朴思堂だより

打てば響く世界を朴の木の下で思う

母さん

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母さん 
 
母さんが逝って もう8年になるんだね。
 
今日はお墓参りに行って
 
あの日のこと しみじみと思い出したよ
 
 
葬儀の準備で
 
母さんとしっかりお別れもできないまま
 
初七日 10日が過ぎ・・・
 
かあさんと 永遠の別れなのに
 
泣くことすらできない自分に 情けなくなっていたよ
 
 
一か月命日の日
 
朝 お墓の掃除に行った時
 
竹ぼうきを持って木々の落ち葉を掃いていると
 
急に雪が降ってきて
 
みるみる辺りは白くなっていったね
 
 
ふと 口ずさんだのは 「千の風になって」
 
新井満さんの あの唄声
 
じっくりと しんみりと  千の風になって
 
 
かあさん かあさん
 
呼びながら初めて泣いたよ
 
母さんと最期の別れをしてから
 
とことん 大声あげて泣いたよ
 
 
だあれも見ていないから  だあれも見ていないから・・・
 
 

母の命日に

 
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                              御代田からの浅間
 
 
    母を想って
 
母の里 御代田
 
ここに来ると
 
幼き日の自分に会える
 
会えなくなった母の匂いに会える
 
 
今日は母と別れて5回目の命日
 
母にしてもらった数々のこと
 
母に返せなかったあんなこと こんなこと
 
しみじみ浅間に語りかけました
 
 
かあさん かあさん と
 
いつまでも甘えていていいですか
 
 
 
 
 
 
 

母のうた

   母のうた


  十億の人に十億の母あらんも わが母にまさる母ありなんや

                      暁烏 敏 (あけがらす はや)


 母が黄泉の国へ旅立ち

 今しみじみと暁烏先生のお歌をかみしめています

 三か月の間

 ほとんど水分だけで 生ききった母

 最期の時 その身を呈して教えてくれたこと

 「いただいたいのち、最期までていねいに」

 それが母の無言のメッセージだった


  母の顔みればはらたちつんけんととがる心よ

  なつかしきわが母に


 これも暁烏先生のお歌である

 先生でさえお母さんとの毎日の生活の中で

 このようなお心が生じた時があったのですね


 うらもおもてもありのままに歌に詠まれ

 そのおかげで私はどんなに救われたか知れません

 母との葛藤の中

 自らを責めていた私に

 それでいいんだよ と

 おっしゃって下さっているようで・・・・・


 なつかしき母であるがゆえに

 はらたちつんけんととがる心が

 わたしにはよくあった

 母はそんな時どんな思いでいたのだろう

 子の甘えを甘えとして

 受け止めていてくれたのだろうか

 今は聞くすべもない


 母さん ごめんね

 いまごろ気づいて

 ごめんね 母さん





  

母の里

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 火の山 浅間の麓

 この村が母の里

 幼き日 母の手を握り

 この道を歩き

 この山を仰いだ


 母の里は今も

 なつかしい土の匂いがする


 

 


 

 

かあやん

かあやん かあやん かあやん

幼い頃 母をそう呼んでいた

近所の友達もみんな かあやん だった

小学校に入ると

町場の子が

かあちゃん おかあちゃんと呼んでいるので

かあやんは 少し恥ずかしくなった

でも すぐには かあちゃんと呼べなかった

いつから自然に かあちゃんと呼ぶようになったのだろう


かあやん かあちゃん

どっちも おっぱいのにおいがする

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