蓬莱電鉄(ほうらいでんてつ)の雑記帳

福岡近辺の鉄道・バスの話題がメイン。初心者・一般人歓迎。コメントはお気軽にどうぞ〜。分からない言葉とかあったら聞いてくださいね。

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今日は午前中ソフトの試合でした。
天気予報が曇りでしたが、やっぱりカンカン照りでした・・・。


午後はアイスを食べたり冷たいものを飲んだりしてゆっくり過ごしました。



記事のほうは、東北旅行の続きです。

南三陸町の語り部ツアーの後半、防災対策庁舎とその他町内の状況についててです。




イメージ 19
防災対策庁舎といえば、最後まで避難を呼びかけていた方も含め、多くの職員が犠牲になった所です。
地震発生と津波の警報で2階に町の対策本部が置かれていたこともあり、町長はじめ多くの職員が勤務していました。
3階の上の屋上に避難したものの、津波はそれより高いところまで来てしまい、アンテナによじ登ったり階段の手すりにつかまったりしたわずかな人しか助からなかったという話です。



イメージ 1
現在周囲は工事中で近寄れませんので、やや離れたこの場所から、語り部ガイドさんの話を聞きました。




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当時の状況を説明していただきました。
左の写真で、最も水位が上がった時にはアンテナのポールと階段の上りきった所しか見えてないことが分かります。

実際にここにいた職員が撮影した写真が、町のホームページにも掲載されてます。




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献花台が設置されています。
周囲は震災復興祈念公園として整備される予定です。

この防災対策庁舎の保存に関しては、町内でも賛否両論あったそうですが、最終的には震災遺構として保存されることとなったそうです。




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最後まで町民に避難を呼びかけ続けたり情報収集にあたっていた職員たちに向けて、一羽一羽折られたのでしょう。



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犠牲になられた方々のご冥福を祈り、皆で手を合わせ、この場所を後にしました。




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またバスに乗り、町内を見て回りました。

右に先ほどの防災対策庁舎、川を挟んで左側には「南三陸さんさん商店街」。




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海岸線には、漁船の船溜まりが整備されてました。



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その近くに造船所。



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あ、BRTだ!
キュービックバスもいるんですね。



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新しい魚市場かな。




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内陸に入り、南三陸町役場の仮庁舎がありました。
結構な高台に位置してます。



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その近くには「ベイサイドアリーナ」という大きな施設。
BRTの待合室もありますね。

震災直後、支援物資の集配拠点となったそうです。




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さらにその近くには仮設の消防署。



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津波で殉職した消防職員の慰霊碑もありました。




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完成間近の新しい役場庁舎も。




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高台に新興住宅地。
復興公営住宅もたくさんあり、戸建て型と集合型がありました。
自力再建の人はローンを組むなどして家を建てているそうですが、前の家のローンが残っていた人もあり、今後の生活も大変なのだそうです。




このあとポータルセンターに戻り、語り部ガイドさんとお別れしました。





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復興まちづくり事業計画の概要図がポータルセンターに掲示されてました。

元々市街地だった低地は復興祈念公園(黄緑)、商業・業務エリア(赤)、水産関係エリア(水色)となり、居住ゾーン(レモン色)や学校・官公庁は内陸の高台に配置されてます。





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イースター島から送られたモアイ像。
これを活用した町おこしが行われており、土産品にモアイがたくさん登場します。




ここで集合写真を撮り、南三陸町を出発し、宿泊地である松島へと移動しました。
(つづく)




明日は地元福岡県内の豪雨災害の被災地を訪れ、ボランティア作業をしてこようと思っています。

なかなか旅行の疲れが取れません。


昨日の続きで、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた南三陸町の視察についてご紹介します。




イメージ 2
南三陸ポータルセンターに到着。

ここからは、地元の語り部ガイドさんが乗車され、町内の浸水エリアを回りながら津波の体験談を話してくださいます。




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道中、このような看板も出ていました。




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気仙沼線のコンクリート橋です。
上は柵が追加されていて、BRTの道になってます。

真ん中の橋脚上部の点検台が不自然に曲がってますが、語り部さんによると、これは津波で曲がったのだそうです。
海沿いってわけでもないのに、こんな高さまで津波が・・・。



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セブンイレブンも仮設店舗で営業。




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ぐぐっと坂を上り、旧戸倉中学校にやって来ました。
黄色いテントには、地元消防団の消防車が入ってました。




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現在は戸倉公民館となっていて、中学校であったことを示す記念碑が建てられています。



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時計は、あの日のあの時間で止まったままだそうです。





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グラウンドは舗装され、仮設住宅が建ち並んでます。




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敷地の端から海を望む。
結構な高台に位置していることが分かりますね。

でもここにも津波が上がってきて、避難してきていた人が波にさらわれたのだそうです。

津波は湾内をぐるぐると回り、語り部さんが指差しているはるか向こうで津波にさらわれた人の遺体がこちらの中学校の近くの山で発見されたりもしたそうです。





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振り返った校舎の1階の窓に貼り紙があるのが確認できますでしょうか。




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あんなとこまで津波が来たそうで、その高さは22.6m!!

