宝の樹

猫の爪切りで汗だくになります

ジジとババ

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ババの誕生日

昨日はババの誕生日。
結局、誰からも何の連絡もなく スーーーーッと終わっていきました。
 
あれでも、もしかして叔母からババの様子を伺う電話ぐらいはあるかな?って思っていたんだけれど。
普段、介護をしている者への労いとか・・・。 あるわけないか。
 
 
昨晩は0時ごろに電気を消し就寝準備に入ると、
『この家は電気もつけられんぐらい貧しい』とババが言い始め、結局朝方4時まで嫌味を言い続けた。
 
ちょっと収まってきたかと思った5時前、
なぜか30分おきにトイレの訴え。
 
気がつけば朝7時。
 
ババはただいま、寝ております。
 
88歳。
我が家の誰よりも一番元気です。
 

順番が来た

2つの施設(特養)からほぼ同じ時期に
そろそろ入所できますよと通知が来た。
 
結論から言うと、両方 御断りしました。
 
 
やはり第一志望のところを待とうということになって。
 
 
施設によって、入所の優先順位の決め方が違います。
 
今回、1つは約5年前に申込をしていた施設。
要介護度の高い低いに関わらず、申し込んだ順番通りに入所の順番を決めるタイプの施設でした。
ここは、うちから約3時間離れた施設。
ババの田舎からは約40分のところなので申し込んでいましたが、
今となっては遠すぎます。
叔母たちがあまり手つだってくれないことを考えると、
私と母の通いやすいところがいいと思ったので断りました。
 
もう一つは
要介護度や介護者の状況を考慮して順番を決めて行く施設。
距離的には近いけど、バスや電車の本数が極端に少なく、
冬は凍結しやすい場所なので結局、いざというときに行きにくい。
あとは評判がちょっと・・・あまりよろしくないのが気になりました。
 
 
やはり第一候補を待とうと思います。
人気があるようで、ただでさえ申込者が多い。
要介護度を考慮して順番を決めて行くタイプの施設です。
 
もうすぐ申込から1年になります
 
母もだいぶ腰がやられてきました。
施設に入所させて、そこに通ってちょっと世話をするぐらいがちょうど良いと思うのだけど、
やっぱり気になるのは費用です。
 
順番が来るのが待ち遠しい反面、
あまり早く入所できても、長く費用を賄って
いくことができるのか。
 
 
う〜ん、
悩ましい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

意識改革 ・終

少しはまさおと休みを合わせ時間もとれるようになった。
 
しかし、ババからすれば
「昔はよく世話をしてくれたイイ子だったのに・・・」となる。
 
 
ここ連日、ババとの激しい言い合いが続く。
叔母も、積極的に介護に参加している姿勢とは思えない。
それでも、もう昔のようにババ第一優先の生活には戻さない。
 
 
口先は優しいことを言うが、ババの介護を頼んでおいた叔母がスケジュールを変更したりするので、まさおとの旅行がダメになったり、遊びに行けないことも今だによくあるが、前に比べる多少マシになった。
介護に来れない理由が宗教ってのが多くて腹ただしい。 私には関係のないことなのに間接的に宗教活動を助長してる気がして。しかも、自分の親の介護より宗教優先とはあり得ない。 親や身内をないがしろにする宗教の教えで世界を救えるのか?
 
 
まだ まさおには『よく怒る』とは言われるけど、前よりは楽に笑顔が作れるようになったと自分で感じる。
すぐに修復はできないけど、少しづつ まさおも私と過ごす時間を増やしてくれている。会おうと誘っても「ダメ」って言われると結構凹むらしいので、知らず知らずのうちに誘うのが怖くなっていたみたい。
私も怒る自分が嫌であまり自分からは誘えなかった。
 
 
 
私が腹を立てているのは、親をないがしろにしている人たちの姿。
見た目はババへの怒りだけれども、他の人になんとか介護を押しつけて介護から逃げ、 口先だけの優しさを振りまく人たちへの怒りがきっと私の中にある。
 
 

