ハウエバー稲川のパチンコ島通信

コミュニケーションツールとしてのブログに期待しています。いろいろと意見交換したり、交流を広めたりしたいですね。

クイズ

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最も過酷な体力クイズ

今年は11月に入っても暖かかったんですが、土日あたりから、急に寒くなってきました。
おまけにこのブログ、書き込みペースががくんと落ちて、旬刊誌どころか月刊誌みたいになってしまいました。まあ、そうそうネタもあるわけじゃないし、しようがないですね。

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「知力・体力・時の運」といえば、言わずもがなのウルトラクイズの名キャッチフレーズ。この中でもいちばん重要なのは「時の運」ということで異論はない(注:どんなにクイズが強くても運がないと後楽園/東京ドームを突破できなかったから)と思うけど、本来のクイズには関係ないはずの「体力」も、全く侮れない。体力のあるなしによって、とんでもなく有利不利に働くクイズもあるのだ。

ところで、ウルトラクイズで最も過酷な体力クイズといえば、何だろう?

これにはいろいろな意見があるだろう。体力も持久力もない僕にとっては、歴代のクイズ形式の中では、マラソンクイズが最も嫌だと思ったが、幸か不幸か(幸運に決まっている)この形式には直接出くわさなかった。泳ぎが苦手なので泳ぎ系のクイズも嫌だったが、これもなかった。

じゃあ、第11回ウルトラクイズで、何がいちばん過酷だったかといえば、ずばり!ハワイでの「四方向綱引き(=一問多答綱引きクイズ)」が一番体力的にはきつかった。ぼくだけじゃない。たぶん第11回に参加した多くの挑戦者がそう言うはずだ。

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グアムからホノルルへ直行の飛行機を降り立った僕たちは、ホノルルでも一番と思える巨大ホテルに入った。ワイキキビーチの向こうにはダイヤモンドヘッドがみえる。一見するとまるで映画のセットの背景画のようでもあるのだけど、吹き抜ける熱風は、まさしくハワイのもの。海もグアムよりいちだんときれいだ。名古屋から深夜にグアム入りした僕にとって、グアムにいたときはあまり海外にでたような気がしなかった(まるで八丈島くらいにいるような気がしていた)のだが、ここハワイに来て、ようやくウルトラクイズで国外脱出できたことを実感できるようになっていた。再集合の前日からの超過密スケジュールで相当疲弊していた心身も、ここに来てようやく通常に戻りつつあるようだった。

そしてその翌日。ホテルのロビーに集合した僕たちは、そのままディレクターに連れられ、歩いて移動、ワイキキビーチに向かった。そして、ちょっと広めの砂浜に着くと、いよいよ収録スタート。最初にあったのは、クイズの説明ではなく、「ワイキキの母」による手相占いだった。

僕が聞いたのは、これからの「仕事」について。表面上は平静を装っていたが、出発前の会社の上司との約束では、「ハワイまでにしておこうな」ということになっていたので、この問いかけは僕にとっては深刻なものだった。
そしてワイキキの母からかえってきたのは、「You have good job,good money」(これでいいのか自信はない)のお言葉。英語が苦手な僕にとっても、いい話なのはわかった。でも、ハワイを勝ち抜くことがそのまま「辞表覚悟」になることは決まっていたので、僕が「でも今の仕事がうまくいくってことは、ここで帰るということですからねえ」と回答したのは自然な流れだったのだが〜。初めてテレビのオンエアをみたとき、この時点では僕の置かれた状況などは全く説明されていなかったので、視聴者たちにとってはなんのことかは全くわからなかっただろう。

そして、オンエアされたとおりのチーム分け。続いて、砂浜に埋められていた四方向綱引きの綱が姿を現した。

四方向綱引きはすでに過去のウルトラクイズでみたことがあったので、綱が登場した瞬間、何をするのかはすぐにわかった。そして、自分のまわりを見渡してみると、我がチームはあまりにも脆弱である。

・中村(唯一期待できる存在。宇田川・天沼とともにイケメントリオ?の一人)
・杉村(グアムのドロンコで空中一回転。だが体力はなさそう)
・柳井(ご存知鉄人27歳。体力がないのは明白)
・温井(女性)
・永田(女性)
・藤本(女性)

そして、僕。だいたい僕自身が見た目よりも全く力がない。我々のチーム名のかげろう組というのも全くしゃれになっていない。オンエアでの音声にも入っていたが、僕がまわりを見渡して「むちゃむちゃ不利ちゃうか」と嘆いたのも当然だった。

