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公開性の高いブログの中で、他人のことを書くのはご法度だと前にもいったことがあるが、今回はあえてこれを破りたい。本人からクレームがつけば削除するが、まあ、あいつならば怒らないと思う(甘い予想)。とにかく書きたくなったのだ。
その名は「秋利美紀雄」。
名古屋大学クイズ研究会の創立者だが、第13回ウルトラクイズで「長戸帰れ」「秋利帰れ」の言い合いの後、準決勝ボルチモアで激闘を演じた末に敗退、第3位になった、といったほうが一般的だろう。
僕が秋利と初めて会ったのは、1986年(第11回ウルトラの前年)の4月、立命館大学5回生のとき。この頃に1回だけ開催されたトリビアルパスート(クイズゲーム)の全国大会に参加した加藤実(RUQS、京大)から、この大会を席捲した名古屋大学クイズ研の存在を聞き、例会を見に行ったのがきっかけだ。4回生のときにマスコミ受験に失敗した僕は、地元で就職しようと思っていたが、当時は岐阜や名古屋にクイズサークルがなく、がっかりしていた矢先の出来事だった。
名古屋大学クイズ研の例会をみて、驚いたのがクイズのやり方だった。4〜5人くらいの小グループに分かれ、それぞれの机にはウルトラクイズの本とかをうずたかく積み上げ、クイズ本からの読み上げ問題を、繰り返し繰り返しこなしていたのである。
当時のRUQSでは、ジャンル別クイズと実戦クイズ(スペシャル)を2本柱としつつ、出題は全てオリジナルを原則としていた。各自がクイズ本を持ってはいたが、例会の中でクイズ本から直接出題するなんてことは邪道と思われていて、誰もやっていなかった。
それが、名古屋大学クイズ研では、あたりまえのように行われていたのだ。そして、その方法を考えたのが、他でもない、秋利美紀雄という男だった。
もちろん、この2つのやり方はどちらも正しい。反復練習すれば確実に基礎が身につくし、自分でクイズをつくって出題しあえば、応用力や推理力が向上する。だが、クイズ本に頼ると応用力がなくなるとやみくもに考えていた僕とは違い、いかにやれば会員全体の実力が向上するかを冷静に考え、クイズ本の反復練習もカリキュラムに入れていた秋利は、クイズの指導者として高い資質をもっていたといえよう。僕が秋利を「クイズティーチャー」と勝手に呼んでいたのもそのためだ。
実際のところ、秋利と名古屋大学クイズ研はこの方法で、前述のトリビアルパスートの大会では(クイズを全て暗記するというとんでもない方法で)上位を独占しているし、ウルトラクイズ名物の400問ペーパークイズ対策も、全国の大学クイズ研の中でいちばんすすんでいた。
その後、僕は何回か名古屋大学クイズ研に足を運び、ついには秋利とともに、名古屋に新しい社会人クイズサークルを立ち上げることにした。このときも、できるだけ多くのクイズプレイヤーに参加してもらうために、クイズ界では無名だった僕と秋利だけでなく、五島滋子さん(第1回ウルトラクイズ準優勝)と寺島満智子さんにも発起人になってもらおうという僕の提案に対して、秋利は、例会を盛り上げるためにも企画が得意な後輩の仲野隆也を発起人に加えたいと提案した。このあたりもクイズティーチャー秋利美紀雄らしいナイスな発想だった。
ちなみにこのサークルは「どえりゃあもんくらぶ」という名前でスタートしたが、言いだしっぺの僕が関西で就職して例会に顔をださなかったため、会員の顰蹙を買っている。僕がようやく顔をだしはじめたのは、第11回で優勝してからのことだ。
クイズティーチャー秋利らしいエピソードは、ほかにもある。
彼は、クイズティーチャーとしては一流だったが、長い間、クイズプレイヤーとしては不遇だった。実力は十分すぎるほどあったのに、なかなかクイズ番組に出場する機会に恵まれなかったのだ。彼が育てた後輩たちは、次々にアタック25とかに出場して大活躍したが、秋利はいつも応援席が指定席だった。あまりのそのギャップに、僕は同情を禁じえなかった。
だから、第13回ウルトラクイズで長戸の向こうを張って活躍した姿をみて、それまでの経緯を知る僕としては、率直にうれしかった。
但し、最後まで秋利はプレイヤーとしては不運だったのだろう。その後とんねるずの番組の1コーナーでダイビングクイズ(=1対1の対戦クイズでそれぞれがすべり台に乗り、クイズに正解すると相手のすべり台の傾斜が一段大きくなっていって、先にすべり落ちたほうが負けというレトロクイズ)をやっていたとき、クイズ王対決と銘打った回で、僕が呼ばれたことがあった。相手はなぜか秋利。本番では僕と秋利が1問ずつを答えてお互い1段階ずつアップした3問目、秋利が答えて僕のすべり台がもう1段あがったところで、僕はこらえきれずにあっけなく風船の海にすべり落ちた。「秋利がクイズ王対決に勝利」した瞬間なのだが、あまりにあっけなく勝敗がついてしまったため、その収録は結局オンエアされずにお蔵入りになってしまったのである。
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長戸と仲野が仲良しなのは「クイズは創造力」シリーズなどでもよく知られることだが、実はこの2人が知り合うよりも前に、僕と秋利は知り合いになっていた。そしてその結果は、どえりゃあもんくらぶの誕生となり、RUQSと名古屋大学クイズ研との交流につながった。あれからもう20年以上も経つのかと思うと、ちょっと信じられない思いだ。
また連絡をくれたらうれしいな。
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