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日系米国人の女性監督さんが「特攻隊」をテーマにした映画を撮って、それがこの21日から公開されるらしいです。
ドキュメンタリー映画ですね。
「特攻隊」をテーマにした映画といえば、つい最近『俺は、君のためにこそ死にいく』ってのが公開されてましたが、こいつぁあタイトル見た時点で唾をひっかけたくなったようなもんで、見に行く気なんざサラサラ起きなかったです。
ほったん、戦争を美化したがる人間は虫唾が走るほどキライ。
自己を正当化しようと躍起になる連中が大嫌い。
美しいところも汚いところも全部ひっくるめて、全部しっかり受けとめた上で、ときにはちょい自虐ねたなんかもさらしつつ、しっかり大地を踏みしめて立ってるひとが好きですから。
すんません、話がそれました。
えっとですね、ほったんが身近で聞いてきた戦争体験って、ちょっと世間一般で語られてるもんとは違うかもしんないです。
一番頻繁に聞かされて、そんでもって一番ふつう(?)の戦争体験は、母方のジイ様が南方で戦って、敵さんに脇腹をぶっさりやられて死にかけてたのを、なぜか現地の(つまり敵方の)人間に助けられ、介抱していただいたっちうお話。
おかげ様で、うちのジイ様は無事生きて故国に戻ることができ、愛妻との間にさらに2人の子供をもうけ、そのうちの1人がほったんの母となったという美しいお話☆
が、ぢつは酔っ払いジジイのこの話には必ずいつも悲しい後日譚がくっついてて、6人の子供のうちでもっとも出来がよく、可愛くて可愛くてしょーがなかった自慢の長男坊が、戦後の食糧不足の中で病気になり、そのまま儚くなってしまったという。。。それが、戦後数十年たって、大勢の孫に囲まれて平和を満喫している今でも悔しくて辛くてたまんねえ、そんなシメなんですな(T_T)
ほったんは幼い頃から、この話を繰り返し繰り返し繰り返し聞かされてた。
一緒に風呂に入るたんびにジイ様の脇腹の傷を目にし、酔っ払っては最初のうちこそ陽気にしてるのに、最後は決まって長男坊のことを語りだして涙にくれる姿を見てきた。
(ほったんが「年寄りに甘い」と言われるのは、やっぱジジコンだからでしょーか。。。)
このジイ様、南方にいかされる前の若い時分には近衛隊にいたほどの人間で、戦後も正月の皇居で日の丸振ったりなんかもしてたりしてましたけども。
そんでも、あの戦争に関してはいろいろいろいろ思うところがあったでしょうなあ。。。
さて、そんでもう一方は父方のジイ様である。
こっちのジイ様は、ほったんがこの世に生を受ける前に亡くなっているわけですが。
このジイ様は、母方のジイ様とはだいぶ違う戦争体験を持っていなさる。
ぶっちゃけ、こっちは「戦争でウマイ目見た人間」です。
いわゆる中国残留孤児なんてのは、戦争の被害者、敗戦によって故国・日本に帰りそびれた可哀相なひとびととして扱われているわけですけれども(実際、文化大革命の頃のご苦労なんて相当なもんだったでしょう)。
そういう方たちの親世代として、当時植民地であった中国で「支配者」の立場でブイブイいわせてた、それがほったんのジイ様なわけです。。。
一番印象に残ってる話はアレ、夏の暑い盛りに大きな氷の塊を部屋にどん!置いて、大きな扇で使用人に煽がせていたというもの。
この当時すでに扇風機は存在してて、映画なんかでもよく天井でくるくる回ってるのが映し出されたりなんかしてますけども、それよりもはるかに贅沢でしょ(汗)
(蛇足ですが、ほったん家が没落したのは敗戦が原因ではなく、このジイ様が戦後の日本で平和に優雅な公務員生活を送ったあと、ヤー公主催の雀荘に出入りして借金まみれになったせいです、ハイ。)
ま、そんなこんなで、ほったんの頭の中には結構公平な感覚が培われてると思います。
つまり、戦争ってのは、ごく一部の人間がウマイ目を見るために、圧倒的多数のお馬鹿な人間をそそのかして始めるもんである、と。
特攻隊だ、姫ユリの塔だと、妙なヒロイズムに酔ってるヤツらは、ただの阿呆です。
アレで死んだ人間てのは、最初から「捨て駒」扱いされてた人間なんです。
そうでない人間は、最初から危険な前線からは遠ざけられて(英国の王子様がイラクに派遣されへんかったのと同じこってす)、戦後までしぶとく生き残ってますから。
ほったんのこういう感覚を決定づけたのは、大学時代の恩師のお言葉。
ユズルちゃんは、戦争当時は京大の農学部におったわけです。
京大といえば、過去も現在も我が国の最高レベルの頭脳が集まる場所なワケですけれども、そんでも戦争末期の頃は、ここからさえ学徒出陣なんてもんがあったんですよ。。。(もったいね〜!!)
でもね、やっぱここでもちゃんと「選別」はあったんですって。
学徒出陣で、まず真っ先に前線に送られたのは、文系の人間だったそうな。
・・・わかりますか?
文系の人間なんて、戦争で切羽詰ってるお国の役に立たせようと思ったら、どんなに頭良かろうが関係ねえ、竹槍もって敵に突進するくらいしかねえってんですよ!!!(泣)
工学や農学や医学、つまり理系の学問てのは、基本「実学」です。
だから、そこいらにいる人間てのは大事に大事にされたそうな。。。
そんなわけで、ユズルちゃんは文学部やら法学部やらの同級生達が次々と前線に送り込まれるのを横目で見ながら、こんな阿呆なことがいつまでも続くわけあるかい、俺は生き残ってやるぞと堅く誓い、実際その通りに生き延びて、戦後もなんら敗戦の引け目を感じることなく、世界の第一線の連中と堂々渡りあって世界中に誇れるほどの成果を出し、京府で定年を迎えたあとも、欧州にわたってEUの研究機関の所長の職につくまでになったわけなんです。
だからな、実学ってのは強いんや。
ユズルちゃんは繰り返し繰り返し繰り返し、戦争を知らない子供達に、生き延びる術を教えてくれました。
たとえ日本がこのまま憲法9条を放棄し、阿呆な方向へ突っ走ったとしても。
ほったんはきっと生き延びるでしょう。
そして、もっと大事なことには、石原慎太郎の子供や孫やひ孫達は、きっと生き延びる。
小泉純一郎の子孫だって、前線で鉄砲の弾に当たるようなことはあるまい。
それが、現実。
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