ハウエバー稲川のパチンコ島通信

コミュニケーションツールとしてのブログに期待しています。いろいろと意見交換したり、交流を広めたりしたいですね。

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お久しぶりです。
月日の経つのは早いもので、前回「日の出タイムショックで大暴走」を完結してから、今日でちょうど2カ月が経過してしまいました。書くのをやめたつもりはなかったんですが、だいたいのネタを書いてしまったのと、ちょっと疲れたのと、そしてなによりも本業のほうが繁忙期に入ってしまったのとで、あれよあれよという間に〜といったしだいです。
まあ、このまま終了、そして閉鎖してしまうのもなんなので、少しだけ追加しておきましょうか?

・・・・・

ウルトラクイズのエンドロールをみるとわかることだが、ウルトラクイズの旅には、スタッフ以外にツアーコンダクターだけではなく、ドクターも同行している。なにしろ1カ月にも及ぶ旅で、しかも行くのはなれない土地ばかり。クイズの中には過酷な体力クイズもあるし、ストレスで消耗もする。そのために体調を崩す挑戦者がでてくるので、ドクターの同行はふだん暇なようでいて、実はたいへん心強い。

かくいう私も第11回ウルトラクイズのとき、ドクターのお世話になってしまった1人だ。
その理由は、なにを隠そう、グアムでのウルトラクイズ名物「突撃○×泥んこクイズ」でのことである。

・・・・・

その日。前日の成田でのジャンケンから名古屋縦断ミニトラクイズ、機内400問ペーパークイズ、そして深夜にパシフィックスターホテルのプールサイドで行われたベッド争奪クイズまで、文字通りの長い1日を戦い抜いた僕は、ようやく勝者組と合流することができた。

朝、「名古屋の敗者復活者」の金のたすきをつけて、指定時刻に集合場所のロビーに行くと、先にグアム入りしていた勝者組の挑戦者たちからは、どよめきが起きる。
それもそのはず、彼らは深夜に敗者復活組が名古屋から来ていたことも、ベッド争奪クイズが行われたことも知らされていなかったのだ。突然の登場とそこでおこったどよめきに、正直悪い気はしなかった。

そして、僕たちはスタッフに連れられ、歩いて浜辺に移動。砂浜の先に設置されていたのは、テレビでは見慣れた泥んこクイズのセットだった。

だが、この年の泥んこクイズは、実はあわや中止になるところだったという。
前日の台風で最初につくった泥んこプールが破壊され、僕たちがみたセットは、それよりも高い場所に急遽つくられた2番めのセットだったのだ。
クイズ経験者にとって、後楽園の○×クイズ、成田のジャンケンに次いで、3番めに敗退のリスクが高いといわれる泥んこクイズではあるが、それはそれ、ウルトラクイズに挑戦するならば、一度は泥んこクイズを体験したいものだ。泥んこクイズがあわや中止の危機にあったことを聞いた僕は、なんとか予定通りに泥んこクイズが行われたことを、うれしく思った。

そして、いよいよ泥んこクイズのスタート。

ルールは誰でも知っているとは思うが、あえて言えば簡単明瞭。スタートラインから30mほど先にボードが立っており、2ヵ所開口部がつくられていて、それぞれに発泡スチロールでつくられた○パネルと×パネルがついている。そして挑戦者1人に1問ずつ○×クイズが出題され、出題された挑戦者は、クイズの答えが○だと思えば○のパネルを、×だと思えば×のパネルを走っていって突き抜ける。正解であればマットが布いてあり勝ち抜け、不正解の場合は泥のプールに突入して泥だらけになって敗退〜という趣向だ。

ここでの挑戦順は、実は特に決まっていない。
だいたいが留さんの進行しだいで、留さんが「やってみたい人」と言って希望を募ることもあれば、次は誰誰と指名することもある。

そしてどんなクイズが出題されることになるかは、何回かからのウルトラクイズでは全く出題者側の任意になってしまったのだが、第11回当時にはまだ、番号が書かれたクイズ入りの封筒がスタートラインの横に多数ぶらさげられており、自分の番となった挑戦者が、その時点で残っている封筒の中からひとつを選び、留さんに手渡して出題、ということになっていた。

