朴思堂だより

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師父を仰いで

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卯の花忌

日本縦断、そして沖縄───
 「見ていらしたことを話してくださいね」
 名護市辺野古に到着された石川文洋さんにそうお願いしてから一週間。
 皆さまにお知らせするためのハガキが出来上がりました。

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 「うの花忌」───。
 今年もまた灰谷健次郎さんが、そして父が、この場所に帰ってきてくれるような気がするのです。
 灰谷さんが遺された文章を読み返しています。
 1997年から1998年にかけて、朝日新聞に連載された『いのちまんだら』から・・・・・・。
 「灰谷さん、辺野古の現状はあの時から何も変わっていないんですよ」

2019.6.5  荒井 きぬ枝

田村一二先生20年忌

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                                           田村一二先生
 
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                     今日は 田村一二先生の油絵展です 「河童の嫁入り」
 
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                                           河童の渡し
 
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                       北の湖   「琵琶湖」
 
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                                       かっぱのお礼
 
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                   田村先生の著書から「手をつなぐ子ら」 (映画化されました)
 
 
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        茗荷村(みょうがむら)見聞記 「佐久で36年前に初上映」以後10回          
                            ほど上映会がありました。
                 
                            毎回泣かされました。
 
 
 
田村一二先生は1995年(平成7年)11月8日、86歳で逝去されました。
 
私は1972年(昭和47年)に田村先生に出会いました。(この時先生は63歳)
 
先生が寮長をされておられた、知的障害をもつ子供たちの施設「一麦寮」に実習に
 
入らせていただきました。隣には「落穂寮」「近江学園」があり、福祉の村のような地
 
域でした。
 
一麦寮では半年間実習をさせていただき、その後全国の施設で学びたくて、1年近
 
く旅を続けました。
 
田村先生は、その後も人生の師としてたくさんのことを教えて下さいました。
 
今日は先生を偲び、先生の著書に目を通し、ユーモアあふれる河童や狐の絵画も
 
じっくり拝見しています。
 
田村先生、お陰さまで今でも私は、知的障害をもつ人たちと一緒に仕事をして、彼
 
らから元気とユーモアをもらっています。(時々、腹立つこともありますが・・・)
 
 
先生のような絵ごころ、私も持ちたいと思っています。
 
 
 
 
 
                              
 
 
 
 
今日は恩師・田村一二先生との出会いの日
 
全国を講演に歩かれていたお忙しい先生が
 
あの日 ちょうど一麦寮に居て下さったこと
 
なによりその日が先生のお誕生日であったこと
 
必然の出会いに ただただ感謝いっぱいである
 
 
いつどこで どなたにめぐり会えるか
 
いつどこで どんな本にめぐり会えるか
 
 
人生は邂逅  まさに まさに
 
 
 
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十数年前になろうか、福岡からの航空便でこの色紙額が送られてきた。
石川洋先生からの贈物であった。
 
今から始める ここから始める
 
いつでも いつまでも 師の思いをかみしめ
生きていこうと決めた。
 
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底ひかる
 
ただの人に
 
なりたい
 
 
洋 先生から託されたものを
次の世代に引き継いでいこう
愚かな弟子のひとりとして
実践と共に 語り継いでいこう
 
 
 
 
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    洋 先生へ
 
洋先生 85年のご生涯
 
ほんとうに ほんとうに おつかれさまでした
 
先生を師と仰ぎ 学んだ日々
 
先生のおかげで
 
多くの愛の実践者の方々と出会わせていただきました
 
 
 
先生と永遠のお別れをして はや21日
 
京都山科のお通夜会場で拝見しました遺影は
 
二十年程前に佐久の写真館で撮影された作務衣のお姿
 
にこやかなお顔が
 
先生の全生涯を語られているようでした
 
 
先生 佐久へはじめて講演に来て下さった27年前
 
我が家の庭で 母と共に写真に入っていただきましたね
 
その時の母の恥ずかしそうな顔
 
今でも目に浮かびます
 
 
愚かな歩みしかできず
 
父、母に多くの心配を掛けてきた私
 
 
先生の師 一燈園・西田天香さまのこと
 
先生が心の母とお慕いする 両手なき 大石順教尼さまのこと
 
毎年先生から たくさんの学びをいただきました
 
血肉にしみ込んでおります先生の教えを
 
これからも私の生に活かしていきます
 
それが父 母への報恩の道であると信じます
 
 
先生 尊いお教え ありがとうございました
 
 
 
〜   〜   〜   〜
 
 
いいな人生って いいな 
 
こんな美しい人の生きざまに
 
ふれられるんだもの
 
 
いいな人生って いいな 
 
こんなすばらしい人に
 
めぐりあえるんだもの
 
 
     (初めて佐久に来ていただいた時、洋先生からいただいたお言葉)
 
 
 

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