高野山の旅(03春)

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高野山の旅

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 平成15年春、八十八ヶ所を中心に四国を一周し、高野山にお参りした。その想い出を写真と文で綴ったものです。


 高野山は、弘法大師の構想のもとに築かれた真言密教の一大聖地であり根本道場である。弘仁7年(816)に嵯峨天皇より勅許を得て開創以来、大日如来の仏都として密教宇宙の中心をなしてきた。また弘法大師信仰の霊山でもある。

 標高1000m前後の山々に囲まれた平坦地に諸堂が立ち並ぶ姿は、『蓮』の花が開いた様であり、『八葉の峰』とも呼ばれ、その地形からしても、まさに聖地としてふさわしい山上の宗教都市である。

奥の院、燈籠堂・御廟

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 弘法大師入定の地奥の院。ここは壇上伽藍とならんで高野山のもう一つの聖域である。

 御廟橋より先は、弘法大師御廟と燈籠堂がある霊域であり、撮影飲食禁止である。この橋まで大師が出迎えて下さるといわれている。


 御廟の拝殿の燈籠堂は、約900年間燃え続ける消えずの灯りなど、2万基以上の灯明が輝く。


 御廟は、弘法大師信仰の中心聖地である。承和2年(835)3月21日入定、62才であった。

   虚空尽き 衆生つき 涅槃尽きなば 我が願いも尽きなん   『性霊集補闕抄』巻第九


                              (撮影禁止のためパンフレットより)


    

 

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 御供所とよばれるお堂では、現在も御廟に住む大師に毎日進上される生身供(しょうじんぐ)と呼ばれる食事をしたくする。

 温かいご飯とお汁、季節の野菜を使った御膳が1日2回御廟と向き合う燈籠堂に運ばれる。

奥の院、参道(3)

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 覚鑁坂を過ぎ、御廟橋までの参道両側にも数多くの供養塔や芭蕉の句碑などがある。


      ・ 加賀前田家墓
      ・ 豊臣秀吉墓
      ・ 織田信長墓      など天下を動かした武将の墓がある。


 

 芭蕉の句碑     父母の しきりに恋し 雉の声

 芭蕉は、行基の詠んだ『山鳥の ほろほろと鳴く 声聞かば 父かとぞ思う 母かとぞ思う』を踏まえてこの句を詠んだという。    

 

奥の院、参道(2)

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 中の橋のたもとに汗かき地蔵と姿見の井戸がある。


 汗かき地蔵は、灼熱地獄の苦しみを衆生の身代わりとして受け止め、いつも汗ばんでいるという。

 となりの姿見の井戸は、覗き込んで姿が見えない人は3年以内に死ぬといわれている。

 覚鑁坂の石段は、転ぶと3年しか命がもたないので「死に」を超えるように43段あるという。

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