昔のウルトラクイズ攻略本で行われた座談会ではすでに話したことだが、このときの僕は、あの長戸から泥んこクイズの必勝法を授かっていた。長戸曰く、「1番とか7番とか、あるいは実力者と目される挑戦者の誕生日と同じ番号とか、とにかく選ばれやすい目立つ番号には目玉となる難問が入っている場合が多い。だから、32番以上の素数を選んだほうがよい」というものだ。
オンエアをみればわかることだが、実際に泥んこクイズでは、最初のほうのクイズに、おもしろいクイズ(初めて聞くような難問)が入っていることが多い。つまり、ここではいかに簡単なクイズを引くかがポイントであり、簡単なクイズを引くためには、問題入り封筒がぶらさがっていたときには目立たない数字の封筒を選ぶことが重要で、出題が全くの任意になってからは、最初のほうで指名されない、挑戦しないことが重要だった。

そして、何人かの挑戦者が泥んこクイズに挑戦し、ある者は勝ち抜け、またある者は無残にも泥だらけとなったとき、ついに僕が指名された。

僕は、長戸からは「43番か47番を選ぶとよい」といわれていたが、実際にぶら下がっている封筒をみてみると、挑戦者の数と全く同じ、40番までしか封筒がなかった。やむなく30番台の適当な数(何番だったかはよく覚えていない)を選んで留さんのところにもっていくと、いよいよ出題。

Q.「太郎物語と次郎物語の作者は同じ人である。(A.×)」

出題を聞いた瞬間、正解に確信のもてるクイズ(太郎物語の作者は曽野綾子、次郎物語は下村湖人)だったので、僕は心の中で「やった」と小躍りした。

だが、正解を確信して喜んだ僕は、ここでミスを犯す。

泥んこクイズは、実はけっこう怪我の危険があるクイズである。○×ボードに向かって走っていくと、ボードで全く視界が閉ざされていることもあり、どうしても踏み切りがボードの近くになってしまう。そうすると高くジャンプするような形でボードを突き破ることになり、人によっては空中で1回転してしまったりする。そのため事前のレクでは、できるだけ踏み切りを遠くで、そしてスライディングに近いような低い角度でボードを突き破ったほうがよいと教えられていた。
そしてもう一つ、眼鏡をかけている者は、必ず眼鏡をはずしてから走るように言われていたのだが〜。

僕は、うっかり眼鏡をはずし忘れ、そのまま勢いよく正解と確信した「×」のボードに向かって走り出してしまった。そして、やっぱり踏み切りが近めになり、弧を描くようにボードへ。
×ボードを突き破った瞬間、僕の視界には紺色?のマットが広がり、僕の勝利は確定した。が・・・

比較的急角度でマットに突っ込んだ僕は、あろうことか、眼鏡でブレーキがかかり、上体がロックされたまま、下半身がえびぞりになってしまったのだ。
飛び込んだ勢いと下半身の体重がそのまま腰に負担となってのしかかり、一瞬腰に激痛が走った。すぐに立ち上がったものの、腰がズキズキと痛んでいた。

ちなみにこのシーン。映像でも僕がマットに突き刺さり、下半身がえびぞりになる様子がはっきりと確認できる。当の本人としてはたいへん痛いシーンなんだけど、映像的にはたいへん笑えるシーンである。映像をもっている人はご確認いただきたい。

その後、ひととおりの○×泥んこクイズが行われた後、敗者復活戦が行われ、なんと28人もの挑戦者が次のハワイへと駒をすすめた。

僕はその夜、ドクターの部屋を訪ねて事情を話し、湿布薬を腰に貼ってもらった。
このとき「一生もんの怪我を負ってしまった。優勝でもしないと割があわんな」と思った。

・・・・・

ちなみにこの腰の怪我ですが、その後特に支障はなかったものの、季節の変り目とかになるとちょっと痛んだりします。最近ではメタボなせいか、歳のせいか、長時間立っていると、とたんに腰にくるようになってしまいました。
まさに古傷というにふさわしい感じです。

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