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今日は昨日の代休でした。
起きたら昼前・・・。
天気も良いので門司港ラッピングの811系でも撮りたい感じもしましたが、当てもなく線路際で待ち続けるのもちょっと・・・。
仕事から帰ってきたヨメが桜を見に行こうと言うので、それについていくことに。
場所は、地元の興山園(こうざんえん)。
市内東側の山地にある私設の無料植物園で、年間様々な植物を見ることができますが、特に春は桜がきれいです。
ちょうど、薬王寺温泉入口交差点とか古賀東中学校あたりが見えています。
園内の桜はほとんど散っていましたが、一部はまだキレイに残っていました。
東側に見える山も、良い感じでした。
今の季節から既に赤いカエデもあるのですね。
眺望の効く展望台付近まで行くと結構急な道もありますが、手軽なハイキング感覚で行ける良い所です。
小学校の遠足のほか、高齢の方も結構来られてますね。
また違う季節にも訪れてみたいです。
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街並み・風景
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仕事終わってツイッターやニュースを見たら、台風21号が近畿・中部でとんでもない被害を与えていることを知りました。
地震、豪雨、台風と、今年は天災に見舞われてますね・・・。
今日は岡山旅行の続きをご紹介します。
吹屋の街並みを見て昼食後、レンタサイクルで周辺部を見て回りました。
アップダウンの多い一般的な山間部の道路を走ること10分、数キロ進んだ先に、突如お城のような擁壁をもつ豪邸が現れました。
吹屋ではぜひ見ておきたかった広兼邸です。
レンタサイクルが電動アシスト付だったので来れましたが、普通の自転車だとちょっとしんどかったかも。
(「電動は快適やね〜」とか言いつつ途中まで来て、電源が入ってなかったことに気付いて赤面したのも笑い話・・・)
映画「八つ墓村」のロケも行われたそうです。
案内標識。
あの巨大な石垣、見えてるのは半分なのか・・・。
さあ、見学してみましょう。
当時もこの坂を上らないと行けないようになっていたのですね。
建築資材も家具も、すべてここを通したと考えると、それだけでもすごいですね〜。
当時はここに寝ずの門番も置いていたとか。
それほどの防犯対策が必要なぐらいの富が、この家に集まっていたのでしょう。
水琴窟・・・初めてです。
この岩の向こうにある穴に柄杓ですくった水を垂らすと、キラキラした微かな音が聞こえるというもので、ほんとキレイな音でした。
地面の下に大きな甕(かめ)が埋めてあり、甕にたまった水に水滴が落ちた際の音が共鳴し合うようになっているのだそうです。
お金持ちの風流な遊び心といったところでしょうか。
母屋は基本的には入れませんが、この付近はOKでした。
高〜い天井、煙や蒸気で黒ずんだぶっとい梁、昔ながらの電線と碍子。
採光窓により、昼間はそれなりに明るいというのがすごいところ。
また、灼熱の外気と異なり、少し涼しい感じでした。
左の崖に湧水があり、それがこの家で使われているようでした。
獅子がシャチホコのように逆立ちし、しっぽはいくつもの渦を巻いているようです。
ちゃんと消火設備がついているのが、文化財っぽい。
このあと、吹屋の街並みに戻りながら2か所見学。
吉岡銅山の笹畝坑道。
右の事務所でヘルメットをかぶり、赤いコーンの向こうに見えている坑口から入ります。
坑口に入って数メートルで、メチャクチャひんやり!
