ハウエバー稲川のパチンコ島通信

コミュニケーションツールとしてのブログに期待しています。いろいろと意見交換したり、交流を広めたりしたいですね。

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パチンコ敗者復活のことを書いたら、もうひとつ、どうしてもクイズサミットのことを書きたくなった。ウルトラクイズのコミュとかをみていると、テレビでみた印象と、実際とは大きく異なる場面がいくつかある。第11回ウルトラクイズの場合、その最もたる例は、まちがいなく「クイズサミット」だろう。
よって今回はパチンコ島にも、パチンコにすら関係ない話。これを知ったら第11回ウルトラクイズの年に生まれた会社の部下の女の子にまた「おじさんの昔自慢」と思われてしまうな。とほほ……

・・・・・

ウルトラクイズは、どの回でも残り人数が少なくなってくると、1回は実力者(と目される挑戦者)に圧倒的に不利なクイズを行う。第11回の場合は残り5人のとき、ワシントンで行われた「クイズサミット」がそれだった。
現地でクイズのルールが説明されたとき、僕はすぐにその恐ろしさに気づいた。ビデオ等をもっている人は確認しながらみてもらえばわかるが、念のため紹介すると次の通り。
5人の挑戦者にはまず、3枚1セットになったクイズボードが渡される。そして最初に指名権を争うクイズを出題。正解者に得点はなく、自分がクイズを出題する相手を選ぶ指名権のみが得られる。そして自分が持っている3枚のクイズボードの中から1枚を選んで出題。相手が正解できなければ自分が1ポイント獲得で引き続き次の出題相手を選び、再び手持ちのクイズボードの中の1問を出題する。逆に相手に正解されてしまうと、出題相手が1ポイント獲得になってしまうばかりか、自分が持っていた指名権もその相手に移ってしまう。その繰り返しで進行していき、5ポイント獲得で勝ちぬけ、最後まで残った1人が敗者になるというものである。
これだけだとわからないかもしれないので、補足を2つばかり。手持ちのクイズボードは常に3枚1セットで、最初は5人に1セットずつがディーラーから配られる。そして手持ちのクイズボードはその3枚を使い切らないと(つまり3枚とも全部出題してしまわないと)補充されないし、補充されるときはディーラーがふせてある3枚1セットのクイズボードを1セット配るだけで自分では選べない。また、指名は自分以外の勝ちぬけていない挑戦者であれば、同じ挑戦者を続けて指名してもかまわない。逆にいえば、残り人数が少なくなれば、指名できる挑戦者も当然に限られてくる。もうひとつ、勝ち抜けがでた場合のみ、指名権をもった挑戦者がいなくなるため、改めて指名権を争うクイズが出題される。但し、ここで正解してもやはり指名権を得るだけで得点にはならない。……

おわかりだろうか?
つまりこのクイズは、自分が他の挑戦者から指名されない限り、自力では得点できないルールなのである。もっと言うと、自分が得点できるのは、他の挑戦者から指名されて出題されたクイズに正解した場合と、自分が指名権を得て出題した相手が不正解だった場合の2つだけ。よって、自分が他の挑戦者から指名されなければ永久に自分の解答によって得点できることはないし、苦労して指名権を得ても、出題するクイズの難易度は配られて手持ちとなったクイズボードの難易度に100%左右されてしまう。

残った5人の中で、僕はクイズ番組で優勝経験がある唯一の存在だったので、一番警戒されていたし、残り2人でもならない限り、僕が他の挑戦者から指名される可能性はたいへん低かった。よって、僕は指名権争いのクイズはなにがなんでも答えて指名権を自力で獲得するしかなかった。また、指名権を得た場合、手持ちのクイズから出題するのだが、これが幸か不幸か(仕組まれていたのか偶然なのか)簡単な(と思える)クイズばかりが僕のところに集まってくる。そして、僕が出題した相手が正解して指名権が移ったが最後、僕を指名する人は誰もおらず、誰かが勝ち抜けして再び指名権争いのクイズが出題され、しかもそれに僕が正解しない限り、僕に出番がまわってくることはない。さらにここで運よく指名権を得たとしても、やはり出題できるのは手持ちのクイズからだけで、これが正解されればやはり自分の出番は誰かが勝ち抜けるまで訪れない。……

もうひとつ、このクイズには「必勝法」に近い戦法があることにも気づいた。自分が指名権を得て出題した相手に正解された場合、相手が1ポイント獲得の上、指名権も移動するが、出題者が減点されることはない。つまり、2人あるいはそれ以上が組んでキャッチボール(=つまり出題しあうことを)すれば、仲間内でひたすら得点を伸ばしていける。ルールの性質上、3点以上、ひょっとしたら2点でも致命的な得点差になりうるだろう。
クイズのルール説明があったのは開始の直前で、もちろん事前に打ち合わせることはできなかった。しかし、ことクイズに関する限り、僕と高橋くんはクイズ経験者と言うことでどちらかといえば警戒されていたし、宇田川さんと山賀さん、カンクンで敗退した高橋(麻)さんたちはクイズ未経験同士で仲がよかった。ちなみに、テレビで僕がいじめたかのように言われた中村くんと僕とは仲がよかったが、もちろん組もうとは思わなかったし、たとえそうしても中村くんは返してこなかっただろう。
そんなこんなで、僕は宇田川さんと山賀さんがキャッチボールすることを恐れた。僕が指名権を得ても、よほどのことがなければこの2人は指名できないと思った。(実際には宇田川さんはこのことに気がついてキャッチボールしようとしたが、山賀さんが全く気がついておらずに不発に終わった。しかもそれは高橋くんと僕が勝ち抜けた後の話)