ここで、クイズのルールを念のためおさらいしておくと・・・ 
挑戦者28人を「亀組」「鶴組」「人並み組」「かげろう組」(それぞれの名前はワイキキの母が占ったクイズ寿命の長さをあらわすというが、まあこれは関係ない)の1チーム7人の4チームに分ける。
次に、ウルトラクイズが発明?した四方向綱引きを行う。四方向綱引きとは、中央に鉄製のリングがあり、90度ずつちょうど四方向にフックがついていて、これに同じ長さの綱を4つつけると4チームによる綱引きができるというもの。ちなみに実際についているフックは全部で6つあり、あとの2つは三方向綱引きに対応している。
そして、それぞれのチームが綱を引く先には早押しボタンの代わりになる早押し板?があり、各チームの最後尾が足でこの板を蹴る(綱は必ず両手で引くことになっているので事実上足で蹴るしか方法はない)とランプがついて早押し音が鳴り、解答権を得るというものである。
出題されるクイズは答えが複数あるクイズで、いずれのクイズも正解が7つ以上あり、解答権を得たチームは先頭から一人ずつ、その中の答を一つだけ言う。答をまちがったりすでにでた答をだぶって言ったりするとその時点で×。そうして、最後の一人までが正解の場合は、チーム全員が勝ち抜け決定になる。

4チームを見比べたとき、鶴組と並組はいかにも強そうで、亀組とわれわれかげろう組が非力そうだった。ここで負けるのは1チーム7人だけだったので、なんとか最後の1チームにでも滑り込めたら〜という思いだった。

・・・・・

いよいよクイズ開始。
僕たちかげろう組では、一番力のありそうな中村を最先頭につけ、最後尾は僕と柳井さんのどちらかが務めることにした。最後尾はクイズの性格上、経験者のほうがよいと思ったからだ。僕と柳井さんのどちらかというのは、僕も柳井さんも非力だったので、続けて重要な最後尾を務める体力が続かなかったからである。
そして事前の予想通り、わがかげろう組はあまりに非力だった。中村が孤軍奮闘しているとはいえ、さっぱり解答権が得られない。何問かが経過したが、4チームがそろっている内は、僕たちに勝機は全く訪れなかった。

並組が最初に勝ち抜け、亀組・鶴組・かげろう組による三方向綱引きになったとき、1回だけわがかげろう組が解答権を得た。

Q.体操競技、男子と女子をあわせると全部で8種目。その種目は?(A.鞍馬、段違い平行棒、跳馬、つり輪、平均台、鉄棒、平行棒、床運動)

だが、このクイズを永田が答をだぶって不正解。この瞬間、わがチームの非力さと、永田の不調ぶりから、本当に敗退してしまうかもしれないと真剣に危惧した。

その後、鶴組が「戦後誕生した日本の総理大臣」を全員正解して二抜け。残ったのは事前の予想通り、亀組とわがかげろう組の2チームだった。

オンエアではここまででわずかに5問しか経過していないのだが、実際には開始後すでに2時間余りが経過していた。出題されたクイズの数はよく覚えていないが、相当数だされていたことは確実だ。
しかも、四方向綱引きは、二方向綱引きよりも思い切り過酷である(というのが実感)。炎天下(この日は記録的な猛暑)で2時間余りにわたる過酷な体力クイズで、亀組とかげろう組の挑戦者の体力は限界に近づいていた。

スタッフが協議のために短い休憩をとった結果、次のクイズで決まらなければ、いったん水入りとすることになった。
そして最後の綱引き。

亀組もかげろう組も、相当疲れていて、綱の動きは鈍かった。わがかげろう組は、最先頭の中村の頑張りで、かろうじて均衡を保っているようにみえた。そして、このときに最後尾を務めていたのは僕である。

そのときの僕にとって、早押し板は本当に遠くに感じられた。しかし、これが最後とばかりに、思い切って踏み切り、足をめいっぱいのばした。すると、僕の短足がかろうじて早押し板に届き、わがかげろう組が解答権を得ることができた。
ちなみにこのシーン、カメラが僕の真横から撮影した映像がオンエアされている。僕にとっても貴重な映像だ。テレビでこのシーンをみたとき、意外なほどの頑張りに、自分の事ながら感動した。

最後のクイズは、究極の簡単問題、「太陽系の惑星は全部で9つ(最近8つになってしまったが)。その名前は?」だった。あとでスタッフから聞いた話では、両チームともに体力的に限界だったため、当初の予定を変更し、究極の簡単問題にしてとにかく決着をつけようとしたんだという。
つまり、もしここで綱引きに負けていたならば、結果的にその後敗者復活があったとはいえ、僕は敗退してしまったことになるのである。

この問題でも永田が答えるのに時間がかかったため、僕や柳井さんは大いにあわてたのだが、なんとか正解をひねりだすことができ、ようやく最後尾の僕まで順番がまわってきた。「冥王星か地球のどちらを答えるか」と一瞬迷った末、やっぱりこれかと答えたのは「地球」だった。

