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昨日の西鉄貝塚線313形のラストランから一夜明け、今日はソフトの練習と模型の塗装と散髪。
朝刊に昨日のことが出てましたね〜。
貝塚線を定期的に利用していたわけではなく、思い入れを語るほどの立場ではないのですが、私なりに今まで撮った313形をご紹介してみたいと思います。
313形のファーストショットは、中学3年の頃、314編成のこれでした。 '90.3.19
まだ赤いラインが細いです。
ちょうど和白を出て坂を上るところですね。
香椎花園で開催中のワーナーランドの告知ヘッドマーク付。
当時、電車を使った香椎花園関係のイベントの告知がよくあってました。
これも314編成。 '90.10
昨日最終便を撮った場所からです。
向こうの多々良車庫には、今はなき300形がとまってますね。
前の写真のあと、貝塚駅停車中の314編成。
右に写っている地下鉄の線路が、今よりももっと西鉄寄りに突き出していて、すぐにでも相互乗り入れが始まりそうな感じですね。
車庫には313編成が休んでました。
たしかこの時は、600形が入線したばかりで、助廣急行様と一緒に撮りに来たのでした。
315編成は、太い帯に変わってました。
でも、灰色Hゴムで、手すりやステップが顔にたくさん残ってました。
まだヘッドライトは1灯ですし。
ちょっと撮り方が・・・(汗) 多々良川を渡ってきたところも。
まだ公民館もマンションも住宅もなく、ただの草っ原でした。
この次に313形を撮ったのは17年後、就職も結婚もして子供もいる'07.3.31。
そう、新宮〜津屋崎の部分廃止の時です。
撮り鉄から離れていた当時はコンデジすらなく、ケータイのカメラでの撮影です。
これはこないだも出した、大根川を渡るところ(古賀−古賀ゴルフ場前)です。 313形の車内にも、部分廃止の告知がなされてました。
古賀ゴルフ場前駅にて、315編成。 古賀駅にて、315編成。
花見駅にて315編成。 部分廃止前の最終日、せっせと乗客を運んでました。 「津屋崎」行として走ったのはこの日が最後でした。
また、新宮駅が途中駅としての機能を果たしたのも最後でした。
部分廃止の記念乗車券にも315編成が登場。 部分廃止で貝塚線となってから約1年、沿線をぶらついた際に315編成をパチリ。 '08.3.29 三苫−新宮
部分廃止によって、何編成かあった313形は315編成1本だけになりました。
なので、これ以降の写真は315編成のみです。
所用で移動中にパチリ。 '09.1.15 名島 何かのついでに立ち寄った多々良車庫にて。 '13.9.28
'15.1.24で運行終了、その前に旧塗装になるということが発表され、撮影に。 '14.4.12
パンタ側を順光で撮るなら朝。 '14.4.14
そう、この姿もこれまで・・・。
そして5月23日、ベージュとマルーンの旧塗装になって再出発。
1月24日までの短い旅です。
西鉄の旧塗装は、模型の蓬莱電鉄の塗装の基になってますので、嬉しかったです。
戦後間もなく、国鉄80系電車を筆頭に日本中で大流行した2枚窓スタイル。 田植えの終わった田んぼに自らの姿を映した頃。
終盤はヘッドマークが取り付けられましたね。
貝塚駅に佇んで都市高速のライトを映すことも、もうありません。
そして昨日、別れの日。
600形導入で全滅した120形。
新宮〜津屋崎の部分廃止で全滅した300形(左)。
313形も、これらの仲間たちと同様鬼籍入りですね。
貝塚線の歴史がまた一つ動きました。 うちの愛すべきガラクタちゃんと一緒に、その余韻に浸ることとします〜。
さ、明日からまたお仕事がんばります〜。 |
昔の鉄道写真から
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少しだけ喉がイガイガして、少しだけ水っ鼻で、少しだけ頭痛がする管理人であります。
念のため、パブロン錠剤を飲んどきました〜。
今日は1月15日。
日付けに因んで115系の写真でも。
何てことはない、乗り鉄中に駅撮りしただけのものです。 '93.3.3 岩国
