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なんせ、気まま勝手なつぶやきなもんで、抜け落ちてる部分はいろいろ補わねばなるまい。
ほったんは2年と半年前、あれほど恋焦がれていたはずの「研究職」ちう身分を捨て、「第2の故郷」である神戸を離れ、ホンマの故郷・彦根に帰ってまいりました。
・・・・・・・結果をみると、なんかぶっちゃけ「意味なかったんじゃね?」みたいな気はしてるんすけどもね。
ただ、あの時は少なくとも、「これ以上、彦根(実家)のことで振り回されつつ神戸で仕事するのなんか絶対ムリ!!」ってギリギリのとこまで追いつめられてたわけで。
とか言いつつ、ホンマのギリギリ限界まで我慢してるハズないほったんは、あっさり某お役所の正規職員の身分を獲得し、これはけっしていわゆる「都落ち」ではないぞな、な〜んて誰も聞いちゃくれないよな言い訳を自分の腹ん中でだけしつつ、彦根に帰ってきたわけです。
ま、なんだかんだで、ほかのどこより愛してますもん、まい・ほーむ・たうん“ひこね”。
・・・・・・ま、そこはそれ、別にいいんすけどね。
神戸に未練はあっても、後悔ばかりというんでもないけどね。
まず、おとんが倒れた。
その後、おかんが倒れた。
少し落ち着いたと思ってたら、アネがいろいろやらかしてくれた。
なんやかやあって、どうにか落ち着きそかな〜みたいなとこに、おとんが再び倒れた。
てなわけで、ほったんは故郷に戻ることになった。
・・・・・・が、さすがに我が父だけあって結構しぶとく、おとんはふたたび回復した。
阿呆たれめ、こんなことなら戻ってくるんやなかったわい、と一人ごちつつ、慣れないお役所勤めに励んでいた。
まあ言うてみたところで、お役所勤めは父方・母方どっちみてもの「ファミリー・ビジネス」みたいなもんなわけで、周囲が心配するほど適性がないわけでも(たぶん)なく、そこはそれ。まあそれなりに無事、お勤めしていたわけですよ。
・・・・・・・・・・が、問題は他にあった。
幼い頃にはそもそも接点がなかったせいで、まったく問題が表面化せずにおったが、ほったんとおとんは根本的に「似た者同士の角突き合い」ってヤツで、うっかりするとすぐに周囲も巻き込む大バトルをやらかしてしまう。
今、こうして思い返したところで、どちらが正しいというわけでもなく、どちらがまた間違っているというわけでもなく。
わりと根っこの部分ではお互い同じ考え方のくせに、枝葉の部分がちょっと違い、他の相手なら、まあこっちが譲るなりなんなりして丸く収めるところ、「感情」の部分が邪魔をして、しかもどちらもが相手を「自分の理屈でねじ伏せてやろう」なんて考え方の人間だもんで、丸く収まるところも収まりきらず、丸が四角どころの話ではない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから、少し、距離を置こうと思った。
いろいろいろいろいろいろあるから、見捨てることは、それはできないけれども、でも、ちょっと離れてみようと思った。
お互い傷つけあうよりは、お互いの刃の届かない程度のとこまで離れて、見守っていよう、みたいな。
そこで、ほったんはどうしたか?