・・・・・

第11回の体力クイズというと、ほとんどの人はパームスプリングスでの「強風駆け込み大声クイズ」を第一にあげることだろう。
もちろん、このクイズも相当きつかった。でも、個人戦だし、自分で力をセーブすることも、あえて休むこともできる。
ところが団体戦はこうはいかない。というわけで、僕にとっての、過酷な体力クイズの一番は、四方向綱引きになったというわけだ。

お久しぶりです。
月日の経つのは早いもので、前回「日の出タイムショックで大暴走」を完結してから、今日でちょうど2カ月が経過してしまいました。書くのをやめたつもりはなかったんですが、だいたいのネタを書いてしまったのと、ちょっと疲れたのと、そしてなによりも本業のほうが繁忙期に入ってしまったのとで、あれよあれよという間に〜といったしだいです。
まあ、このまま終了、そして閉鎖してしまうのもなんなので、少しだけ追加しておきましょうか?

・・・・・

ウルトラクイズのエンドロールをみるとわかることだが、ウルトラクイズの旅には、スタッフ以外にツアーコンダクターだけではなく、ドクターも同行している。なにしろ1カ月にも及ぶ旅で、しかも行くのはなれない土地ばかり。クイズの中には過酷な体力クイズもあるし、ストレスで消耗もする。そのために体調を崩す挑戦者がでてくるので、ドクターの同行はふだん暇なようでいて、実はたいへん心強い。

かくいう私も第11回ウルトラクイズのとき、ドクターのお世話になってしまった1人だ。
その理由は、なにを隠そう、グアムでのウルトラクイズ名物「突撃○×泥んこクイズ」でのことである。

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その日。前日の成田でのジャンケンから名古屋縦断ミニトラクイズ、機内400問ペーパークイズ、そして深夜にパシフィックスターホテルのプールサイドで行われたベッド争奪クイズまで、文字通りの長い1日を戦い抜いた僕は、ようやく勝者組と合流することができた。

朝、「名古屋の敗者復活者」の金のたすきをつけて、指定時刻に集合場所のロビーに行くと、先にグアム入りしていた勝者組の挑戦者たちからは、どよめきが起きる。
それもそのはず、彼らは深夜に敗者復活組が名古屋から来ていたことも、ベッド争奪クイズが行われたことも知らされていなかったのだ。突然の登場とそこでおこったどよめきに、正直悪い気はしなかった。

そして、僕たちはスタッフに連れられ、歩いて浜辺に移動。砂浜の先に設置されていたのは、テレビでは見慣れた泥んこクイズのセットだった。

だが、この年の泥んこクイズは、実はあわや中止になるところだったという。
前日の台風で最初につくった泥んこプールが破壊され、僕たちがみたセットは、それよりも高い場所に急遽つくられた2番めのセットだったのだ。
クイズ経験者にとって、後楽園の○×クイズ、成田のジャンケンに次いで、3番めに敗退のリスクが高いといわれる泥んこクイズではあるが、それはそれ、ウルトラクイズに挑戦するならば、一度は泥んこクイズを体験したいものだ。泥んこクイズがあわや中止の危機にあったことを聞いた僕は、なんとか予定通りに泥んこクイズが行われたことを、うれしく思った。

そして、いよいよ泥んこクイズのスタート。

ルールは誰でも知っているとは思うが、あえて言えば簡単明瞭。スタートラインから30mほど先にボードが立っており、2ヵ所開口部がつくられていて、それぞれに発泡スチロールでつくられた○パネルと×パネルがついている。そして挑戦者1人に1問ずつ○×クイズが出題され、出題された挑戦者は、クイズの答えが○だと思えば○のパネルを、×だと思えば×のパネルを走っていって突き抜ける。正解であればマットが布いてあり勝ち抜け、不正解の場合は泥のプールに突入して泥だらけになって敗退〜という趣向だ。

ここでの挑戦順は、実は特に決まっていない。
だいたいが留さんの進行しだいで、留さんが「やってみたい人」と言って希望を募ることもあれば、次は誰誰と指名することもある。

そしてどんなクイズが出題されることになるかは、何回かからのウルトラクイズでは全く出題者側の任意になってしまったのだが、第11回当時にはまだ、番号が書かれたクイズ入りの封筒がスタートラインの横に多数ぶらさげられており、自分の番となった挑戦者が、その時点で残っている封筒の中からひとつを選び、留さんに手渡して出題、ということになっていた。