以前も出したと思いますが、湘南色並びで当時気に入っていた1枚でした。
明日は金曜日、こじらせないようにして何とか切り抜けます〜。
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昨日は新年早々ブログ運休・・・。
午後から、お泊り中の子供たちを回収しにヨメの実家を往復。
高速のUターンラッシュの影響で県道35号の大渋滞に巻き込まれてヘトヘトに・・・。
ネタがないことも相まって運休となったのでした。
今日は少し模型製作をしましたが、ご紹介できるほど進んでないので、過去ネタを絡めて大晦日のことを。
12月31日、友人の帰省に合わせ久留米へ。
新幹線の開通に合わせてキレイに生まれ変わってました。
右にはでかいタイヤ。
ブリジストンとかある街ですからね。
左手にはバス乗り場があって、西鉄バスが写ってますね。
あと、堀川バスも発着してます。
でも、以前はこんなでした。 '93.2.19
当時のバス乗り場。
これは当時新しい部類のバスでした。
こんな貸切落ちが主流でした。
おケツ。
ひぇ〜、これまたでっかい・・・。
もういっちょ。
今は田舎路線は小型車が多いですが、当時は古めの貸切車を格下げして社内で使い回すのが定番で、大型車が田舎の狭い道をよく走ってました。
小型車の導入が始まってました。
当時は新しめな感じでしたが、今見たら古参車でしょうね。
西鉄バスもいました。
53MCのハンペン世代ですが、方向幕が小さ目ですね。
大晦日に撮った現在の西鉄バス。
上の写真と比べるとえらい違いですね・・・。
さ、明日から通常どおり仕事です。
早めに寝よっかな。 |
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ここ数日、ものすごい好天ですね〜。
だんだん迫ってきている猛烈台風が怖いですが・・・。
今日も琴電の続きをご紹介します。
前回と同じく、瓦町駅に留まって駅撮りしたものです。
ここは琴電の3路線が集まってくる駅で、たくさんの列車が発着していたようです。
真ん中ののっぺりしたやつは、顔こそ半流線形ですが、側面の窓配置にクモハ12など国鉄17m級電車の臭いがします。
真ん中のは顔のサボの交換中ですね。
(「長尾行」の茶色いサボを提げた乗務員が写ってます)
のっぺりの後ろにつながってたやつ。
こちらは私鉄らしい形状ですね。
旧型のやつが入線してきました。
後ろのはパンタグラフが撤去された跡がありますね。
京浜急行から来たと思われる、当時の最新型(?)。
これは今も走ってそうですね。
左奥のほうに、12角形の黒ずんだ駅舎が見えてますね。
陽も落ちてきて露出が厳しくなってきました。
ブレてますが、2枚窓車の写真はこの1枚だけ。
おでこの雨樋が上に曲がっていて、湘南電車が流行した時代の名残を感じさせますね。
旧型車の2連を、ホームの駅長室と一緒にパチリ。
駅長室側から、別な車両をパチリ。
側面窓は、上段Hゴム固定の「バス窓」です。
どこで撮ったかよく分からないけど、これも旧型車ですね。 以上で、琴電の車両たちは終了です。
当時のメモを見ると、瓦町の滞在時間は1時間ちょいぐらいだったようですが、結構撮ってたな〜。
今の琴電も見てみたいな〜。
明日は休みが取れたので、ヨメを送ってからちょいと西進します〜。
このまま晴れてくれ〜〜! |
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だいぶ寒さを感じるようになってきましたね〜。
昨日の琴電の続きで、車両たちを何度かに分けてご紹介します。
まずはこれ。
左側に城壁が見えてますので高松築港駅ですね。
JR高松駅から歩いてきて、ここから琴電に乗りました。
そして、昨日ご紹介した瓦町に到着。 (再掲)
夕方のひと時、ここでとどまって、しばし撮影を。
右奥の旧型車両。
こんなの見れるとは・・・。
幅も長さも小さめです。
これ、動態保存車として現存してるんだそうです。
ひぇ〜、すごい〜。
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