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まだ見ぬ田中康夫のために
SavenSatow
May, 23,2001
 
So far away on a cold and lonely night. If Icould just hear your voice. Then I’d be alright”.
SteveGibb & Buzz Cason “Tell Me That You LoveMe
 
 田中康夫は社会的な作家である。田中康夫は、デビュー以来、社会に対して「アンガ−ジュマン」し続けている。小説にしても、エッセーにしても、批評にしても、社会を体現し、その活動は時代とずっと緊張関係にある。時代と闘ってきたとも言えるだろう。こうした田中康夫の作家としての傾向は四つの時期に分類できるが、これはちょうど1980年から現在までの日本社会の変化と一致する。
 
 第1期はデビューからバブル経済が始まるまでの時期である。田中康夫は「ブリリアントな午後」の状態にある日本社会における時代の寵児であり、旧世代に対する時代の代弁者として発言している。また、実験的な要素がしばしば見られるものの、文体は一定である。
 
 第2期はバブル経済期にあたる。うわついた「バチェラー・カルチャー」に対する異議申し立てを行い、「ファディッシュ考現学」という視点に基づいて、批判者という立場をとっている。この時期、最も多様に文体を使いわけている。
 
 第3期はバブル経済崩壊から神戸震災までの間である。先送りと無責任に陥っている時代に対する「神なき国のガリバー」、すなわち警告者として振舞っている。文体は過渡期で、第2期と第4期の文体がせめぎあい、次の時期に収斂されていく。
 
 第4期は神戸震災から長野県知事就任に至る現在までが含まれる。神戸震災におけるボランティア活動に始まり、神戸空港建設反対運動などのさまざまな政治的な運動に参加、さらに地方自治体の首長に当選するといったように、活動家としての田中康夫の時期である。田中康夫は、今、石橋湛山の小日本主義を継承しようとする政治家として期待されている。逆に、文体は落ち着き、漢字の多用とルビによるダブルミーニングの方法が定着している。
 
 田中康夫に対する評価は、第1期ではセンセーショナルかつスキャンダラスな作家、第2期と第3期は時事的問題に対する「真っ当」な作家、第4期には日本で最も政治的・実践的な作家であるが、小説家としては真に理解されていない。それは外部から見ると理解しにくい日本社会の越境性のパロディを体現しているからである。土着的であるか脱亜論的であるかならわかりやすいが、田中康夫はinvisibleな越境性という日本社会の特徴をパロディとして演じている。「読まずに語る」という姿勢で小説を読むとき、田中康夫の小説が社会的であることが明瞭になる。
 
 田中康夫にとって社会性は倫理性を意味する。田中康夫は非常に広範囲を扱える作家であるが、すべてを大文字の「文学」の一つとして見てることによって、それは可能になっている。田中康夫の小説は小文字の文学とその外部の領域とのinvisibleな関係を顕在化する。評価が低いのは、こうしたinvisibleさを描いているからである。小説の真の意味を作品自体が体現しているため、村上春樹のような読まれ方をしない。
 
 田中康夫は日本的な制度に対するパロディを描き続け、デビュー時にすでにその傾向が見られる。『なんとなく、クリスタル』は田中康夫の徴候としての記号であり、後の作品群とinvisibleな結びつきがある。この小説は社会性による批評を秘めた私小説のパロディである。日本近代文学において最も日本的な小説形態をアイロニカルに描いて、田中康夫は登場している。
 
 行動の方でも、そのパロディ性は同じである。党派性の問題として考えられてきた「政治と文学」に代わって、新たな「政治と文学」を提示している。「政治と文学」は日本近代文学における最も主要なテーマである。最も傍流と見なされてきた田中康夫が、実は、日本近代文学における保守本流の批判的継承者である。松川事件の広津和郎、『ノリサダ騒動記』の杉浦明平、中野重治、新左翼運動の四つの系譜を合流させ、「政治と文学」のパロディを体現して見せている。
 
 さらに、田中康夫のルビの多様は近代日本に対する最大の転倒を意味している。漢字とひらがな。カタカナが共存し、音読みや訓読み、当て字がある日本文化は「ルビ文化」と定義できる。明治に入って、読売新聞を筆頭に小新聞を中心に漢字にルビをふり、読者層を拡大する。新聞というメディア拡大にはルビが欠かせない。このルビによるメディア拡大は言文一致をもより促進する。話し言葉を書き言葉に近づけている。
 
 明治以前、漢語を多用することによって、コミュニケーションを取っていたが、近代では、話し言葉によるコミュニケーションが求められる。言文一致運動はそうしたコミュニケーションのための共通の言葉の創出を一つの動機としている。その共通の言葉をルビが可能にする。
 
 言文一致を語る際、書き言葉の話し言葉化が問われても、書き言葉が話し言葉を変えている点には注目されない。次第にルビはたんなる詠み仮名以外にも機能し始める。それに鋭敏に反応したのが河東碧梧桐である。彼は、1925年から33年に渡って、漢語にたんなる読み仮名としてだけではなく、さまざまな意味をこめてルビをふったルビ俳句を試みている。田中康夫の試みは河東碧梧桐以来だ。田中康夫の批判はこうした近代日本の根幹にさえ迫っている。
 
 時代の変化とともに、文体と評価対象が変化しているが、田中康夫の作家としての姿勢は一貫している。一九九五年前後には否定的な評価を下していた小沢一郎に対して、2000年前後になると、憲法観は別にするとしても、称賛している。しかし、これは田中康夫が転向したのではなく、小沢が「真っ当」になったからである。
 
 田中康夫は、『ペログリ日記』を書き続けることを通じて、権威を批判しつつ、自分自身が権威とならないように「矜持と諦観」を忘れない。田中康夫に関していかなる読解も自由だが、権威として読むことだけは避けなければならない。「矜持と諦観」の間には弁証法が働き、それによりマスメディアの好む二項対立の図式を「しなやかに」すり抜ける。日本では、社会的な問題は、38度線のように、visibleではない。社会的であることはメディア映えするのと別である。日本社会におけるアンガ−ジュマンもvisibleではない。田中康夫はつねにそう実践している。
 
 田中康夫を読む──それは日本における社会的な問題のinvisibleさを認識し、社会的に実践していくことのガイドにほかならない。
〈了〉
初出
『文藝別冊田中康夫』、河出書房新社、2001523

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