汗だくの身体が喜ぶのが感じられました。
薄暗い坑内は時折すごく広くなっていたりして、作業の様子を表す坑夫のマネキンがあちこちにあったりして、ちょっとホラーな感じも。
最後は上のほうにある別の坑口から出て左の階段を降りて戻ってきましたが、上のほうの坑道は全然涼しくなく、下のほうの坑道が涼しかったのは、地下水に沿っていたからかなと想像しました。
工程順に、ベンガラの製造過程が分かるようになってます。
街並みに戻ってきましたが、帰りのバスまで時間があるので、高梁から遠い側の端まで行ってみました。
カギ型の街路の向こうは白壁の豪商のイメージは薄く、しっとりと落ち着いた街並みでした。
格調高い木造校舎が現存しており、吹屋の見どころのひとつですが、あいにく改修工事中。
小学校のデザインに似せて作った鉄筋コンクリート造。
中学校の跡地で、元の校舎の部材も一部流用しているらしい。
木製の三角柱に時刻表の板というバス停。
街並みに合わせてあるのかもしれません。
ついでに、バス停の目の前の郷土館も駆け足で見学。
ベンガラを取り扱っていた商人の邸宅。
太い柱、豪華な欄間、立ち並ぶ蔵など、当時ものすごいお金をかけて建造されたことが随所にうかがえました。
吹屋の街並みは素晴らしく、広兼邸や小学校校舎、地域の隆盛を支えたベンガラや銅山などの産業遺産なども揃った観光地。
それでも、夏休み中の日曜日なのにお客が少なく、街並みは観光バスで来た人たちが見学してましたが、広兼邸、笹畝坑道、ベンガラ館などは私たちだけ。
係員に聞くと、映画「八つ墓村」放映時をピークに減り続けているらしい。
猛暑、ボンネットバスが走らない期間、小学校舎工事中などのマイナス要因を差し引いても、もっとお客がいてよさそうなんですけどね〜。
ブームの時はいいけれど、その時建てた観光施設の維持管理はずっと続くし、閑散期にも店を開け(つまり他の就労ができない)、施設には係員を雇用・配置し続けないといけないし、なんでもボランティアに頼っては産業として成り立たないし、観光でやっていくことって難しいんだな〜と考えさせられながら、吹屋の地を後にしたのでした。
(つづく)
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暑い日が続きますが、今日でいよいよ8月も終わり。
9月からは少しずつ秋に入っていくのでしょう。
しばらくぶりとなる岡山旅行の続きをご紹介します。
新幹線で岡山入り、備中高梁まで伯備線で移動し、しばし街歩きしたのち、古い街並みが残る吹屋(ふきや)へ向かうバスに乗り込みます。
私の大好きな、観光マスクで中ドア付の小っちゃいバス。
10:50発。
ここから汗だくでバスセンターに戻ったのですが、バスならわずか数分・・・。
さっきの街歩きで引き返した所より城に近い北寄りに、重厚な白壁の町屋がたくさん並んでおり、一番の見どころを逃していることに気付く・・・。
途中、伯備線を走る特急「やくも」を見かけました。
道路の左側に「あれ」を見つけました!!
近くで見れる絶好のチャンスと期待しましたが、季節がら草に埋もれていて、何も分からず・・・。
宇治を過ぎると、道はいよいよ狭くなり、急カーブも増えます。
そして11:48、終点の「吹屋」に到着。
まさに街並みのど真ん中にバス停がありましたので、降車後すぐ、街並みとバスのコラボが撮れました。
早くもテンション上げ上げです!!
こりゃいい所だ。
ダイジェストでも触れましたが、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)にも選ばれてます。
傘が良いアクセント。
この付近で生産されるベンガラ(弁柄)という赤い顔料が塗られた建物が多く現存し、吹屋特有の景観をとなってます。
ベンガラは江戸中期以降製造され、赤の着色用として陶磁器・漆器、染織、印刷、建築、船舶など幅広く利用されているそうです。
氷枕の赤茶色もベンガラなのだとか。
この地での製造は昭和40年代に終了しているそうですが、ベンガラを扱って財を成した家もこの街並みにあります。
いいですね〜。
右端の建物が観光協会で、そこで自転車を借りました。
運良く、電動自転車を借りることができました。
(撮影用に並べましたが、食事中は別の駐輪スペースにとめてます)
前評判どおり、カレー好きの私も納得の味でした。
お店の雰囲気もちょっとおしゃれで、満足の昼食でした。
5・6・10・11月の日曜日なら、ここをボンネットバスが走るんですよね〜。
その時に来てみたい・・・。
観光マップをスキャンし、バス停から傘のあるところまで行き、レンタサイクルを借りてスープカレーのお店までたどった道を黄色で示してみました。
(クリックすると拡大できます)
腹ごしらえも済んだし、ぼちぼち自転車で付近を回ってみましょうかね。
(つづく)
【岡山ノスタルジー紀行シリーズ バックナンバー】
