朴思堂だより

打てば響く世界を朴の木の下で思う

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永六輔さんへ

永さん
 
今日、ニュースで永さんの訃報を知りました
 
7月7日 七夕の日に
 
永さんは 83年のご生涯を閉じられたのですね
 
 
 
昨年、上田駅前のエディターズミュージアムでの
 
卯の花忌にお話に来ていただき
 
お会いしたのが最後でした
 
 
小宮山量平さんと
 
まるでご兄弟のように親しくされていた頃のこと
 
思い出しながら永さんのお話をお聞きしました
 
 
平和であることの尊さ
 
安倍政権への危惧
 
具体的にわかりやすくお話して下さいましたね
 
それは若き日の永さんの戦争体験による
 
体からのいのちの叫びでありました
 
あの日の 永さんの平和へのメッセージ
 
忘れないで生きていきます
 
 
すてきな作詞をたくさん残してくださいました永さん
 
「遠くへ行きたい」は私の旅の応援歌でした
 
ありがとうございます
 
ありがとうございました
 
 
 
〜    〜    〜
 
永さんの話術に引き込まれるお話の中で
 
忘れられないことの一つに
 
金さん銀さん、双子のおばあちゃんのお話がありましたね
 
もう、15年以上も前でしょうか
 
まだまだお二人がお元気で、よくテレビに出ておられた頃
 
 
永さんが、エディターズミュージアムの会場に着き
 
マイクを持った刹那
 
「みなさん、今朝あの金さん銀さんがお二人揃って・・・・・・・」
 
神妙な永さんのお顔
 
会場に詰め掛けていた100人余りの方々異句同時に
 
「ああ、金さん、銀さんがとうとう亡くなられたのか!」と
 
私もそう思いました
 
その時
 
永さんが ”ニヤリ” と
 
あれ?あれ?何か変だ
 
「続きを言いますね」と、永さん
 
「今朝、金さん銀さんが揃って元気に朝食をとられました。」
 
永さん 再び ”ニヤリ”
 
そう・・・・永さんの天才的な話術の術中に ほとんどの人がはまり
 
安心と同時に会場中の大笑い
 
 
「みなさん、双子さんは生まれる時は同じ時刻でも、亡くなる時は別々ですよ」
 
と、永さん
 
「そりゃあそうだ・・・、なあんだ・・・、まいった、まいった!やられたぁー!」
 
 
こんなふうに笑いの誘い水から
 
一気に人の心を惹きつけていかれましたね
 
 
 
 
 
 

閉じる コメント(4)

本当に永六輔さんは素敵な方でしたね。私も大好きな方です。政治も人も少しずつおかしな方に向かっているような時、永六輔さんのような方にもっともっと発言して頂きたかったですね。

2016/7/12(火) 午後 4:34 [ anna の文学散歩another sky ]

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annaさん、こんばんは。

永さんが戦時中疎開していた小諸市南大井地区へは、私の家から10分足らずです。
永さんと信州の関わり・・・辛い疎開時代のことを偲びつつ、小諸懐古園で涙を流しながら「上を向いて歩こう」の歌詞を作ったそうです。
大好きな懐古園城址、私も若い頃から事あるごとにここを散策して、古い石垣に慰められてきました。「上を向いて歩こう」誕生の地と知って一層、懐古園が好きになりました。

7月10日の参議院選挙、長野県区で野党共闘が実り、杉尾さんが当選しました。
「信州の良心が示されましたよ、永さん。おかしいことを、おかしいと言える精神を持ち続けていきますよ。」
そう、語りかけていました。

2016/7/12(火) 午後 11:05 [ hounoki508 ]

hounoki508さん★お久しぶりです。お元気てすか?
私は、すこぶる元気です。2週間毎に東京のリュートの先生のレッスンを受けに上京します。レッスンのあとは、若い頃入っていた合唱団の練習に参加しています。30人ぐらいで、アカペラで、16世紀の曲を歌っています。また、水曜日の夜は、原村の「原村古楽合唱団」の練習に一年前から参加しています。リコーダー・アンサンブルと、ガンバ・コンソートも続けております。

永六輔さんは疎開中に、今の上田高校に一年間だけ通って、いじめに会って、東京の学校に転校したそうですね。晩年になるまで、上田のことは良く言っていなかったことを覚えています。個人的には、永六輔さんは好きです。

2016/7/20(水) 午後 11:34 [ 六月の風 ]

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六月の風さん、こんにちは。

お陰さまで元気にすごしています。茶房・読書の森でお会いして随分経ちますね。
こうして再びお話しできます事、真民先生とのご縁のおかげですね。

永さんと上田との仲直り宣言、それは小宮山量平さんに「そろそろ仲直りしませんか!」そう言われて上田に招かれてからだそうですね。
お話の会で「ずーと、上田が嫌いでした。でも今は好きです」そう言われた時、小宮山量平さんが「にこっ」とされていました。忘れられない光景です。

原村での練習にも通っておられるのですね。もうずいぶん前ですが、広島の友人に誘われて、原村のマンドリン制作者、横内さんを訪ねたことがありました。
「横内の花子・マンドリン工房」楽器作りを熱く語られる横内さん、忘れられないお方です。

2016/7/21(木) 午前 6:41 [ hounoki508 ]


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