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今日は、以前広島のイトコからもらった写真をご紹介します。
山陽本線の瀬野−八本松の急勾配区間で貨物列車の後押しをする専用の機関車です。
どこで撮ったかは不明ですが、後押しをしながら去っていくEF61-207。
側面に白いJRマークがついているので、民営化した1987年から全車引退した1991年までの間の撮影ですね。
EF67-2とともに重単で回送されてくる。
余裕の片パンタ。
瀬野八で活躍したEF61の200番台、EF67の100番台の増備により'91年までに全車引退したそうです。
そして最近EF210の300番台が投入され、EF67の0番台は運用から外れたみたいですね。
どんどん世代が変わっていきますね・・・。 |
昔の鉄道写真から
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ネタなしチョンボを凌ぐため、よくやるのが日付けネタ。
「またかよ〜!」という冷ややかな目線も覚悟しつつ、昔の写真をスキャンしてみました〜
4月23日、423系の日です!
まずは以前も出したことのあるこれ。 '87.12.25 植木
423系の国鉄色でまともな写真はこれだけかな・・・。
屋根の中央に大型のクーラーユニットを有する集中型クーラー車。
ガムテープで貫通扉を目張りして、すきま風を防ぐのは常識でした(?)
上の写真と同一個体の可能性もある、同じタイプの423系。 '89.12.10 博多
この頃、「タウンシャトル」のHMの意匠が変わりました。
ある雪の日の午後。 '90.1.24 箱崎−吉塚
デカ目で床置きクーラー。
車端にクーラーユニットが置かれ、そこの窓が埋められてグリルになっています。
クーラー上部の丸いベンチレーターが異様にデカい。
423系らしくて好き
同じく床置きタイプで冷房化改造されたグループですが、屋上のデカいベンチレーターが各車の両端に1個ずつ配されたタイプ。 '90.4.1 博多
オレンジがかったライトも、今はもう記憶の彼方・・・。
これは屋上に分散型クーラーユニットが4個ずつ載ったタイプ。 '92.7.19 博多
私鉄っぽい屋上ですが、これも好きだったな〜
正面がちに撮ると、ライトのデカさが半端ないことがよく分かります・・・
バリエーション豊富で面白かった423系ですが、フィルムがもったいなくて撮り惜しみしているうちに消えていきました。
今の機材で撮ってみたいな〜。
明日は仕事関係の飲み会のため、ブログはウヤかもです。 |
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昨日のキハ35の記事に引き続き、今日はキハ30でいってみましょう!
ポカポカ陽気の美祢線。
大嶺支線の接続駅、南大嶺に佇むキハ40とキハ30。 '93.5.4
ロングシートが並ぶ、通勤形の車内。 大嶺駅までやって来ました。
補強板付きのゴツイ顔が素敵。
奥の山の上は炭鉱跡か?
ホームにて。
かつては広い構内にたくさんの線路が敷かれていたことでしょう・・・。
折り返し便の発車まで、のんびりとした時間が流れます。
オマケ。
前の日に撮った、長門市の車庫。
SL用のラウンドハウス(扇形機関庫)を占拠した黄色いキハ達。
キハ30も手前に2両いますね。
もひとつオマケ〜。
朝は魚の行商のおばさま達とトロ箱で賑わってました〜。
この美祢線乗車も、助廣急行様とご一緒したものでしたね。
たぶん同じような写真を撮ってるんでしょうね〜(汗 |
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今日はお待ちかねの過去ネタですよ〜!
(誰が待ってんの??)
25年前の直方駅で撮ったやつです。
おそらく、大回り乗車したときではないかと。
キハ30系の片運転台車であるキハ35or36の4連です。 '88.1.17
右のキハ40がジャマなので、もしかしたら5連以上あるかもですが・・・。
先頭はキハ35‐174、2両目もトイレ付ですのでキハ35、3・4両目は片運転台ですがトイレの有無が分かりませんのでキハ35または36ですね。
3両目は当時でも見慣れなかった九州色。
キハ30系だけで4両以上つないだ列車って、この頃は見覚えがありません。
(国鉄時代はザラにあったでしょうけど)
先頭の種別幕は「試運転」がちょっとズレた状態。
側面にはサボが入ってません。
結構ツヤツヤしてるような気もする(?)ので、出場回送かな?
でも、4両いっぺんに?
( → 調べてみたら、キハ35‐174の廃車は'91.8.19とのことで、ドナドナではないみたいです)
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今日は4月15日、良い子(415)の日ですね。
中学の頃、助廣急行氏と415系を語呂合わせでそう呼んでいたのを思い出します。
そんな415系のことを少しだけ。
415系といえばこういう電車ですね。 FO-118編成 '10.10.22 下関
118編成の以前の姿。 '89.4.3 箱崎−吉塚
当時シーサイドももちで開催されていたアジア太平洋博覧会「よかトピア」のPRのため、全面ラッピングされていました。
しかも、当時「タウンシャトル」のHMだったのに、この編成だけ国鉄時代の「マイタウン電車」のHMが掲出されてました。
これはFM-513編成(当時)。 '06.12.2 博多
まだ撮り鉄に復帰していなかった頃、ケータイで何となく撮影。
513編成のかつての姿。 '90.8頃 箱崎
「とびうめ国体」のPRのためラッピングされてました。
そして・・・
やはり何といっても、国鉄色のFM-5編成! '11.6.11 ししぶ−古賀
そのFM-5編成も昨年引退、工場まつりで落書き列車になった後、ひっそりと解体されてしまいました・・・。
FM-5などの0番台車は全車引退、次々と解体されてますが、100番台、500番台、そしてステンレスの1500番台はまだまだ頑張ってますね。
明日は早起きして朝練でもしましょっかね。 |


