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お父さんは悪い人だ。
お父さんは、お母さんとわたしを殺すつもりだった。
お母さんは言ってた。
「お父さんはね。お母さんを殺すつもりだったのよ。ううん、お母さんだけじゃないね。
娘のあんたも殺そうとしてたよ。仕事のジャマだからってね。ほら、だから家にほとんど
いなかったでしょう?朝早くから夜遅くまで、事務所にこもりっきりでしょう?
お母さんが『家族のことも考えてよ』って言っても無視してたでしょう?ジャマなのよ。
夜遅く帰ってあんたの部屋をのぞいたりしてたでしょう?あれは殺してやりたいと思ってたのよ。
だから、お母さんはリコンしたのよ。でも、まだ油断できないよ。イシャリョウとか
ヨウイクヒを取られるのがイヤだから殺したがってるからね。殺されないように気をつけてね」
お母さんからお父さんがわたし達を殺そうとしてるってことを聞いて、わたしはショックだった。
頭からおふとんをかぶって、声を出さないようにして一晩中泣いた。
わたしはお父さんが大好きだった。お父さんとお母さんがケンカばっかりするようになって
お母さんがお父さんのことを「アオビョータンノロクデナシ」とか
「シサントインケイイガイニチョーショガナイテイシュナンテソンザイカチナシ」とか
(わたしには意味が分からない呪文のような言葉を)言って、お父さんが怒ってお母さんを
たたいたのはイヤだったけど、だけど、お父さんはわたしにはすごく優しかったから大好きだった。
でも全部ウソだったんだ。わたし達のこと仕事のジャマだから殺したいって思ってたんだ。
"お父さんがわたし達を殺そうとしていた"と教えてくれたときのお母さんは、すごく酔っぱらっていた。
(お父さんとリコンする少し前からお母さんはお酒をたくさん飲むようになってた)お父さんから
殺されるのが恐くてお酒を飲まずにはいられなかったんだと思う。
そしてついに恐がっていた通りの悪いことがあった。
いつも通りに朝、駅に行ったら、お父さんとおじいちゃんが待ちぶせしていた。
お父さんは泣きそうな顔をして(そんなオシバイにだまされるか、バーカ)近づいて来た。
「会いたかったよ…会いたかった…。
さあ、こっちにおいで…。もっと近くで顔を見せておくれ…抱っこさせてくれ…。
お父さんと一緒に暮らそう…。
おかしもオモチャも好きなだけ買ってやるよ…。
日曜日には一緒に遊びに行こう。どこがいい?遊園地?動物園?もう、収入が減ったっていい。
絶対、休みはとる。
オレは大好きな…大切な大切な、お前がいてくれれば、他には何もいらないんだから。
さあ…一緒に行こう」
(ウソだ。さらって殺そうとしてるんだ。お母さんが殺されるって言った。
恐い。イヤだ。絶対に行くもんか)
「イヤ!行かない!」
「いいから、来るんだ!来い!」
いや、いや、イヤ!抱きかかえられた!さらわれる!
「いやぁ!だれかぁ!助けてぇ!助けてぇ!殺されるー!殺されるー!いやぁ!」
思いっきりさけんで、まわりを見て助けてほしいと思ったのに、だれも助けてくれない…!
とうとう、お父さんとおじいちゃんにムリヤリ車にのせられて
わたしはおじいちゃんの家につれていかれた。
「さあ、家に入りなさい。ココアでも飲みながら、ひさしぶりにゆっくり話そう」
と、お父さんは笑いながら言った。でも、こんな笑顔ウソに決まっている。殺そうとしてるんだ。
お母さんが教えてくれたんだ。だまされるもんか、だまされるもんか。
「…わたし…いうこと聞くから…おとなしくするから…殺さないで…」
って、お父さんの顔を見ながらおそるおそる言うと、それまでニコニコしていたお父さんの顔が
いっぺんに無表情になって、しばらくだまりこんでから、くちびるをかみしめて
「…あいつ…よくも…」と、ぼそっと言った。
そして、お父さんは目にいっぱい涙をためて、笑顔だけど、泣き出しそうな声で
「バカだなぁ…何を言っているんだ。オレはお前のお父さんじゃないか…。
大好きな大切な…自分の命よりも大切なお前を、殺すわけがないだろう…。
バカなことを言うなよ」と言って、わたしを抱きしめて、わたしの頭をなでた。
お父さんのほっぺたが、わたしのほっぺたに当たった。
お父さんのほっぺたは濡れていた。ああ、これって、涙で濡れているんだ…。
(もしかして…本当に殺そうとしてないの…?わたしと一緒にいたかっただけ…?