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たいへん長くなってしまった。さて、こんなことをルール説明からクイズ開始までの短い時間に考えていたこの日の僕は、たぶん相当冴えていたのだと思うが、実際の戦いはどうだったのか、その真実は次回にお話ししましょう。

パチンコ敗者復活

今回はパチンコ島ではなく、その名前の元になったパチンコ敗者復活について。

第11回ウルトラクイズについてはいろいろな意見があると思うけど、第1週の特に成田のジャンケンから敗者復活、そしてグアムのベッド争奪クイズに至るくだりについては、たいへんおもしろいと思う。やってる自分としては、その前日に寝ていなかったこともあって最後はへろへろになっているが、とにもかくにも、敗者復活が東京以外で行われたのは、これが唯一のことなのだ。

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挑戦7年目にしてようやく後楽園(注:第11回までは後楽園球場だったので、僕らは国内第一次予選のことを後楽園と言うことが多かった)を勝ち抜けた僕だったが、成田のジャンケンでいきなり負けてしまい、奈落の底に突き落とされる。敗者復活に一縷の望みを託したが、僕ら敗者を乗せて成田を飛び立った飛行機が名古屋空港に着陸したときには、もはやあきらめざるをえなかった。
なにしろ挑戦者をグアムに運ぶ飛行機は、もう成田を飛び立ってしまっていて、タイムマシンでもない限り乗ることはできない。名古屋縦断ミニトラクイズなんてのも全くのジョークで(実際途中まではジョークだった)、今年の敗者復活はもうない、まあ岐阜県出身で当時大阪に住んでいた僕にとっては、旅費がだいぶ助かったということだけがプラスのように思えた。

名古屋市内をバス2台で巡り、名鉄上飯田駅に着いた僕たちは、徳光さんと一緒にここから電車に乗ることに。電車を待つ間、我々一行を珍しそうにみつめる近くの住人と徳光さんとのやりとり、ここで配られた「天むす」を食べながらの電車での移動。それはそれで不思議ながらも楽しいひとときだった。まあ、それだけでもいい思い出になったことだろう。

ところが、名鉄小牧駅(今の地下駅ではなく旧駅舎)で降りた我々を待っていたのは、前代未聞のパチンコを使った敗者復活戦だった!

今から思うと、僕はここを勝つべくして勝ったように感じている。
まずはほとんど地元といっていい名古屋での敗者復活戦、そしてパチンコ。両親が共働きだった僕は祖母に育てられたが、この祖母が近所でも有名なギャンブルばあちゃんであり、僕は物心ついたときにはすでにパチンコ屋にいた。当然のごとく当時の僕にとってパチンコは趣味のひとつだった。
また、クイズが始まる前に、場所が名古屋だけになんとなく「えびふりゃあ」が出題されるような気がしていた。
そして案の定、第1問がずばり予想通り。200発のパチンコ玉を持った僕は店内に向かう。このとき店内にはすでに相当数の人がいたが、あとから考えるとこれらの人たちは全てサクラだったのだろう。
僕が座った台は奥のほうの台だったが、実はこのときにも一つのドラマがあった。最初に座ろうとした台は、なぜか一瞬ためらった後に座るのをやめて、反対側の島の台に座ったのだが、その後僕が最初に座ろうとした台に座った僕の大学の後輩は、200発の玉をすって再びクイズに戻っているのである。

また、これはネタバレになるが、実はこのときのパチンコ台は、777(当時のフィーバー台は777だけ、もしくは777と333が大当たり)と3つそろわなくても、そのうち2つだけそろうだけで大当たりになるよう調整されていた(と思う)。プレイを始めて最初の回転で数字が2つそろったとき、いきなりワイドアタッカーが開いたので、「少しずつでも玉を拾わないと、なかなか2000発にならないもんな」といったんは思ったのだが、一向に終了する気配がない。結局はそのまま15Rまで開きっぱなし。当時は15Rで2100発くらいの出球だったから、そのままでも勝ち抜けしたと思うが、そのまま続けたら、次の回転でふたたび2つ数字がそろって大当たり(つまり、テレビで777とそろっていたのは僕の台ではない)。結局はもうドル箱に入りきらないところまで入れて計測器にもっていったところ、3499発の大勝利となった。これでもダントツの1抜けだったわけだから、まさに圧勝である。決勝よりも、このときのほうが会心の勝利だった。
僕を育ててくれたギャンブルばあちゃんは、この1年ほど前に病気で亡くなっていた。テレビで僕の圧勝劇をみた親戚の人たちは、「おばあちゃんの霊がついている」と本気で思ったと言う。

このときにもらった「名古屋の敗者復活者」のたすきは、縁が金の布地で飾られていて、相当気に入っていた。グアムのドロンコを勝ち抜けた夜にはみんなで踊りに行ったときにこのたすきをつけていったら、外国人たちに大うけした。その後は僕のトレードマークのようになったんだけど、パチンコ島に埋めてきてしまったのは本当に残念だ。実は収録後に回収しようと思っていたんだけど、撮影のどさくさで忘れてしまった。5年後に再訪したときに探したが、みつからなかった。無理もない。味噌汁を飲んでいたほうに埋めていたのならともかく、岩礁のほうに埋めたのでは、そのまま流されてしまうか、土砂に埋まってしまったのだろう。
ちなみにこのたすきを名古屋でもらったのは7人。そのうち僕のたすきはパチンコ島で失われ、飯田さんと岡田さんのたすきはグアムで泥にまみれた。しかしながら、深夜のブーブーゲートで敗退した残りの4人は、無傷でこのたすきを国内に持ち帰ったはず。

「誰かゆずってくれないかなあ」

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