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このブログをやっていたおかげで、温井さんと連絡がとれるようになったし、山賀さんとはメル友?になれた。メル友といっても2回ほどメールをやりとりしただけだけど、いかにも彼女らしい言い回し(文章だけど)には読んでいて癒される。彼女のファンにはちょっと申し訳ない気もするが、「どうだ、いいだろう!」とこの際は自慢しておこう。
ところで、そんな山賀さんのメールや、温井さんのブログをみていると、ウルトラクイズの放送直後の反響は、とにかくすごかったらしい。曰く「朝から深夜まで自宅の電話が鳴りっぱなし」だったそうだ。
でも、僕の場合といえば・・・そんな反響に出会った覚えがない。反響がすごかったという話を聞くと、逆にうらやましかったりもする。
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第11回ウルトラクイズを終えて日本に帰ってきたとき、金欠だった僕は、スタッフに東京都心まで車に同乗させてもらい、四谷駅の近くで降ろしてもらった。このとき、メキシコ一足跳びでも同行していたテレビマンユニオンの鶴野プロデューサーが一言。
「ウルトラクイズが放送されたら有名になるんだから、本屋でエロ本なんかを立ち読みするなよ」
しかし、大阪(注:当時は某大手印刷会社の関西支社に勤務していて、大阪府箕面市の寮に住んでいた)に帰った僕は、日常の生活に戻るものの、街を歩いていても、ほとんど人に声をかけられることがなかった。もちろん、知っている人たちにはいろいろといわれたが、見知らぬ人からいきなり声をかけられるなんてことは、ほとんど記憶にない。
しかも、放送後しばらくして、日本テレビからまとめて送られてきたファンレターも、せいぜい20通くらい。歴代チャンピオンの中でも最少の部類だと思う。
まあ、第11回では女性3人組や宇田川さんの人気が高かったと思うので、ある意味この状況は仕方がない。だが、これほどまでに反響がなかった一番の原因は、たぶん、僕が「岐阜の稲川」としてウルトラクイズに参加していたのに、岐阜にいなかったために違いない。
ウルトラクイズの直後は金欠で、しかも会社に多大な迷惑をかけたこと、ウルトラクイズのスタジオ収録で上京したことなどもあって、しばらくは地元に帰ることはなかったが、久しぶりに帰ったときの両親からの情報や、会社関係の人からの情報で、だいぶ経ってから状況がみえてきた。
まず、実家には知らない人からの電話などはほとんどかかってこなかったが、これは自宅の電話番号が父親の名前で電話帳に載っていたことが大きかった。稲川という苗字は、全国的にはそれほど多くなく、同じ「稲」でも稲葉、稲垣、稲田、稲山のほうが多いのだが、僕の地元の大垣市では、一つの町の大半が稲川というところがあって、稲川姓はたいへん多い。しかも、電話帳で調べてみたところ、僕と全く同姓同名の別人が載っていた。たぶん、この人の家にはとんでもなく多くの間違い電話がかかり、たいへん迷惑したことだろう。
そして会社関係。当時勤めていた会社は、岐阜に支社がなく、近いところでは中部支社があったが、僕がこの中部支社にいると思われたらしく、ずいぶんと大変な目にあったということを、ずっと後になってから聞いた。
でも、これらは結局僕の知らないところでの出来事で、僕のまわりに反響らしい反響はなかったのが本当のところだ。
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ちなみに、僕がウルトラクイズの反響のすごさを知ったのは、それから数年も後のこと。第2回FNS1億2千万人のクイズ王決定戦の予選で、名古屋の会場に行ったときのことだ。予選のペーパーテストが終わった後、僕は一人の挑戦者にサインを求められ、気軽に応じていると、我も我もとあっという間に長い列ができ、結局は30分くらいもサインをし続ける羽目になった。
でも、驚くような反響は、せいぜいこのときくらいのものだったな。懐かしい。
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