意識改革3

人間関係が希薄だったババは、身内としかあまり接していない。
我儘が言いやすい環境にずっといたせいか、甘えん坊で我を通す。
 
「寂しいから一人は嫌」だといつも言う。
 
年寄りの願いを聞いてやりたいと思うのだろう、優しい感情を持ってる人は多い。
みな、ババをできるだけ一人にしないようにと気を使う。
 ババを一人にしないために、私が使われる。
  
 
すっかり要介護状態となったババ。
母への負担が心配で、放っておくことができなくなった。
今は完全に逃げる道を断たれた感じがする。
私がババを放っておけば、母に全負担がのしかかり倒れてしまいそうだ。
 
 
母を裏で助けてきた。
そのことがいけなかったのだろう。
回りの意識を可笑しくしてしまった。 
マゴン家は 二人で介護をしているのだから、大丈夫なのだと。
母が倒れても次はマゴンがババの面倒を看ると思われているふしがある。
 
10年もババを相手にしてるから、手なれたものだとも思われているのだろう。
 
回りのこの意識を変えるのは難しいと 今 とても感じている。
 
楽な状況を変えたいと思うものはいないだろう。
ババの介護なんて避けれるものなら避けたい。
 
 
私もしばらくは何も言わずババの世話をしていたが、
状況が変わった。
 
私にも時間が欲しい。
 
 
幸いにもまだ、ババの実の子どもが3人もいるのだから。
私、叔母たちに甘えてもいいのではないか?
 
 
そう思える言葉をくれた人がいた。
 
「自分の人生をお婆さんのために無駄にすなよ。お婆さんは感謝はすれど、死んだ後のことまで責任持ってはくれないよ」と。
90歳の祖母がいくら幸せに感じたって、若いものがその後に不幸になったり、先に逝ったりすることがあってはならないと。
祖母を看るべき人たちは他にいるんだと。 祖母孝行の前に、親孝行すべき人たちが。
 
 
前と同じ過ちを犯し続けていた私。
介護のストレスを身近な人にぶつけていた。
まさおと出会って幸せだったが、うまくいっているとは言えなかった。
会いたいと言ってくれても、「その日はババの世話で・・・。」と、よく断っていた。
いざ会っても、介護と親戚の愚痴。
 
「怒ってばっかり」
まさおに呟かれた。
 
ババの世話をする時間を短縮し、もっと自由に自分の時間を作りたい。
 
 
そう思い始めてから私の要求も変わった。
 
 

意識改革2

祖父が亡くなって、葬儀〜3回忌までは忙しかった。
事務的な作業が苦手な母の代わりに葬儀、法事の準備をした。母の代わりにババの世話をしに田舎へ通った。
 母を助けるのは嫌ではなかったが、それは回りから見ると 私がババや田舎のために動いているように見えたかもしれない。
 
 
やるからには きちんとやりたい。
やるからには楽しんでやりたい。
人には笑顔で向き会いたい。
 
 
そう心がけてやっていたら、  
好きで楽しんでやっていると思われたのか? 
 
人相手だから、酷い仕打ちもできずに黙々とやっていた。
“イイ子”だと言われた。
 
本当は田舎に通う田舎臭い生活、口煩く面倒くさい祖母の世話をするのが腹ただしくて仕方なかった。
 
 
「婆ちゃん孝行ができて幸せだね」孝行したいときに親は無しという言葉とともに言われた。
 「人生修業」という勝手の良い言葉を言う人もいた。じゃぁ、そう言う人が面倒看てあげたら?と思わずにはいられなかったが。
 
 
家のことを優先すると、自分の時間が思うように取れなくなった。
とりわけ料理がろくに出来なくなった祖母の世話は生死にかかわるのでないがしろにできなかった。
 
回りから呪いのように繰り返された言葉のせいで、マインドコントロールされていたのだろうか・・・。  自分がやらなければと、強く思い始めた。
 
再び、田舎とババの世話にのめり込みはじめる。
 
自分のことは置いといて・・・
 
 
もう何年も前の話だが、人間関係の悪い田舎と、シャクに触る物言いをするババにストレスを溜め、普段の私はちょっとしたことで腹を立て、それを表に出すようになった。とりわけ身近な人に怒りをぶつけた。
 プロポーズしてくれた彼との結婚の話は上手くいかなくなった。
 
そんなことがあったのに、私はまだババの世話にのめり込んでいた。
 
 
 
 

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