博物館・明治村

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 博物館・明治村も最後の建物となりました。くまなく廻ったつもりでしたが、いくつか見落としていました。それらについてはいつの日か追加したいと思います。
 
 5丁目67番地に帝国ホテルが建っています。
 
 
 帝国ホテル中央玄関(登録有形文化財) 旧所在地、東京都千代田区。大正12年建設。
 
 20世紀建築界の巨匠といわれたアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが設計した国際的な一流ホテルです。この中央玄関は、建物全体の特色をよく遺していて、軒や手摺の白い大谷石の帯が水平線を強調し、また大谷石に施された幾何学模様が素晴らしい。
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 ロビーは3階まで吹き抜きになっていて、彫刻された大谷石、透かしデラコッタによってさまざまに装飾されています。吹き抜かれた大空間の中を光が上下左右に錯綜し、廻りの彫刻に微妙な陰影を与え、ロビーの雰囲気を盛り上げています。
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 5丁目64番地に菊の世酒蔵が建っています。
 
 
 菊の世酒蔵(登録有形文化財) 旧所在地、愛知県刈谷市。明治初年頃建設。
 
 この蔵は、もとは愛知県碧南市に穀物蔵として造られたものです。明治28年に刈谷市に移築されて、「菊の世廣瀬酒蔵」の仕込み蔵として使用されました。
 
 外部には、土壁を風雨から守る板壁が引っ掛けられていますが、ひとたびかさいの恐れがあれば、全て取り外しができます。
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 内部には、酒造りの道具が工程順に置かれ、当時の酒造りの様子がわかるようになっています。
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    酒造り・・・説明板より。
 酒造りは雪国や山村の農民ら出稼ぎ者で組織される「蔵人」にまかされる。蔵人の引率者が「杜氏」その補佐が「頭」と呼ばれる。その下に酒造りの大切な行程、麹づくりの責任者「大師(麹師とこいう)」、発酵のための酵母菌をふやす作業の責任者「酛廻り」が続く。またどうぐの管理、酒しぼり、蒸米など役割に応じて責任者が決められ、それら責任者の下に「上人・中人・下人」らの職人がいた。

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 5丁目57番地に川崎銀行本店、59番地に内閣文庫、そしてその前に皇居正門石橋飾り電燈。また60番地には東京駅警備巡査派出所が建っています。
 
 
 川崎銀行本店(登録有形文化財) 旧所在地、東京都中央区日本橋。昭和2年建設。
 
 東京日本橋のシンボルであった川崎銀行本店が建て替えられた時、正面左角の外壁部分を移築復原したものです。川崎銀行は、江戸時代水戸藩の勘定奉行を務めた川崎八右衛門が明治13年に設立した銀行で、中ごろには有力な銀行の一つでした。
 この建物は、ルネッサンス様式を基調としており、当時の銀行建築の代表的な建物です。
 
 現在は明治村の展望タワーとなっていて、屋上に上がると村内を見渡すことができます。
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 内閣文庫(登録有形文化財) 旧所在地、東京都千代田区千代田。明治44年建設。
 
 この建物は、明治政府が中央図書館として建てた、内閣文庫庁舎の主屋部分です。江戸幕府から引き継いだ古文書に加え、各地の古文書や海外の書籍が収蔵されていました。
 昭和46年(1971)に国立公文書館が建設されるまで、古文書研究家に広く利用されたところだそうです。
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 正面からの眺めは、古代ギリシャ・ローマの神殿建築を思わせる姿の本格的ルネッサンス様式のデザインで、レンガ・石造建築の教科書的作品といわれています。
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 皇居正門石橋飾電燈(登録有形文化財) 旧所在地、東京都千代田区。明治26年建設。
 
 皇居正門石橋は、皇居前広場から皇居に通じる橋です。この石橋の高欄の親柱上に設置された6基のうちの1基です。獅子頭と旭日をあしらい脚に獅子の支えを取り込んだ姿は、近代以前のバロック様式のデザインです。
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 東京駅警備巡査派出所(登録有形文化財) 旧所在地、東京都千代田区丸の内。大正3年建設。
 
 東海道線が品川から皇居正面の丸の内まで延伸され、東京駅が造られるとともに駅前が整備される中でこの派出所が建てられました。
 東京駅との調和を計ったデザインが取り入れられています。
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5丁目56番地に大明寺聖パウロ教会堂が建っています。
 
 
 大明寺聖パウロ教会堂(登録有形文化財) 旧所在地、長崎県西彼杵郡伊王島。明治12年建設。
 
 キリスト教は、天文18年(1549)宣教師フランシスコ・ザビエルによって伝えられましたが、その後秀吉の時代になって禁制となり、以後明治維新後の明治6年(1873)まで禁教でした。
 
 この大明寺聖パウロ教会堂は、その禁制が解かれてから最も早くに建設された教会堂です。内部こそゴジック様式ですが、外観は鐘楼を除けば普通の農家のような建物です。長いキリスト教禁教の影響を色濃く残しているようにも見えます。
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 内部の天井の曲線が素敵です。一般に「コウモリ天井」といわれていますが、建築用語では「交差リブヴォールト」というのだそうです。西洋のゴシック様式の教会建築にはよく見られるものだとか。
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 5丁目54番地に天童眼鏡橋、55番地には隅田川新大橋が架かっています。また53番地には小那沙美島燈台が建っています。
 
 
 天童眼鏡橋(登録有形文化財) 旧所在地、山形県天童市。明治20年建設。
 
 この橋の正式名は多嘉橋ですが、石造二連アーチ橋の典型で、半円が水面に映じて真円となるため、「眼鏡橋」と呼ばれていました。
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 小那沙美島燈台(登録有形文化財) 旧所在地広島県佐伯郡沖美島。明治37年建設。
 
 軍港として発展した広島湾沖に建てられた燈台です。大小の島々が浮かぶ瀬戸内海は、このような小さな燈台が数多く建てられました。
 
 鋳鉄製組み立て式燈台で、燈火は回転式ではなく、光源はアセチレンガスを用い、光度は60燭光でした。
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 隅田川新大橋(登録有形文化財) 旧所在地、東京都中央区浜町〜江東区深川。明治45年建設。
 
 東京隅田川に架けられた吾妻橋・厩橋・両国橋・永代橋とともに明治五大鉄橋と呼ばれていました。橋の中央を車道、その両側を歩道としたプラットトラス型です。
 高蘭の装飾に見られるような、曲線を多用したアール・ヌーボー風意匠を特徴としています。
 
 橋の全長は180mでしたが、ここ明治村へは、その8分の1が移築されました。
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