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小宮山量平さんから戴いた著書「昭和時代落穂拾い」
上田に生まれ 上田で育った小宮山さんが
「佐久は私のふるさと」
そう書いて下さったことへの
限りない感謝がこみ上がります
「つづり方兄妹」の本を通して
小宮山さんとお会いできましたね
「昭和時代落穂拾い」
灰谷健次郎さんは 良心の書と称賛され
私にとっては 昭和のバイブルであります
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こんにちは、ゲストさん
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小宮山量平さんから戴いた著書「昭和時代落穂拾い」
上田に生まれ 上田で育った小宮山さんが
「佐久は私のふるさと」
そう書いて下さったことへの
限りない感謝がこみ上がります
「つづり方兄妹」の本を通して
小宮山さんとお会いできましたね
「昭和時代落穂拾い」
灰谷健次郎さんは 良心の書と称賛され
私にとっては 昭和のバイブルであります
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悪いことは 起こらない
ほとんど 起こらない
嫌な気持ちになってきたら
昔のテレビチャンネルのように
カチッ カチィ と 声を出して切り替えてゆこう
悪いことは 起こらない
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塩田平・無言館の丘は蝉が激しく鳴いていた
あの 暑い敗戦の日を思い起こせとばかりに
前事不忘 後事之師
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山の日に初めて千畳敷カールへ登った。 すてきな光景であった
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終戦後間もない頃に近江学園を創設された糸賀一雄先生。
昭和43年9月17日、糸賀先生は講演の途中マイクを持ったまま倒れられた。 「この子らを世の光に」そう叫びながら。先生は翌日他界された。54歳であった。 先生の遺志「この子らを世の光」に呼応して、多くの先輩が福祉の道に情熱を持って取り組んだ。私は先生にお会いする機会はなかったが、著書を通して先生を慕い、近江学園の隣の知的障害児施設「一麦寮」で実習をしながら,福祉の心を学んだ。二十歳の頃であった。 糸賀先生の教えは、その後の知的障害をもつ人たちとのかかわりの中で、大切な心の財産となっている。 その後、伊藤隆二先生の「この子らは世の光なり」の著書を読み、この子らの持つ純真な心に、あらためて人として生きる姿勢を気付かされた。 私たちこそ謙虚に、この子らの声なき声に耳を傾けていかねばならないのだと。 相模原市の、知的障害者施設で起きたあまりに酷い事件。日が経つにつれ、悲惨な様子が明らかになってきた。犯人は元職員で、その凶悪さには胸をえぐられる。亡くなられた入所者の皆さんの無念さ。多くの入所者、遺族、職員の方々のこれからの日々を思うとどうにもやりきれない。 先日、やまゆり園を訪ね献花台に花を捧げさせていただいた。園の名前に使われているやまゆりの花は、ここ津久井町の町花なのだと知った。
安息の深夜、恐怖に突き落とされた人たちに誰が、どのように責任ある態度で応えられるのだろう
この人たちはそのままで世の光である。そんな世界からますますかけ離れていくこの国の貧しさ。
とうとうと流れる相模川と周りの山々が、悲しみの色に染まって見えた。
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