昔のウルトラクイズ攻略本で行われた座談会ではすでに話したことだが、このときの僕は、あの長戸から泥んこクイズの必勝法を授かっていた。長戸曰く、「1番とか7番とか、あるいは実力者と目される挑戦者の誕生日と同じ番号とか、とにかく選ばれやすい目立つ番号には目玉となる難問が入っている場合が多い。だから、32番以上の素数を選んだほうがよい」というものだ。
オンエアをみればわかることだが、実際に泥んこクイズでは、最初のほうのクイズに、おもしろいクイズ(初めて聞くような難問)が入っていることが多い。つまり、ここではいかに簡単なクイズを引くかがポイントであり、簡単なクイズを引くためには、問題入り封筒がぶらさがっていたときには目立たない数字の封筒を選ぶことが重要で、出題が全くの任意になってからは、最初のほうで指名されない、挑戦しないことが重要だった。

そして、何人かの挑戦者が泥んこクイズに挑戦し、ある者は勝ち抜け、またある者は無残にも泥だらけとなったとき、ついに僕が指名された。

僕は、長戸からは「43番か47番を選ぶとよい」といわれていたが、実際にぶら下がっている封筒をみてみると、挑戦者の数と全く同じ、40番までしか封筒がなかった。やむなく30番台の適当な数(何番だったかはよく覚えていない)を選んで留さんのところにもっていくと、いよいよ出題。

Q.「太郎物語と次郎物語の作者は同じ人である。(A.×)」

出題を聞いた瞬間、正解に確信のもてるクイズ(太郎物語の作者は曽野綾子、次郎物語は下村湖人)だったので、僕は心の中で「やった」と小躍りした。

だが、正解を確信して喜んだ僕は、ここでミスを犯す。

泥んこクイズは、実はけっこう怪我の危険があるクイズである。○×ボードに向かって走っていくと、ボードで全く視界が閉ざされていることもあり、どうしても踏み切りがボードの近くになってしまう。そうすると高くジャンプするような形でボードを突き破ることになり、人によっては空中で1回転してしまったりする。そのため事前のレクでは、できるだけ踏み切りを遠くで、そしてスライディングに近いような低い角度でボードを突き破ったほうがよいと教えられていた。
そしてもう一つ、眼鏡をかけている者は、必ず眼鏡をはずしてから走るように言われていたのだが〜。

僕は、うっかり眼鏡をはずし忘れ、そのまま勢いよく正解と確信した「×」のボードに向かって走り出してしまった。そして、やっぱり踏み切りが近めになり、弧を描くようにボードへ。
×ボードを突き破った瞬間、僕の視界には紺色?のマットが広がり、僕の勝利は確定した。が・・・

比較的急角度でマットに突っ込んだ僕は、あろうことか、眼鏡でブレーキがかかり、上体がロックされたまま、下半身がえびぞりになってしまったのだ。
飛び込んだ勢いと下半身の体重がそのまま腰に負担となってのしかかり、一瞬腰に激痛が走った。すぐに立ち上がったものの、腰がズキズキと痛んでいた。

ちなみにこのシーン。映像でも僕がマットに突き刺さり、下半身がえびぞりになる様子がはっきりと確認できる。当の本人としてはたいへん痛いシーンなんだけど、映像的にはたいへん笑えるシーンである。映像をもっている人はご確認いただきたい。

その後、ひととおりの○×泥んこクイズが行われた後、敗者復活戦が行われ、なんと28人もの挑戦者が次のハワイへと駒をすすめた。

僕はその夜、ドクターの部屋を訪ねて事情を話し、湿布薬を腰に貼ってもらった。
このとき「一生もんの怪我を負ってしまった。優勝でもしないと割があわんな」と思った。

・・・・・

ちなみにこの腰の怪我ですが、その後特に支障はなかったものの、季節の変り目とかになるとちょっと痛んだりします。最近ではメタボなせいか、歳のせいか、長時間立っていると、とたんに腰にくるようになってしまいました。
まさに古傷というにふさわしい感じです。

前回で終わりだったはずのこのシリーズですが、ようやく書き上げて投稿しようとしたら、「文章は5000文字までです」との表示が出て、投稿できません。いろいろと行間をつめたりしましたが、やっぱりだめでした。
そこで、やむなく最後に書いていた後書きだけ、コピーペーストして新しく投稿します。前回の最後から続けて読んでください。

・・・・・
(終わりのつづき?後書き)

ようやく完結です。ちょっと恥をさらすようでためらいもあったのですが、多少の表現のあやはあるものの、僕の記憶をたどり、事実を事実として書いたつもりです。これまでの一連の話を読んで、第11回の決勝で圧倒的な強さをみせたところから実力派クイズ王のようにみられていた僕が、けっこう苦悩と幸運の中で勝ったんだということを、感じた人も多いのではないでしょうか。ちょっとイメージダウンですかね。イメージを壊して申しわけありません。
それと、これだけは強調しておきますが、僕は今でもウルトラクイズが大好きだし、いろいろな意味で感謝しています。もちろん否定するつもりは微塵もありません。
そして、今回のシリーズでは自分以外の人のことをあれこれと書いてしまっていますが、表面的な話ならばともかく、他人の内面に立ち入って言及するのは、ブログではご法度だと思います。ストーリー上重要な要素だったのであえて書きましたが、この点についてはお詫びするとともに、他の誰かをおとしめるつもりは全くなかったことを、どうかご理解ください。

