朴思堂だより

打てば響く世界を朴の木の下で思う

一期一会

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朴の花よ

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                           今年も朴の花いっぱい いい香り庭中に
 
 
〜    〜    〜    〜
 
    朴        坂村真民
 
朴を見ると
 
わたしは胸を張って歩く
 
もう
 
不遇を不遇とせず
 
孤独を孤独としない
 
この木のいのちが
 
わたしを勇気づけ
 
わたしを奮起させるからだ
 
葉の落ちた
 
朴もよし
 
花薫る
 
朴もよし
 
ああ
 
朴よ
 
わたしはお前を良き友として
 
こころ動ぜず
 
生きてゆこう

夕焼け空に

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                         佐久からのアルプス      槍ヶ岳
 
 
夕焼け空を見ていると
 
明日の誕生日を祝福してくれるようで
 
嬉しくてならなかった
 
歳をとること
 
老いてゆくということ
 
身に沁みて迫りくる現実もあるけれど・・・
 
 
老いよありがとう
 
今まで見えなかったことが
 
少しづつ 見えてきたよろこびもある
 
 
ああ・・・それにしても夕空の美しさよ
 
眺めていると 涙さえ浮かんでくる

無言館・ひとり

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                           塩田・ 独鈷山(とっこざん)
 
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一人 無言館へ入る
 
幾たびか訪れている美術館であるが
 
見学者は他になく
 
じっくりと 絵と対面する
 
 
静かな建物の中で
 
こうして一人絵と向き合うのは久しぶりであった
 
数年前の冬の日
 
雪が降り積もる中訪ねた時も 
 
他に誰もなく 一人であった
 
 
画学生の方々は 父 母と同年代
 
今日は無性に 
 
あの時代を生き抜いてきた
 
父 母のことが思われてならなかった
 
 
母は父と知りあう前 好きな人がいたそうだ
 
「その人は戦争に行って帰ってこなかったよ」
 
そう ぽつりと言ったことがある
 
戦争がなかったら
 
母は その人と結ばれていたのだろうか
 
 
私自身のいのちの不思議さを
 
画学生の自画像の眼に見つめられ
 
自問するばかりであった
 
 
 
 
 
 
 
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板画家・長谷川富三郎先生が、奥様とご一緒に我が家へ来て下さったのは28年前の5月。
 
先生の板画にどれほど慰められ、勇気をいただいてきたことでしょう。
 
腰痛で苦しまれた先生は、私が腰痛で動けなかった時、我がことのように心配して下さり
 
たくさんの励ましのお便りを下さいました。
 
お心のあたたかい先生でした。
 
戴いた沢山の著書を再読させていただき、あらためて先生の板画道を学ばせていただいています。
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                                                        念ずれば花ひらく
 
 
 昨年2月20日から22日まで2泊3日で四国巡りををした。家内と二人揃っての四国への旅は、新婚旅行以来35年ぶりであった。
 佐久平駅午前6時24分発の新幹線あさま号で東京へ。東海道新幹線のぞみ号に乗り換えて岡山へ向かう。途中、富士山がとてもよく見え、それだけでだいぶ得をした思いだ。カメラのシャッターを疲れるほど押した。子供のようにはしゃぐ私を見て、家内はもう呆れている。
 名古屋、米原を過ぎ列車は滋賀県内へ。二十歳の頃、この地で学んだ日々が懐かしい。近江富士、比叡山、比良山、そして大きな琵琶湖。ここは私の第二のふるさとである。
 岡山到着11時10分。ここから宇野線、瀬戸大橋線で四国へ入る。新婚旅行の時は、岡山から宇高連絡船で高松へ渡ったのだ。
 「連絡船内で食べた讃岐うどんがとてもおいしかったね」と家内は時々言う。私はその味がどんなだったかすっかり忘れたが、いつも「ああ、うまかったなあ」と言って家内に合わせている。それでいいのだ。
 「人間てすごいね。こんなに大きな橋を作ってしまうんだもの・・・」初めて瀬戸大橋を見て、実感している家内だった。
 瀬戸内の美しさ、行き交う大小の船にも呼びかけたくなる。
 「ああ、四国よ、こんにちは。久しぶりだね」
 2月下旬は長野ではまだ氷点下の日が多いのに、さすがに南国である。田畑の緑が鮮やかだ。菜の花も咲いている。気持ちもほかほかしてくる。
 午後2時15分松山駅に着く。佐久から8時間の列車旅であった。駅前のレンタカーを予約してあったので、手続きを済ませ砥部町へ向かった。私は何度も松山へ来ていたが市内を車で走るのは初めてであった。
 松山城や路面電車の風景が心を躍らす。30分ほどで砥部町へ着く。
 
