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お船さま
あの石
家の近くを湯川が流れている。水源は浅間山で軽井沢から佐久市内へと
流れ、琵琶島台地の西で千曲川と合流している。
岩村田の北東に横根という集落があり、そこにシシ岩と呼ばれる崖が湯
川の淵にそり立っている。
小学生の頃、水浴びはいつも湯川だった。近所のガキ大将にくっつい
て、いつも七、八人の仲間で行っていた。
三年生の時だった。水浴びの場所は日によっていろいろ変っていたが、
その日はシシ岩の所で泳ごうということになった。家から30分位の場所
である。川が少し上で大きく曲がり、そこは深みがあるので泳ぐには都合
がいいのだ。ワイワイ、ガヤガヤ水を掛け合ったり、魚取りをしたりして遊
んでいたが、みんな一休みすることになった。
私は「もう少し」と一人で遊んでいた。その時ふっと深みに足をすくわれ、
水中深く沈みこんでいった。
「ああー」まだ泳げない私は必死に手足をばたつかせたがどうにもならな
い。ガブリ、ガブリと水を飲んだ。「たすけてー」声にならない声で叫んだ。
と、その時、手の先に石か岩のような固いものが触れた。それに両手でし
がみつき、よじ登るように水面へ上がった。水から顔を出した時、もうくた
くただった。
ジーンと、辺りの音が耳に入ってきた。みんなの笑い声やセミの鳴き声、
水の音。「たすかった、たすかった」私は石にしがみつきながら、浅瀬の方
へ回り、よろめきながら川岸に戻った。
ガキ大将が「どうしたー」と心配顔で来てくれたが、溺れたとも言えず「水
のんじゃった」というと「みんな休んでいる時に一人で遊んでいるとあぶね
えぞ。深みがあるから気をつけねえと・・・」
熱く焼けた砂の上にぐったりと横になると、急に怖くなってきて体がブルブ
ル震えだした。
ここが遠い昔、悲しい出来事のあった場所だと知ったのは、それから十年
も過ぎてからであった。こんな伝説が残っている
むかし、岩村田藩の殿様にお船さまというお姫さまがいた。お姫さまは顔
はみにくく生れついていたが、心根がやさしい方だった。顔立ちのせいか
いつまでも縁づかず暮らしていた。
ある年、岩村田藩におそろしいはやり病が広がり、たくさんの人が亡くな
った。なかなかはやり病が衰えないのを心配したお姫さまは、人々の苦し
みを自分のことのようになげき悲しんだ。
「この身を神さまに捧げたら、きっとはやり病をなくし人々の苦しみを取り
除いて下さるだろう」そう信じ、自らの身を捨て人々を救おうと決心した。
こっそり館を抜け出し、湯川の川上、シシ岩の大石の上から深い淵に身を
投げた。
次の日、下流の河原で女の人が死んでいるのが見つかり、知らせを聞い
てお側の人たちが駆けつけてみると、白の襦袢姿で髪は乱れているもの
のその顔はとてもやさしく幸せそうに見えた。
はじめお姫さまとは信じられないでいたが、やがてお姫さまの手箱の中
から「はやり病をなくすため、身を神にささげます」という書置きが見つか
り、亡くなったのがお姫さまであることがわかった。
その後、はやり病は不思議と下火となり、やがてピタリと絶えてしまった。
「お姫さまが、わしらの身代りになってくださったのじゃ」
人々はそういって深く感謝した。
岩村田の人たちは、お姫さまの命日七月十七日と翌十八日に、疫病除
けのお船祭を、ぎおん祭と一緒に行っている。
六百年以上の歴史があるが、この祭りは代々私の生まれ育った部落、
荒宿の青年がみこし担ぎを引き継いでいる。
「大人になったら、あの暴れみこしを担ぐんだ!」子ども心にそう思って
育ってきた。私も十年あまり担いだり年番をしてきた。その後息子が担
ぎ、やがて孫の代へと移っていくのである。
お船さまが見つかった近くの石は「お船石」と呼ばれ、長く祭られている。
私が溺れ、必死に手足をばたつかせた時、もしかしたら「お船さま」が石
になって私を救ってくれたのかも知れない。
時々そこを通り、水面に顔を出している大きな石を見るたび、お船さまへ
の感謝の心が湧く。
歳を重ねるにつけ、この思いはますます強くなっている。
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朴の木さん、こんにちは!
子供のころ、私も村はずれの、沢の水が川に合流するところで
水浴びをしましたので、そんなことを思い出しながら読ませていただきました。
そんな伝説のあるところで朴の木さんがおぼれそうになったなんて・・・・確かに、お姫様が助けてくださったのかもしれませんね。
いいお話でした
2013/8/20(火) 午後 0:05
はなさん、こんにちは。
訪問していただきありがとうございました。
お船さまのことは、小さい頃からずっと気に掛っていたことでした。
文章にしてみてあらためて「いのち」そのものをかみしめます。
大自然、人、動物、植物・・・あらゆるものにわたしたちは生かされているのですね。
2013/8/20(火) 午後 9:37 [ hounoki508 ]