土地を、買ったのである。
実家から歩いてすぐの距離に、お城(天守閣)がいい塩梅に見えて、ほったん1人の侘び住まいにはよかろう、的な、70坪少々の土地を。
(田舎にしては)狭いっつっても、おかんの老後を考えて、いずれおかんが一緒に住むことを考え、いつ発作が起きても大丈夫なように、「救急車が入りやすい道幅の土地」であることが選定の基準であった。
だけどまあ、明治生まれの祖父による教育が、初期設定がアレなもんで、災害に強い土地でなきゃなあとか、いろいろアレして、いわゆる新興住宅地には死んでも住むもんかい、的な感覚も染みついてしまってるわけで、おかげさまで土地代だけで結構な借金を背負う羽目に陥った。
まあ、さすが田舎の公務員、この不景気も手伝って、かなりいい条件で返済計画たてたけど。
・・・・・・・・・・・・それはさておき。
もともと、おとんとのバトルがマイ・ホーム建設の原因であったわけで、しかも土地取得から何からびた一文、おとんの財布から出ていないわけなのに。
ほったんの購入した土地は、ほったん以上に、おとんのハートをがっつり鷲掴んでしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・娘のものは俺のものって、あんたいつの時代の人間ですか。
あんたには御先祖様から受け継いだ家がちゃんとあるでしょが。
とかなんとかやりあいながら、ま、そんなこんなで、ほったんの別宅建築計画が進む中、おとんは愛犬・桃次郎の散歩がてら毎日毎日「御領地検分」に精を出しておりました。
舞い上がったおとんにムカついた(心の狭い)ほったんが、あそこはアタクシの土地でありますから、ごちゃごちゃ言うならおとんだろうと誰だろうと、一歩も屋敷内には入れません、と言ってみたところ、「ああいう土地はお前個人のものではない。みんなのものだ」とワケのわからんことを言い出し、相変わらずの小競り合いは続いておりましたけれどもね。
それもあと少しの我慢と、この阿呆父と離れられるんでせいせいするわ、と思ってたんですけれどもね。
・・・・・・・・・・・・・・・ほったんの、“うかつ”であった。
おかしいとは思っていた。
実際、再び病院に連れていくべきだと、あの時、母を説き伏せている最中だったんだけれども。
熱は、2日前から高かった。
それで、前日には早朝にもかかわらず、本人があまりに騒ぎ立てるので、救急外来を受診させていた。
医者は、胃腸風邪だと言った。
そんな大騒ぎするもんじゃありませんよ、と。
実際、当時、県下全域にノロウイルスの警報が出ていたし。
ほったんも誰も、医者の言葉を鵜呑みにしてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それが、すべての間違いのもとだった。
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ウン、ウン、それから・・・
2012/10/20(土) 午後 11:47 [ 琵琶 ]
本当に、御無沙汰しておりました。
琵琶さんが相変わらずお元気でおられて、本当にうれしいです。
そのことをずっとお伝えしたかったのですが、お伝えしようとするたびに、我が父の有様を思い、涙が出てきてしまってどうしようもありませんでした。
今は少し、希望の光が見えてきて、こうして少しずつ自分の中の膿を出さねばともがいております。
2012/10/21(日) 午前 0:51 [ ほったん ]
ご無沙汰しています。
大丈夫ですか?
2012/11/5(月) 午前 9:51 [ 出雲守 ]
堀田さん!ほんとに久しぶりすぎて、もう思い出されないかもですが、
一時的に3研にお世話になってたチビっこです。
大丈夫ですか?
2012/11/12(月) 午後 8:43 [ マメ ]
お初コメントさせて頂きます(。?∀?。)
新参者なので失礼があったらすいません!同性ですヾ(´▽`*;)
ほったんさんのブログが心に響いたので思わず書かせて貰っていますσ(^○^)
最近は嫌なことばかりで、打ちのめされて凹んでばっかり。。。
だけど、ほったんさんのブログを読んでいるとなぜかいっぱい励まされた自分がいました。
なぜかなんていうと勘違いされそうですが、そういうつもりじゃなくて気軽に読ませて貰ったんですね(ノ≧∀≦)ノ
なのに気持ちが楽になっていく自分がいて、本当に、ほったんさんのブログって優しいなって。
ほったんさんに感謝の気持ちがいっぱいです(´w`*)
差し出がましいお願いなのですが、ほったんさんに聞いて欲しい悩みがあります。
koikaren@i.softbank.jp
唐突で驚かせてしまいましたよね(*´∀`)b
でも、ほったんさんにならお話できる。。。どうしても聞いてほしいという思いでいっぱいです。
※でも迷惑だったらコメントは消去しちゃって下さい。。。
2015/2/13(金) 午前 0:13 [ hos*i*k2ehc* ]