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まず、母は車の免許を持っていない。
父は数年前に車の免許を返納した。
そんな父が、まぁ前から具合はあんまり良くなかったんだけど、数日熱が続きまして、母から、アンタ病院に連れて行ってよ、ってことになたのが28日。
その日にいらっしゃるというお客様の対応をテルミに任せ、早速隣町の実家へ。
実家から近所の病院へ。
そう、近所なのに歩いては行けなかったんだ。
そしてその小さい病院では・・・ということで、大至急同じ市内の総合病院へ。
そのときセンセに「持って1週間」と言われた。
もうねぇ、本来は数年前から入院していて当然だったんだけどね。
本人の強い希望で自宅療養してたんだね。
昨年の猟期は1日だけ鴨猟に付き合ったんだけど、そのときもあまり調子がよさそうじゃなかった。
入院して1日目はたまに起きては「ココは家じゃないな?」とか言ってたんだけどね。
次の日はほとんど寝ていた。
そして3日目の30日の午後、眠るように息を引き取りました。
斎場や日取りの関係上、2日が通夜、3日が告別式でした。
これも本人の希望で、今ではおそらく珍しくなった自宅での通夜と告別式。
そして近所の人と家族だけ。
ほとんどは〇〇典礼会館、みたいなところでやっちゃうでしょ最近?
でも近所の人たちはこの方がありがたいみたいだったね。みんな自宅から歩いてこれるから。
数年前に入院して・・・という話があったんだけど、自宅療養にしたのは正解だったと思う。好きなことやって、好きなもの食べて、家に居られて、友達も遊びに来て・・・
入院していたらとっくの昔に逝っていたと思う。センセもそう言ってた。
この数日間の昼間の豊和精機は、電話は出ないわ、メールの返事は来ないわ・・・と思っていたお客様・・・申し訳ございませんでした。
仕事ができるのは病院から帰った22時くらいから翌2時くらいまでに限られてましたので大変ご迷惑をお掛けいたしました。すでにお預かりしているものは急ぎますのでご容赦くださいますようお願いいたします。
以上、言い訳でした!
若い頃はスキートで腕を鳴らし、庭師と英セターのブリーダーという二足の草鞋。
彼は鳥猟師だった。
皆が挙ってレミントンM1100スキートを使っていたから、天邪鬼な彼はFNダブルオートとM870を使っていた。
「麻生太郎には金(練習量)が敵わなかった(そりゃそうだ!)。勝ってたのは顔だけだ」と冗談を言っていた(絶対に勝ってない!)。
そう、僕をこの世界に引きずりこんだ張本人。
「だからって鉄砲屋やるとは思わなかったよ」と言っていた。
そりゃそうだ。僕も思わなかったもの(笑)。
とにかく本が好きだった。各方面に交流も広くて、とある作家の作品の中に「本が大好きで何でも知っている庭師の親方」として登場したこともある。
馬に乗れたし(飼っていた!)、居合いをやっていたし(真剣がウチにあった!)、まれに見る野武士のような顔(って言うとカッコイイけど、強面なんだよ・笑)を買われて時代劇映画にも出たことがある!
16歳からタバコを吸って(本人談・銘柄ピース)、イキがって刺青入れて、不摂生が祟って50代で胃を全摘出。体に悪いことはおそらく何でもやっていたけど、それでも男の平均寿命を超えて79歳まで生きられると証明して見せた!
(だからってお勧めはしません!)
週に5日も社交ダンスをして、毎日数キロウォーキング、大病を患ったことも無く、タバコも吸わないし酒も飲まなかったし、ニンニク卵黄飲んでたし(笑)、温泉も好きだった、いわゆる健康マニアだったのに76歳で亡くなった義父の立場が無いぞ! まぁ70過ぎれば数年は誤差かな?
悲しんでいると故人に怒られるので、笑って上を向いて・・・ですね。
だから「ご愁傷様です」なんてコメントは要らないからね!
だって彼はあと40日もすれば、時間も定数も無いお花畑で、セターと雉猟をしているだろうからね。
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2011年10月04日
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