それでは、また。機会とやる気があれば。

(前回のつづき)※敬称略

カンクンでの本番、最初にあったのは、第11回ウルトラクイズの優勝賞品の発表だった。
留さんが、まずは挑戦者たちが希望する優勝賞品を、一人ずつ順に聞いていく。ここでは車をあげる挑戦者が多かった。そして、柳井さんらしい希望賞品の後に、僕が答えた希望賞品は「飛行船によるアメリカ横断」。もちろん飛行船が大好きだったこともあるが、ウルトラクイズの賞品では土地や物にはジョークが多いため、必ずそのものが体験できる旅行関係を書いておいたという理由もある。

そして、最後に宇田川が「島」と答えた後に留さんからいよいよ賞品の発表。
留さんの「島をあげます」とのコールに、僕たちは大いに驚いた。賞品のすばらしさに驚いたのではない。宇田川が賞品をぴたり当てていたことに驚いたのだ。最後に希望賞品を答えたのが宇田川で、本当の賞品もその宇田川の答えた賞品とずばり一致。ちょっと作為だけではできないような偶然の一致だった。
ちなみに賞品が発表された瞬間、僕は当然カンクンにある島だと思って周囲をきょろきょろしているが、もちろんみつかるはずもない。優勝賞品となるべき島は、はるか北のかなた、カナダにあったのだから。

優勝賞品の紹介で、はやる気持ちと毒気をいったんは抜かれてしまった僕だったが、続くクイズのルール説明を聞いて、闘志は前にも増して燃え上がることになる。

「日の出タイムショック」

早押しクイズ。正解1ポイント、不正解−1ポイント。但し、勝ち抜け点数は、特に決まっていない。早押しクイズをひたすら出題し、太陽が水平線から昇りきったところでクイズを終了、その時点でポイントが一番低かった挑戦者が敗退となる。また、日の出の瞬間から1分間はボーナスクイズとなり、正解した場合は倍の2ポイントが与えられる。
このクイズ、今でこそ「タイムレース」の名で、クイズサークルの例会やオープン大会でもしばしば採用されるが、このときは目からうろこが落ちるほどの斬新なクイズだと思った。
なにしろ、何点とったら安全なのかがまるでわからない。
今から考えれば、ここで敗退するのは最下位の1人だけなので、たぶん、無茶押しはせずに確実にポイントを確保するのが勝利への基本戦術だと思う(注:タイムレースは勢いがものを言うので、慎重にやりすぎると全く答えられないままに終了してしまうこともある)。焦る気持ちから誤答・お手つきをすると自滅しかねないのはその後の実戦をみても明らかで、正解するよりも間違えないほうが本来はより重要なのだろう。
だが、このときの僕は無難に勝とうなどとは微塵も考えていなかった。
早押しクイズで、しかも無制限に出題されるクイズ。手数の多さが思い切りものを言いそうだ。僕にとっては願ってもないルールだと言えるだろう。僕の頭にあったのは「真剣勝負」の四文字のみ。今回ばかりはノーブレーキで、がんがんいこう。他の挑戦者には答えさせないくらいの勢いでいこう。そう思っていた。

そして、いよいよ「日の出タイムショック」のスタート。
それではここで出題されたクイズと正解、解答者をみていこう。なお、気がついたところには短い補足をつけることにする。

