ムカデ、実は平将門のことを指すという説もあるそうな)
ほったんが藤太さんだったら、唾なんかつけずに、火矢を放ったろうな。
この時代だと、まだ火薬を使ってないから、ふつーに油を含ませた布かなんかを巻きつけてさ。
はい、こんでおしまい。
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え、ほったんなら、口に含んだ酒を手に持った松明に霧吹状に吹き出して、その炎で焼き殺すんじゃ....。
http://www.pref.shiga.jp/minwa/44/44-movie.html
ムカデではこんな話もありますよ。
2009/5/24(日) 午前 5:58 [ 出雲守 ]
無理です。一度お口に入れた酒を出すなんて、絶対できまへん!!
やはり、ムカデや蛇のように体の長いやつと戦うときは、離れたところから矢を射掛けるのが一番♪
そうそう、ムカデがわらじを履く話、ありましたね〜こっちのムカデは愛嬌があっていいんですけどw
2009/5/24(日) 午前 10:05 [ ほったん ]
近江の国は、昔からの言い伝えが、いろいろあって面白いですね!
大堂が、聖徳太子に関係があるなんて、例の地名にお詳しい方の記事で初めてしりました。大堂には、親戚がいましたから「たいど」のおじさんなどと呼んでいても、その意味など考えたことなどありませんでした。三上山の近くには、中学時代の担任が住んでいて、こちらが定年退職してから訪ねて、懐旧談にふけりましたが、多分もう冥土に旅立っているだろうな〜〜!世襲といえば、彦根市長は、井伊家から出ると決まっていたような時代もあったっけな〜〜!
2009/5/24(日) 午後 0:46 [ 琵琶 ]
なんか気になってたんだけど。
三上山を七巻半したってところ。
光の速度は一秒間に地球を七周半する。
ムカデとは光で三上山は地球なのか?
2009/5/24(日) 午後 7:35 [ 出雲守 ]
ムカデを発見!真っ二つ!そして・・・火あぶりの刑ですかΣ( ̄ロ ̄lll)
おそぎゃ〜がね!
そういえば最近、ムカデ見ませんね〜。
トカゲなら庭をうろついてるけど・・・^^;
2009/5/24(日) 午後 10:14 [ あなご ]
兄上さま。
どっちにしろ、鉢巻(8巻き)には足らない・・・な〜んてのが、落語にありましたねw
2009/5/27(水) 午後 10:28 [ ほったん ]
あなごさま。
あの声で トカゲ喰らうか ホトトギス
神戸の街は山の斜面にはりついてますからね〜山の生き物にびびっていては暮らしていけませんのよ(笑)
猪だろうが、猿だろうが。。。
トカゲは可愛いですね。
でも、そのトカゲを喰らうホトトギスもモズも、可愛くて大好きですよ♪
2009/5/27(水) 午後 10:37 [ ほったん ]
琵琶さま。
ほったんは幼い頃から昔話の類が好きで、竹生島の弁天様とナマズのお話とか大好きです♪
京都や滋賀って、実在の人物にまつわるお話も多いのが特におもしろいですよね!
「天女の羽衣」のお話は日本全国に広がっているけれど、滋賀の「余呉のうみの天女」のお話は、羽衣を盗まれちゃった天女が、かの菅原道真公のお母さんだとかw
亡くなられた元市長さん、お顔もばっちり覚えております。
時代劇に出てくる役者さん(悪いお殿様役)みたいなお顔で、大好きでした!!(←幼い頃から変なシュミだったのです)
すご〜く長いことされてたんですよね。
でも、一代かぎりでしたよ(・ω・)/
いまの井伊のご当主は派手なことが苦手なようで、昔から「絶対、政治家にはならない!」とおっしゃてたようですよ。
築城400年祭や開国150年祭のイベントに出てこられたときも、見ててなんだかお気の毒なくらいでした・・・学者さんだもの、パフォーマンス苦手でもしょうがないですよね(^^;
2009/5/27(水) 午後 11:17 [ ほったん ]
矢橋船
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug104.htm
ですな。
天神さんは余呉の菅山寺で修行なされて、後に詣でに来ておられます。
その関係で、湖北のあちこちに菅公勧進の天満宮があります。
羽衣伝説は桐畑太夫というお話で、天女との間に産まれた娘の一人が菅公のお母さんだったはず。
2009/5/28(木) 午後 9:45 [ 出雲守 ]
>天女との間に産まれた娘の一人が菅公のお母さんだったはず。
『桐畠太夫縁起』には、ちゃんと「太夫と天女の息子」とありますよ〜母天女が天に帰った後、菅山寺のお坊さんが引き取って育て、その後、菅原是善卿の養子にもらわれて都にのぼったんです。
滋賀県や余呉町の教育委員会編纂資料でも、「天女の息子」となっとりますから間違いありません。
ほったん、このお話は小さい頃からくり返し読んでるもん!!
2009/5/28(木) 午後 11:30 [ ほったん ]
昔話にけちをつけるつもりはありませんんが。
http://www2.cny.ne.jp/kankou-y/YOGO_TENNYODENSETU.htm
http://www.norichan.jp/jinja/benkyou2/ikagu.htm
http://www.ne.jp/asahi/folk/collage/YogonoTennyo.htm
あたりにあるように、いくつかの話があるようです。
私個人的にも、天女の子としての話と天女の娘の子の話両方を聞いています。どっちが正しいなんて言いませんが、子供は迷うでしょうね。
2009/5/29(金) 午前 5:22 [ 出雲守 ]
殿様市長さんという珍しさから、話題にはなりやすかったでしょうね。任期も長かったわけですし。
ほったん小学校低学年くらいの頃のことなので、あまり確かな記憶ではないのですが、竹下登内閣の「ふるさと創生事業」で1億円もらって、世界古城博覧会というのをやったんですよ。
たしか、彦根城博物館はそのときに出来たんです。
1億円もかけて純金のカツオ像だのコケシ像だのを作ったり、後に赤字閉鎖に追い込まれる村営キャバレーなんかを作った阿呆な自治体が多かったことを思うと、かなりいい活用法だったと思いますね。
井伊家の資料が豊富なのと、優れた学芸員さんがいらっしゃるのとで、彦根城博物館は彦根が全国に誇れるもののひとつだと思います。
ほったんもしょっちゅう行ってますが、次から次へと新しい資料が出てきたりするので、ちっとも飽きませんよ♪
たんに殿様だから長く続いたというわけでなく、それなりに政治手腕を認められていたんじゃないですかね。
2009/6/11(木) 午前 0:08 [ ほったん ]
古城博....デェトで行きましたねぇ....。
チケットが手に入らなくて、門前で「いらない」と言う人にわけてもらって。
資料が散逸していないというのは大きいです。
長浜も彦根藩領はまだしも、他藩領や旗本領など一つの村が幾つもの領主に分割されていたり、明治以降人口流失が続いていましたから、例え名家でも存続していなかったり資料散逸していたりしますし。
2009/6/11(木) 午前 10:51 [ 出雲守 ]