はるか下の海面から、この高さ・・・。

あまりの恐ろしさに言葉を失います・・・。




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体育館にも津波の痕跡が残ってます。
右側の妻面の壁のやや濃いベージュの補修跡は、裏手の土手下の家屋が津波で打ち上げられ、体育館の壁に激突したところだそうです。




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1階の頑丈な扉も、津波でひん曲げられてます。




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西側を見ると、低い所に広大な更地。
かつてここは家が立ち並び、高い盛り土の付近には戸倉小学校があったそうです。

地震の後、津波に備えて教職員と児童たちが校舎屋上に避難していたところ、教職員の機転で校舎は危ないと判断し、向こうの山の神社に移動、その後津波は校舎の屋上まで飲み込み、児童全員が奇跡的に助かったというところです。




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神社付近をズームで。
画面やや右上、木立の隙間から赤い鳥居が見えてます。
その鳥居から少し上がったところにある小さな祠まで避難し、一晩過ごしたそうです。

津波は赤い鳥居の足元まで来たのだそうです。





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語り部さんが持っておられるのが、津波後の校舎の写真。

3階建ての校舎の屋上よりも高い津波が押し寄せ、左の体育館はぐしゃぐしゃです。




報道などで知ったよりもはるかに恐ろしい津波のパワーに圧倒されつつ、次の見学地の防災対策庁舎跡へ向かったのでした。



旅行の疲れがまだ取れず、今日の仕事はしんどかったですが、なぜか色々と捗りました。


記事のほうは7月8日(土)〜10日(月)の2泊3日の東北非鉄旅行について、順次ご紹介していきます。


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7:00に福岡空港に集合、仙台行のANA便に乗り込みます。
ボンバルディアの小ぶりなヒコーキでした。




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ずっと曇ってましたが、途中から雲が切れ、地面が見えてきました。
この季節で谷筋に雪を抱えた山々、日本アルプスでしょうか。
右上付近に小さく見える三角は、富士山のてっぺんかな?



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猪苗代湖と磐梯山が見えてきたら、間もなく着陸態勢に。




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仙台空港に到着しました。




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東日本大震災の津波が来た高さを示す表示が・・・。
広大な滑走路に津波が押し寄せる映像を思い出しました。




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仙台空港駅が隣接してますが、我々はバス移動です。



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仙台東部道路を北進。
海岸線はだいぶ向こうですが、この道まで津波が来たとのことです。
左奥らへんが、名取市の閖上(ゆりあげ)。
津波で被害が大きかったところです。



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似た景観ですが、仙台市に入ってます。
真新しい住宅が並ぶ地区、




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そのまま走り続け、石巻市付近。
こちらも復興住宅と思われる集合住宅があちこちに建ち並んでます。




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あっ、貨物だ!!



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貨物色のDE10が牽くコンテナ貨物。
地図を見ると、石巻線のようです。




イメージ 12
広大な田園が広がります。



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北上川かな?
北上川は新北上川と旧北上川があります。




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バイパスを降り、国道45号の下道を走ります。
気仙沼線の路盤が見えましたが、運休中で、重機などが入ってました。




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国道に沿って路盤が続きますが、突如、待合所が出現。



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赤いバスが路盤を走ってる!
そっか、BRTやんか!
気仙沼線の一部が舗装され、専用のバスが走るBRTとして開業したのでしたね。




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途中休憩時にBRT専用道路を見物。
バスは来ず・・・。




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道中、所々にBRTの専用道路が見えます。




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志津川という港町にやって来ました。
気仙沼線の駅があったところですが、コンクリートの構造物と築堤の一部しか残ってません。



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BRTを目撃。
その後も自由時間がなく、まともに捉えることはできませんでした。



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志津川は大規模な工事の真っ最中。
津波で多くの職員が犠牲になった防災対策庁舎が見えます。




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南三陸ポータルセンターが見えてきました。
案内所や土産物売場があり、観光の拠点となっている施設です。



ここから、震災被害を伝える語り部さんに乗車していただき、この付近の津波被害や最近の状況について視察したのでした。
(つづく)




2泊3日の東北旅行から無事帰宅しました。

3日間とも晴れて、気温も30℃超え。
涼しいのを期待してましたが、灼熱でした・・・。

非鉄旅行の早朝に無理やり鉄分補給をブッ込んだこともあり、結構疲れました。




楽しいこともあり、美味しいものも食べましたが、初めての東北ということもあり、やはり底流にあったのは・・・






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東日本大震災がどのようなものであったのか、被災地の現状がどうなっているのかということ。




震災から6年以上経ちましたが、実際に行くことで、いろいろと考えさせられることもありました。
(まとまってはいないけど・・・)




後刻、通常の観光や鉄分補給も含めて詳細をお伝えしていきます。


明日は休暇を取っており、夕方の子供関係の所用以外はゆっくりです。
昨日から東北を旅行してます。

非鉄旅行ですが、結構楽しんでます。


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明日の夜帰って来ます。

詳細は後日ぼちぼちご紹介しますね。

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