01Q.「夜明け前」を書いたのは島崎藤村。では、「ゴルフ夜明け前」を書いた落語家は誰?(A.桂三枝)稲川○+1
02Q.セニョーラとセニョリータ。独身娘に対して使うと怒られるのはどっち?(A.セニョリータ)稲川×±0 ※2択問題。独身女性ときたのでセニョリータと答えたが、その後にひねりがあった。
03Q.スペインの征服者コルテスが上陸した港は?(A.ベラクルス)高橋麻×−1
04Q.ひねくれた人が曲がっていると言われる体の部分はへそとどこ?(A.つむじ)高橋麻×−2
05Q.釈迦が誕生した所は現在の何という国?(A.ネパール)高橋麻×−3
06Q.手旗信号。白旗を持つのはどっちの手?(A.左手)山賀○+1
07Q.既婚女性が結婚式などに着る「江戸褄」とは何の別名?(A.留袖)山賀○+2
08Q.桃の節句と同じ日に、語呂合わせで設けられたのは何の日?(A.耳の日)高橋充○+1
09Q.ボクシングのトレーニングにも用いられ、英語で「ロープスキッピング」と言われるのは何?(A.縄跳び)高橋麻○−2
10Q.中国料理の中で、漢字で雲を呑むと書くものは何?(A.ワンタン)高橋充○+2
11Q.ヒラメやカレイの背ビレ・腹ビレに沿った部分をなんと言う?(A.えんがわ)宇田川○+1
12Q.「ロミオとジュリエット」。二人の出会いから悲劇的な死までは何日?(A.5日)宇田川○+2
13Q.日本の小京都。萩は山口県。では津和野は何県?(A.島根県)稲川○+1
14Q.ケーキなどの香りに使うエッセンスとオイル。香りが長持ちするのはどっち?(A.オイル)高橋麻×−3
15Q.週に一回発行するのは週刊誌。では、10日おきに発行されるのは何?(A.旬刊誌)稲川○+2
16Q.樹木の発散する化学物質を利用した健康法と言えば何?(A.森林浴)高橋麻○−2

ここから日の出が始まり、ボーナスクイズ。
17Q.アラン・ドロンの出世作。ニーノ・ロータのテーマ曲でおなじみの映画は何?(A.太陽がいっぱい)柳井◎+2 ※柳井さんの読み勝ち。予想していたのか?
18Q.「聞けわだつみの声」。この「わだつみ」とは何のこと?(A.海の神様)スルー
19Q.第一次世界大戦を舞台にしたヘミングウェイの出世作は何?(A.陽はまた昇る)稲川×+1 ※僕が答えた「武器よさらば」も第一次世界大戦が舞台だと思ったのだが。ここは出題意図を読めなかった僕のミス。
20Q.メキシコのメリダにあるオーラン病院の前に銅像が立っている日本人医学者は?(A.野口英世)スルー

ここから再び通常問題。
21Q.京都の広隆寺にある国宝第1号の仏像は何?(A.弥勒菩薩)稲川○+2 ※いかにもクイズといった問題。
22Q.「ユアン」といえばどこの国の通貨単位?(A.中国)稲川×+1 ※どこの国の〜と聞いて、たいていは答えられるだろうと思ったが、あまりの意外な展開に答えられず。
23Q.昭和49年、日本の女子プロゴルファーとして、初めて海外タイトルを獲得したのは誰?(A.樋口久子)スルー
24Q.人形劇ドラマ「サンダーバード」はどこの国のテレビ映画?(A.イギリス)稲川○+2 ※僕の小学生の頃にやっていた。けっこう好きな番組。
25Q.モモイロ・アカ・シロ・クロに共通する海の生き物は何?(A.サンゴ)稲川○+3
26Q.歌舞伎俳優のファンクラブ「T&T」。玉三郎と誰?(A.片岡孝夫)稲川○+4
27Q.動物園の人気者「ラッコ」は元々何語?(A.アイヌ語)稲川×+3 ※何科と思って答えたら何語だった。冷静さを欠いたためのケアレスミス。
28Q.「雷の土地」という意味のヒマラヤ山麓の地名がついた紅茶は何?(A.ダージリン)稲川○+4 ※これまたいかにもクイズ問題。
29Q.お灸をすえる時のむこうずね上部のツボは?(A.三里)高橋○−1
30Q.マックス・ウェーバーが示した支配の3つの形は、伝統的支配、合法的支配と、もう一つは何?(A.カリスマ的支配)スルー

僕が自分の勝利を確信して我にかえり、ボタンから手を離したのは、ようやくラスト2問になったときだった。そのときまでの僕は、半ば無意識の中にいた。
そして、太陽が昇りきり、さわやかな空気に包まれた中での結果発表。

高橋充2・高橋麻−1・山賀+2・柳井+2・稲川+4・中村±0・宇田川+2

僕はトップだった。出題30問中12問に解答と、占有率も断然多い(つまり誤答も多くて正解8、不正解4)。留さんからも、「さすがだね、力でてきたね」と言われ、このときは正直悪い気はしなかった。
もっとも、ボーナスクイズの4問をはさんで、前半ほとんど答えておらず、逆に後半はほとんど僕が答えているのに、不自然さを感じた人はいなかっただろうか。この流れが本当にそのままならば、僕は後半に怒涛の攻めで逆転トップをとったことになるが、その結果の2点差ならば、留さんから前述のようにほめられるほどでもないような気がする。この真相については後述する。

そして、ここで敗退したのは、機内トップといわれた高橋(麻)。誤答の多さが仇となり(2択が全て裏目にでるという不運もあったが)、結局1問も答えなかった中村が勝ち抜けるという、おそらくはスタッフも想定していなかったであろう結果となった。