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先日香椎に行った際、駅前の再開発の状況を駅ビルから撮ってみました。
土地区画整理事業は平成30年度まで、あと1年ちょいということで、かなり進んでます。
1ヶ月ほど前に少し触れておりましたが、改めて記事にしてみます。
駅正面の北寄り。
アスファルトに消えかけた白線が見えるのがロータリー跡。
その隣のアスファルト敷きの長方形の土地はパチンコ屋があった所かな。
旧ロータリーへの進入路は塞がれ、異様な感じ。
仮のロータリーが作られ、水色のタクシーがとまってます。
その向こうは広大な更地が広がり、向こうに西鉄貝塚線の高架が見えます。
駅前角地のタバコ屋が残っていて、かつての面影を感じます。
向こうの建物もいくつか残ってます。
鉄筋の建物が密集し、西鉄の高架など見えるはずもない状態。
左隅はまだ茶色いタイル敷きで、まだ駐車場になってませんね。
2本の木がランドマークですね。
右端の白い建物はパチンコ屋。
駅ビル南側の跨線橋接続口からも眺めてみましょう。
南側は結構変わるようです。
まだ多少建物が残っていた頃。
旧唐津街道筋の道は完全に敷き直されてます。
旧唐津街道はやや向こうにあり、周囲の建物も若干残ってました。
結構狭いロータリーですが、バスが入ってくるようになるんですね。
夕方とか、ごった返す送迎車がジャマになりそうですね・・・。
参考までに、区画整理事業の資料を載せておきます。
平成11年度から平成30年度まで、まる20年・575億円かけた事業なのですね。
新しく敷かれた道路の位置が分かります。
こうやって見ると、JRと西鉄の駅は結構近いんですね。
駅周辺の土地区画整理と西鉄の立体交差を一緒に進めてきたことが分かりますね。
最終段階ということで、左下の水色の部分まで来ているようです。
もう少しで道路と区画ができあがり、いずれは建物が林立するのでしょうね。
また機会をみてこれについて記事にすると思います。
(同じ過去画を使うことになりそう・・・)
今週はあと1日仕事、そしたら3連休です!
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昨日はヨメの実家へ、今日は私の祖母宅へ年始に行っておりました。
撮り初めはまだまだですし、ストック画像からちょろっと・・・。
11月にSLを撮りに行った時に見た神社です。
朱塗りの鳥居、奥の本殿は茅葺き。
気になる神社です。
右隣には集会所があり、この集落の中心地であったっことがうかがえます。
沿革碑。
拡大。
建立は1428年。
あと10年ほどすれば600周年か。
拝殿は明治40年(1907年)築のようです。
茅葺きの本殿は・・・よく分かりません。
長年にわたり風雨にさらされてきた建物は白っぽくなっていますが、屋根の下の部分は朱色に塗られていたような痕跡が見られます。
天狗っぽいかなと思いましたが、鼻は長くないし、神社だから狛犬?
それとこっち側に90度向いてるのは象ですね。
へぇ〜、神社に象の彫刻があるんですね〜。
その真上の柱はウロコのような感じで半円形が規則的に並んだ彫り込みがあります。
さらに、右上の奥のほうは、葉と茎のような立体的な装飾もみられます。
本殿の妻面も朱塗りですね。
もしかしたら、新築時はすべて朱塗りだったのかもしれませんね。
だとしたら、鳥居が石積みでなく朱塗りというのも頷けます。
反対側の柱の彫刻。
狛犬のようなやつは、さっきと違って口を開けてます。
こっちが「阿(あ)」、さっきのが「吽(うん)」、やっぱり狛犬ですね。
横を向いた象は同じかな。
いや、さっきのは口を開けてますが、こっちのは口を閉じてる??
それとも、開けてた下あごの一部が欠損?
口を閉じてるのなら、狛犬と逆向きながら、象も「阿」「吽」を示してる可能性もあります。
神社によっては狐や猫などの阿吽もあるようなので、象ってのもアリなのかな。
この付近は数年前に水害で路盤が流されるなどしており、今も川の周囲の石積みが新しいことがそれを示してます。
矢印が愛宕神社。
道路を隔てて川のすぐそばですが、先程来ご紹介した写真を見ると、土台や構造物が作り直されたようには見えず、被災を免れたものと想像されます。
神社仏閣は先人たちの知恵で自然災害に遭いにくい場所を厳選されて立地する(結果的に災害に遭わなかったところだけが現存しているというべきか?)ようですが、この神社もそうなのかもしれません。
次回、白井でSLを撮る機会があれば、本殿の装飾をもうちょっとよく見たいですし、象の彫刻の阿吽も確認したいところです。
正月休み最終日の明日は、夕方前ぐらいから私の実家へお年始。
それまではゆっくりかな。
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