 「坂村真民記念館」はすぐに見つかった。もっと山間に建っているのかなと思っていたが、静かな家並みの続く街中の記念館であった。
 真民先生の娘さん、真美子さんは用事で出かけておられた。1時間ほどで戻られるとお聞きしたので、先に近くの「砥部焼伝統産業会館」を見学させていただいた。
 砥部焼の歴史的作品から、現代の作品まで、大小様ざま、それはそれは見事な作品展示であった。砥部焼が好きな私は一点一点食い入るようにじっくり見て歩いた。カメラのシャッターも押し続けた。
 二階の展示場には青芳窯・森元青芳さんの青芳人形がたくさん展示してあった。なんとも微笑ましいお顔としぐさ。我が家にも、いくつか青芳人形が飾ってあるが、砥部の町で見る人形は格別にいい。
 坂村真民先生との願いによって作られた「念ずれば花ひらく人形」。私が初めてこの人形に出会ったのは、阪神大震災のあと、間もなくのことであった。
 避難所になっていた東灘区にある養護学校へ、一燈園の石川洋先生とご一緒に炊き出しのお手伝いに参加させていただいた。その帰路に寄せていただいた滋賀県大津の三井寺・遊心庵でこのお人形に出会ったのだ。
 遊心庵の入り口にも「念ずれば花ひらく」碑が建立されている。素朴ないい碑である。
 庵主様の岡部善恵(ぜんね)様は「すてきでしょう、このお人形」と宝物のように私に見せて下さった。
いつの日か私も「念ずれば花ひらく人形」を部屋の祈りの間に飾りたい・・・・そんな願いが生じ、ずっと念じていた。
 それから10年が過ぎた頃、不思議な縁で我が家に「念ずれば花ひらく人形」が来て下さった。森元青芳さんがご存命だった頃に、手に入れたいと思えばすぐにでも購入できたのかもしれないが、あえてそうしなかった。
 縁があれば、自ずからそんな機会に恵まれるだろうと思っていた。待ち続けた10年余りの日々が今では懐かしい。
 「念ずれば花ひらく」とは、まさに、まさに。
三体の人形で一つ。今は毎朝の祈りの中心にいてくださるのである。
 
 1時間が瞬く間に過ぎ、再び坂村真民記念館に向かった。館長の西澤孝一さんと真美子さんは待っていて下さった。昨年、東京の「相田みつを美術館」での「坂村真民展」でお会いした折に「真民先生の記念館をお訪ねします」と、お約束してあったのだ。
 記念館は東北の大震災の翌年、2012年3月11日に開館した。震災1年目の開館にも大きな意味が込められている。
 真美子さんに館内を案内していただきながら、真民先生の掛け軸や額に入った詩墨を見させていただく。家内は真民先生のこんなにたくさんの詩墨に触れるのは初めてであった。
 ロビーで真美子さんに持参した真民先生の最初の詩集「六魚庵天国」を見ていただく。昭和26年4月発行の総ページ数78頁の詩集である。
 数年前に古書店で偶然見つけたものであるが、裏表紙から10頁くらい片面の角が焦げている。幸いに詩とあとがき部分は読むことができる。どのような事情でこのような痛ましい姿になってしまったのか解らないが、よくぞ残っていてくれたと、いとおしくてならない。

 真美子さんも「大切にしていただいてありがとうございます」と、仰って下さった。
記念館の前で、館長さんと真美子さん、そして私たち夫婦で記念撮影をして頂き、坂村真民記念館を後にした。

 


 その夜、道後プリンスホテルに泊まり、新婚旅行で坂村真民先生のご自宅を訪問してからの35年の来し方を二人で振り返った。あんなこと、こんなこと、みんな話の種だね。
 翌日、朝食を済ませてホテルの車で一遍上人生誕のお寺、宝巌寺まで送ってもらう。宝巌寺は道後温泉の少し上の高台にある。2013年8月10日、本堂が全焼してしまい、重要文化財の指定を受けていた一遍上人立像も、消失してしまったそうである。
 松山へ来る度に、こちらのお寺さんを訪ね、一遍上人の立像を拝見していたので、言葉を失ってしまった。すでに再建に向けての準備が進められているようで、本堂はいずれ建てられるであろう。破衣裸足の上人立像も、いつの日か新しく建立される日が来ることを祈るばかりであった。
 お墓地の一番高い所にある「念ずれば花ひらく」と彫られた、坂村真民先生と奥様のお墓にお参りする。一遍上人を敬愛され、四国に永住を決められた先生。宝巌寺と一遍上人立像の消失をどんなにか悲しんでおられることであろう。


 遠くに見える松山城の美しさを心に刻み、道後温泉駅から帰路の途についた。

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