高橋(麻)の敗退が、第11回ウルトラクイズのひとつのターニングポイントだったことは、その後の戦いをみれば明らかだ。彼女は僕と同じく緊張しやすい性格で、それまでの戦いでも安定性を欠く場面が少なくなかったが、実力者であったことは間違いない。スタッフも第4回以来の女性クイズ王の誕生を切望していたはずで、彼女には大いに期待していたことだろう。
そして、もし彼女がここを勝ち残っていたならば、次のエバーグレーズのカルタクイズか、ワシントンでのクイズサミットで僕が敗退していた可能性は高く、第11回ウルトラクイズの様相は全く違ったものになっていたと、僕は今でも思っている。

また、彼女の敗退に、僕が大きな影響を与えた可能性のあるのも否めない。
ここで最後の大きなネタバレをしておくと、オンエアされたカンクンの戦いの映像は、スタッフによる大きな作為が加えられている。それが映像の一部をカットしただけなのか、それとも出題順をも大幅に変えているかは、僕にもはっきりとはわからないが、重要な改変をしていたのだけは確かだ。

実は、僕のここでの獲得ポイントは、4ポイントではなく、9ポイントだった。つまり、最低でも正解5問分がカットされている。
僕の中に残っている断片的な記憶をたどれば、ここでのクイズで、僕は前半戦からリードしていたと思う。カットされた問題には、いかにもクイズらしい問題が含まれていて、とんでもなく早いポイントでボタンを押していたものもあったはずだ。
もし、カットされたのが正解した5問だけだとしたら、総出題数34問中17問に解答と、僕の解答占有率は50%にもなる。クイズの冒頭でマイナススタートとなった高橋(麻)にとって、僕の情け容赦のない怒涛の押しはより大きなプレッシャーとなっただろうし、本来ならば高橋(麻)が答えられたはずの問題のいくつかも、僕がその芽を摘んでいたに違いない。

スタッフが僕の正解をカットして点数を低くみせたのは、ここであまりに点差がつくのは、視聴者にとって興ざめだと判断したからだろう。それでも全体における僕の解答数があまりに多かった(逆に言えば他の挑戦者の解答数が少なかった)ために、自然な形のまま編集して接戦にみせるには限界があり、その結果が前半は実力伯仲、後半は稲川ばかりが解答するという、極端な形にまとめざるをえなかったんだと僕は考えている。

・・・・・

スタッフが期待していた激戦や接戦が展開されず、僕がまわりの空気を読まない暴走をしたために、ここでのクイズが終わった後のスタッフミーティングにおいて、スタッフの多くは僕の戦いぶりを一様に激怒していたと言う。
だが、その話を人伝えに聞いても、僕には悪びれる気持ちは全くおきなかった。

「こっちにはこっちの事情があったんだよ」

(終わり)

あまりに間が開いてしまって、前の展開も勢いもうろ覚えになりつつ・・・

(前々回のつづき)

せっかくのチチェンイツァだったが、ピラミッドの頂上でバンザイをした後、階段を降りた僕たち勝者は、全く観光する時間も与えられず、すぐにバス(注:リンカーン組が乗ってきたバス)に乗ってカンクンに戻ることになった。
ウルトラクイズでは、勝者と敗者が決定すると、すぐに両者を引き離し、話もさせてくれないのが慣例だ。おまけにオンエアをみて初めて知ったことだが、ここではピラミッドの内部を使った罰ゲーム(この罰ゲームは本当に貴重な体験で価値あるものだと思う)が行われることになっており、勝者たちをその場においておくことなどできなかったに違いない。でも、わかっていたこととはいえ、やっぱり残念だった。

チチェンイツアではリンカーン組と合流してすぐにクイズが始まってしまったため、リンカーン組が前日すでにカンクンに、しかも僕と高橋(充)が泊まっていたホテルの隣のホテルにいたことを知ったのは、帰りのバスの中でのことだ。そして僕たちがバスを降りたのは、まさにこの隣のホテル、リンカーン組が泊まっていたホテルだった。
まあ、これも後から考えれば当然も当然のことだ。僕と高橋(充)が泊まっていたホテルのデッキが、翌日のクイズの会場になるとは、思ってもみなかった。

この日の僕は、久しぶりに中村と同室だった。
中村は、成田のジャンケン前夜、最初の宿泊ホテルで同室(注:このときだけ3人部屋で、もう一人はパチンコ敗者復活の後深夜のグアムブーブーゲートで敗れたもう一人の宇田川さん)だったこともあり、気のいい彼の性格もあいまって、僕にとっては気の許せる友人だった。ハワイでの綱引きでは、僕を含めて明らかに非力なかげろう組にあって、先頭で孤軍奮闘、僕たちを敗退の危機から救ってくれている。そのときには大いに感謝したものだ。

