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いのち
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終戦後間もない頃に近江学園を創設された糸賀一雄先生。
昭和43年9月17日、糸賀先生は講演の途中マイクを持ったまま倒れられた。 「この子らを世の光に」そう叫びながら。先生は翌日他界された。54歳であった。 先生の遺志「この子らを世の光」に呼応して、多くの先輩が福祉の道に情熱を持って取り組んだ。私は先生にお会いする機会はなかったが、著書を通して先生を慕い、近江学園の隣の知的障害児施設「一麦寮」で実習をしながら,福祉の心を学んだ。二十歳の頃であった。 糸賀先生の教えは、その後の知的障害をもつ人たちとのかかわりの中で、大切な心の財産となっている。 その後、伊藤隆二先生の「この子らは世の光なり」の著書を読み、この子らの持つ純真な心に、あらためて人として生きる姿勢を気付かされた。 私たちこそ謙虚に、この子らの声なき声に耳を傾けていかねばならないのだと。 相模原市の、知的障害者施設で起きたあまりに酷い事件。日が経つにつれ、悲惨な様子が明らかになってきた。犯人は元職員で、その凶悪さには胸をえぐられる。亡くなられた入所者の皆さんの無念さ。多くの入所者、遺族、職員の方々のこれからの日々を思うとどうにもやりきれない。 先日、やまゆり園を訪ね献花台に花を捧げさせていただいた。園の名前に使われているやまゆりの花は、ここ津久井町の町花なのだと知った。
安息の深夜、恐怖に突き落とされた人たちに誰が、どのように責任ある態度で応えられるのだろう
この人たちはそのままで世の光である。そんな世界からますますかけ離れていくこの国の貧しさ。
とうとうと流れる相模川と周りの山々が、悲しみの色に染まって見えた。
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峠道
今日の佐久地方は氷が張り、強い霜も降りた。佐久町から十石峠(じゅっこくとうげ)へ向かう山間は紅葉がとてもきれいだった。
乙女の滝の少し上から土砂崩れのため車両は通行止めになっていた。峠までどれくらい時間がかかるか分からないが、思い切って歩いてみる。澄みきった青空の下、急な坂もあり汗がにじんでくる。 あれが峠か、と思う道はさらに曲がり、尾根から尾根へとつづく。土砂崩れの現場では地元の人が重機を使って働いていた。「峠はすぐそこですよ」と、土ぼこりにまみれた男性が白い歯をのぞかせ教えてくれた。一時間以上、黙々と歩いてきたのでそんなひとことがとても嬉しい。 十石峠の見晴らし台に登る。西に見えるアルプスは真っ白で、群馬、秩父の山は幾重にも連なり、胸を突かれるほどの美しさであった。 百年以上前の明治17年、圧政と高利貸の不当な取り立てに耐え切れず、11月1日に武装蜂起した秩父困民党の人たちは、やがて官憲に追われ長野県境の十石峠まで転戦してきたのである。 前日はこの山中に雪が降り、真冬のような寒さの中わらじ履きで登ってきたという。 峠から振り返ったであろうふるさとの山々。父、母、妻、子らに最期の別れを告げ、佐久の自由民権の灯に望みを託し峠を下っていった人たち。 蜂起9日目の11月9日早朝、官憲の追撃を受け南佐久郡小海町馬流(まながし)で散華消滅した困民党。 多くの死傷者を出し「暴徒」と呼ばれ、孫子の代まで差別を受けてきた人たちの悲しみは計り知れない。 峠道は、そんなかなしみの歴史をも包み込み、ここちよい谷川の音を聞かせてくれていた。 〜 〜 〜
この短い文を書いたのは今から10年以上も前である。この季節になると、秩父事件のことが思われてならない。11月9日、今日は困民党散華の日。
謹んで亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
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ある ある ある 中村久子 〜 〜 〜
両手足のない運命を生き抜かれ
日本のヘレンケラーと称された中村久子さん
昨日,久子さんの次女富子さんの訃報を知りました
10月10日、岐阜・高山のご自宅で
92年のご生涯を閉じられた富子さん
お側にいた方のお話では
眠るように逝かれたそうです
私が初めて富子さんにお会いしたのは
十数年前 木曽の開田高原での講演会でした
母、久子さんのご生涯を
「ある ある ある」という演題で語って下さいました
本を通して
中村久子さんの波乱のご生涯は知っていました
でも 娘さんである富子さんのお話は
あまりに生々しく 身震いしながらお聞きしました
すぐに高山を訪ね
お母さんの中村久子さんが
生前 口と短い手で縫われた
お人形や着物の数々を見せていただきました
もう 驚嘆するばかりでした
人間の底知れない力を
久子さんの遺された作品から学ばせていただきました
富子さん
12年前 佐久でお話して下さった演題も
「ある ある ある」 でしたね
お母さんの作品もお借りして
会場に飾らせていただき
大勢の人に見ていただきました
どんなにみなさん 感動されたことでしょう
あの一期一会の時が 大切な宝となって
私の心に生きています
ありがとうございました 富子さん
謹んで ご冥福をお祈りいたします
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