でも、お母さんは殺そうとしてるって言ってた。ウソだったの?
あのとき、わたしはショックで泣いたんだ。そんなひどいウソ、お母さんが
言うはずない…と思うけど…)
おじいちゃんの家の中に入って、お父さんとおじいちゃんとわたしの三人で
リビングのソファーに座って、クッキーを食べて、ココアを飲んだ。わたしはお父さんに
学校のことや友達のことを話した。お父さんはニコニコして聞いていた。とても楽しい。
やっぱりお父さんは、わたしのお父さんだ。わたしを殺そうなんて考えてないんだ
と思って、うれしくなった。
しばらくして、玄関のチャイムがなった。おじいちゃんは玄関に行った。そして男の人が三人
家の中に入ってきた。
「ケイサツです。ミセイネンシャリャクシュのヨウギでタイホします」と言って、何か文しょうが
書いてある紙を開いて見せて、それから、うで時計を見て、時間をよみ上げてから、お父さんの手に
金ぞくのわっか――手じょうをした。
(なんで?なんで?お父さん悪いことしたの!?)
お父さんは外に連れて行かれて、車にのせられて行ってしまった。
そして、ケイサツの人が「お母さんが心配して待ってるよ。いっしょに来なさい」と言って
わたしを別の車にのせた。
わたしの乗った車は大きな建物についた。ケイサツの人にここはどこって聞いたら
「ケイサツショだよ」と言った。
わたしが車を降りると、お母さんがかけよってきて「心配したよ…よかった」と言った。
それからケイサツの人に、ジジョーチョーシュとか言って、今日のことを色々聞かれた。
ジジョーチョーシュが終わって、お母さんと一緒にケイサツショを出て
「お父さん何か悪いことしたの?」とお母さんに聞いた。
「何いってるの。あなたをユウカイしたんでしょ!」
「ゆ、ユウカイ?ちがうよ!だって、だって、わたしのお父さんだもん!
お父さん優しかったもん!泣きながら抱きしめて、わたしのこと、可愛いって…
大好きだって、言ってくれたもん!おいしいココア飲んで、楽しくお話したもん!
わたしのこと殺そうとしてたなんて信じない!ウソだ!」
わたしは、くやしくてくやしくて、泣きながらわめいた。
そうしたら、お母さんは恐い顔になって
「まぁ…この子ったら、ちょっとあの男の近くにいたら、もう丸めこまれてる」と言ってから
しゃがんで、わたしの両うでを痛いくらいギュッてつかんで
「いい?あなたのお父さんは、悪い人なの。あなたを殺そうとしたの。悪いことをしていないなら
どうしてケイサツがつかまえるの?タイホされたのよ?ハンザイシャなのよ?
――まっ、いいわ。帰ってテレビのニュースでも見てじっくり考えたらいい」と言った。
わたしは家に帰ってからテレビのスイッチを入れた。
ニュースにお父さんの顔写真が出ていた。お父さんがジャンパーを頭からかぶって連れて
行かれるところがうつっていた…。
ああ、やっぱりお父さんは悪い人なんだ…悪いことをしていないならタイホされてこんな風に
連れて行かれるはずないし…さっきの涙も…大切だって言ってくれたのも…全部ウソだったんだ…
やっぱり、わたしを殺そうとしてたんだ…だまされた…だまされるもんかって思ってたのに
だまされた…大好きって言って抱きしめてくれて、うれしかったのに…ウソだったなんて…
最初に殺そうとしていたって知ったときより、百倍ショックだ…犬のコロが死んだときより
ずっとずっと、悲しい…。
わたしは大声で泣いた。悲しくて悲しくて、今までの人生で一番悲しくて
口を大きく開けて、声が出なくなるくらい思い切り泣きさけんだ。
お母さんがかけてきて「よしよし、泣かないの。大丈夫、あなたには、お母さんがついてるから」と言った。
――お父さんなんか、大嫌い。
―完―
※この物語はフィクションです。実在の事件や人物とは一切関係ありません。
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