その中村と久しぶりにゆっくりと話のできる機会をもったわけだが、この日の中村はなぜか表情が暗かった。そして、意を決したように重い口を開いた中村が、僕に話してくれた話は……


バッドランドでの「国境突破一足跳びクイズ」を終えた日の夜、メキシコへ向かうことになった僕と高橋(充)がリンカーン組とは別れてモーテルに泊まった夜のこと。リンカーン組が一室に集まって宴会をしていたことは、前に述べた。

その宴会の中ではもちろんいろいろな話がかわされたのだろうが、その中で、誰言うとなく「打倒 稲川」で盛り上がっていたと言う。

この話は僕にとってはもちろんおもしろい話ではなかったが、元々ハワイでのスタッフの仕掛けに端を発することだし、十分にありえる話だった。だから僕としても「まあしようがないなあ」くらいの軽い受け止め方だった。
だがしかし、中村の口から続いてでた言葉を僕は聞き流すことはできなかった。

「バッドランドでは一足跳びの2人が決定するまでクイズを真剣にやる気がしなかった」という話があった。

つまり、言葉通りに解釈するならば、バッドランドでは、僕と高橋(充)の勝ちぬけが決まるまで、クイズの手を抜いていたということになる。
バッドランドといえば、僕は敗退の危機を少しでも回避したいがために、思い切りいこうと思いながらも、高橋(充)に完敗したところ。その後、僕は世紀の大珍答で1回はふりだしに戻り、宇田川の猛追を受けた末に、辛くも2抜けしたところだ。僕としては、ロサンゼルス以来の無様な戦いの尾を引きながらも、なんとか2抜けで一足跳びにすべり込み、心の底から安堵した。それが、リンカーン組の手抜きに助けられての勝ち抜けだったのか。

ちなみにこの話、オンエアをみてみると、誰も手抜きをしているようには見受けられず、実は単なる気分的な話だったのではないかと推察される。実際のところも、宇田川なんかは本気で勝ちに来ているのがはっきりわかる。
しかしながら、この話を聞いたときの僕には、そんなことを冷静に考える余裕はまるでなかった。ハワイの夜以後、期待をかけられながらも、繰り返される無様な戦い。思えばカンクンに至るまで、クイズ経験者として、らしさをみせたことは一度もなかった。元々緊張しやすい性格で、さらに辞表のプレッシャーもあってか、思うような戦いができなかった。それが、こともあろうにクイズ未経験者に助けてもらうことになろうとは。立命館大学でRUQSを設立し、仲間たちと楽しくやってきた自分のクイズ人生が、根底から否定されたような気がした。誇張でもなんでもなく、このときの僕が受けた衝撃には、計り知れないものがあった。

中村は、「この話を稲さんにするまでは負けられないと思った」とまで言ってくれた。それを聞いて僕は涙がでるくらいにうれしかったが、それとは裏腹に、自分の中に、青白い炎が燃え上がるのを感じた。

「やってやる」

僕は心の奥底で、そう叫んでいた。

・・・・・

チチェンイツアとカンクンは、珍しく2日続きでクイズが行われることになっていた。
そしてカンクンのクイズの日、集合時間はなんと午前4時30分。

僕は当初、カンクンでのクイズを、かつてマイアミでやったような浜辺でタイヤをひくクイズか、もしくは泳ぎを伴うものと予想していた。いずれにしても体力クイズ、どちらであっても自信はない。もし泳ぎに関係したクイズだったならば、自分の不利は決定的になる。だが、こんな未明に集合して、何をやるというのか。

前夜の決意とは裏腹に、自分の力を発揮できそうもないクイズを予想し、不安を抱えたままの僕は、中村とともに集合場所のロビーに向かった。そして全員集合を確認したディレクターは、珍しくバスではなく、徒歩で僕たちをクイズの舞台へと誘導した。

そこは、僕と高橋(充)がバカンスを楽しんだところ。そして、強制的に日焼けをさせられたところ。全くの暗闇の中、無数のライトが当てられて、ギリシャの神殿を思わせる列柱が浮かび上がり、その中には早押し席がセットされている。暗闇の中、プールサイドに浮かび上がる早押し席は、はるか以前、グアムで経験したベッド争奪クイズの会場にも似ていたが、それとは比べものにならないほど神々しかった。

この段階では、ここで行われる革新的とも思えるクイズのルールはまだ知らされていない。
だが、早押しクイズであることは明らかだ。

その瞬間、僕の脳裏には昨夜の話が強烈によみがえり、ふたたび青白い炎が燃え上がるのを感じるのだった。

(つづく)

※明日書きますと言っておきながら、さぼってしまってすみません。次回はようやくこのシリーズの最終回です。


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