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初めて詩というものを書き始めた時、若者向けの雑誌に投稿した事があった。
どんな内容の詩を書いたのか忘れてしまったけれど、選者の方のコメントに
「詩を書き始める方は、萩原朔太郎の詩から読み始めたらいいでしょう」とあった。
理由も分からず、書店ですぐに「萩原朔太郎詩集」を購入し読みふけった。
詩集の最後にレコ−ド盤(ソノシ−ト)が一枚附いていて、「夜汽車」の詩の朗読
があった。何度も聞いているうちにすっかり覚えてしまい、やたらと口ずさんだ。
十代後半に、暗記した最初の詩ではなかったろうか。
母の里は浅間山麓の小さな村だった。実家のすぐ裏を信越線が通っていて、煙を上げ
て走る汽車を見るのが好きだった。そこは割と急勾配のため、上りの上野行きは音が
聞こえてきてもゆっくり見に行って間にあった。ところが、下りは早く通り過ぎてし
まうので、飛び出して行っても間に合わない時があった。
一列車見れなかっただけで「おまえは大泣きしてたいへんだったよ」かつて母は
そう述懐した。今も旅好きなのは、その頃からの列車へのあこがれなのだろうか。
夜汽車が闇の中を走る様は幻想的だった。母に叱られても、汽車の音が聞こえて
来ると暗い外に飛び出していた私だった。
「夜汽車」の詩は、そんな幼い頃の思い出まで包み込んで、わたしの命に響いたのかも
知れない。
夜汽車
有明のうすらあかりは
硝子戸に指のあとつめたく
ほの白みゆく山の端は
みずがねのごとくにしめやかなれども
まだ旅人のねむりさめやらねば
つかれたる電燈のためいきばかりこちたしや
あまたるき にすのにおいも
そこはかとなきはまきたばこの煙さへ
夜汽車にてあれたる舌には侘しきを
いかばかり人妻は身にひきつめて嘆くらむ
まだ山科は過ぎずや
空気まくらの口金をゆるめて
そっと息をぬいてみる女ごころ
ふと二人かなしさに身をすりよせ
しののめちかき汽車の窓より外をながむれば
ところもしらぬ山里に
さも白く咲きていたるおだまきの花
空気まくらの口金をゆるめて そっと息をぬいてみる女ごころ・・・・・・
私は妙にこの個所に惹かれた。ちょうど淡い恋ごころを燃やし始めていた頃だったから
かも知れない。女性の魅力、女性の不思議さ。そっと息をぬいてみる女ごころとは?
何ぞや???禅問答のように頭の中で回り始めた。分かる筈もないのに。
この詩が、不倫の旅の一場面だとはその頃考えもせずに口ずさんでいたのだ。
知らないということは、幸せなことだったのかも知れない。
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