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十億の人に十億の母あらんも
わが母にまさる母ありなんや
暁烏 敏(あけがらす はや)師
母が黄泉の国へ旅立ち、早2か月。
今、しみじみと暁烏先生のお歌をかみしめています。
3か月の間、ほとんど水分だけで生き抜いた母。
母との最期の時、母が、その身を呈して教えてくれたこと
「いただいたいのち、最後までていねいに生き抜けよ」
無言の母のメッセージ
母の顔みればはらたちつんけんととがる心よ
なつかしきわが母に
これも暁烏先生のお歌である
生き仏さまと称された先生でさえ
お母さんとの毎日の生活の中で
このようなお心がチラッと
生じたのですね
うらもおもてもありのまま歌に詠まれ
それでいいんだよ と
おっしゃって下さっているようで
私はどんなに救われたか知れない
なつかしき母であるがゆえに
はらたちつんけんととがるこころが
私には よくあった
母は そんな時
どんな思いでいたのだろう
子の甘えを甘え」として
受け止めていてくれたのだろうか
今は聞くすべもない
母さん ごめんね
今頃気づいて
ありがとう ね 母さん
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男ってやはり「母」ですね。私も亡母から沢山な愛情をもらいました。
2008/3/7(金) 午後 6:51 [ kabanotakara ]
kabanotakaraさんもお母さんを亡くされているのですね。
母とは、やはり凄い存在でした。晩年、何年も認知症で私の名前すら呼んでくれませんでしたが、生きていてくれるだけで元気をもらっていました。
2008/3/7(金) 午後 11:54 [ hounoki508 ]