もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

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 面倒だからというか、待ちきれなくて、最近飯を炊くことが少なくなった。午後ずっと家にいたとしても、晩飯のことなど忘れている。腹が減って初めて何を食おうかと考える。それから米を研ぎ始めるのでは、もう遅い。待てるのは、炊飯器のスイッチを入れて炊き上るまで。一時間がいいところで、それ以上待つとなると、酒を飲みすぎることになる。冬場水に浸すのは2時間と、教わったことを律儀に守っているから、冬になって炊く機会が減ったのかもしれない。買ってきた鮨か、冷凍の炊き込みご飯や炒飯、冷凍のうどん、冷凍のたこ焼きなどですませてしまうことが多い。
 炊きたての飯が何よりうまいと、思ってはいるのだ。

 家主から辛子明太子を貰った。これは飯を炊かなくては、そう思えば、午後出かけることもやめるしかなかった。もちろん、用があったわけではない。腹の減らないうちから早々と米を磨ぎ、買物に出掛けた。
 銀ダラの煮付け、ひじきと油揚げの煮物、マカロニサラダ、それに明太子。毎日ちゃんと食っていたはずなのに、久しぶりのまともな献立という気がする。そういえば煮魚が久しぶりなのだ。ほとんどの魚が年々高くなっていくようにかんじているのだが、どうなのだろう。

降るなら降れ

 決断力に乏しいのだろう、きっと。行動が遅い。若いときからそうだったのだろうか。よく思い出せない。
 やめるときの決断は早い。それでもこれを決断力とは言わないだろう。実際あとになって、やっぱりやろう、なんてことにもなるのだから。

 最近では、映画――。
 気になる映画があって出かけた。ここまでは素早かった。そして料金表を見上げ、断念するのも早かった。一般料金が1800円、シニア料金が1000円。シニアまであと少し、それまで映画は我慢しようと、決意までしたのだ。
 その足で浅草へ行き、公園でぼんやり日向ぼっこ。話し相手が出来、その人はまだ勤務時間中でこれから商談だというのだが、同年輩でもあり、映画のシニア料金の話から始まって、年金のこと、高齢になってからの転職、ワークシェアリングと、日向ぼっこにはふさわしい話題で弾んだ。
 それにしても、映画の1800円というのは、高いのだろうか。自分の現在の生活ぶりからいえば、抵抗なく出せる金額でないことは確かである。だけど、テレビがタダだからといって、比較してこれを高いというのもなあ、と急に映画料金の肩を持ちたくなったのである。株主優待券がどこかから手に入って、気が向いたら行ってみようなんて、いつの頃からか甘く見すぎていたようだ。それに映画全盛期の太秦で幼少の時代を過し、粗製濫造のチャンバラ映画とはいえ、小学校に上る前にはエキストラで出演して米代を稼いでいた元けなげな少年である。思い直すのは当然だった。見たいと思ったのだから、決して高くはないのだ。
 翌日また出かけた。
 入口の階段で躓いた。これがよくなかったのだろう。前日も同じところで躓いたのである。ちょうどよそ見をしたくなるような造りになっている。設計ミスだろう。そして決定的なことは、上映時間まで1時間以上あるということだった。それでも待とうといったんは思ったのだが、10分が限界だった。入場できない、座るところもない、やっぱり縁がないのだと思うしかなかった。
 そして三度目に行ったのは、だいぶ経ってからだった。
 料金の1800円も納得している、上映時間も記憶している、まだやっているかどうかが問題だけれど、やってなければあきらめがつくというものだ。そう思っていたのだが、予想外の展開だった。料金が高くなっていて、小人もシニアもなく一律2500円、というのである。あっけにとられてしまった。プラス700円の心の準備がなく、足を踏み出せなかったのである。
 まあ、決断力が鈍いと、手に入れたいものがちょっとずつ遠ざかってしまうという、なにやら教訓のようなお話でした。

 さて、今日は今日で。
 浅草に行くつもりで支度をし、表に出ると雲行きが怪しい。部屋に戻り折畳み傘を持って再度出かけると、今度はパラパラっときた。それで外出は中止。まあ銭湯でも行こうかと、タオルと石鹸に折畳みじゃない傘を持って出ると、今度はやんでいる。銭湯から帰ってくるときもまったく降らない。もやもやした気分でいると、夜になってひどい降りになった。やっとすっきりしたものである。

他人の鞄――解決篇

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 ふだんはだらだら歩くくせに、下り坂になるとめっぽう速い。権之助坂を次々に追い抜きながら下るうち、ふと気になった。今の鞄がよかった‥‥。少し行って振り返ったが、鞄の主は横断歩道を渡るところだった。
 いつまでも他人の鞄ばかり気にしているわけにもいかない。よし決着を付けようと、数日前鞄を買いに行った。金に糸目はつけない、なんてことも思いはしたのだが、百貨店は避けて、近くのダイエーへ。
 なんだか並んでいるのは似たようなものばかり。色もほとんどが黒。まあそれでいい、このうちのどれかに決めようという気になった。あとは店員の一押しである。「鞄をお探しですか」と寄ってくれば、もうそれで決るだろう。ところが見渡しても、店員の姿は見えない。近くのレジにも誰もいない。独力で決めるのかと思えば、また迷いだす。それでもどうにか、ひとつ選んだ。
 そのひとつだけが、一回り小さい。だから選んだようなものだが、これでも寸法が足りてるのか確かめたい。鞄を持ってうろうろしていると、やっと店員を見つけた。素知らぬ顔をして行きすぎようとするのを呼び止めた。
 「A4判が、入るだろうか?」
 即答はなく、それからちょっとした騒ぎになった。

 鞄に合せてみるA4判の適当なものを、彼女は一生懸命探してくれたのである。レジの回り、陳列棚の下の引出し、ひととおり探したようだった。
 「申し訳ありません、ちょっとお待ちください」
 そう言って彼女は、フロアの中央へと小走りに消えていった。しばらくして若い店員を連れて、ともに小走りで戻ってきた。
 「お待たせして、申し訳ございません」
 若い方が鞄売場もついでに担当しているのだろうか。先の店員が派遣であとの若いのが正社員なのだろうか。かんじるところはあったが、紳士たるもの、余計なことは言わないものである。若い店員がレジの回りを探し始めても、そこはさっき探したよ、などと言うのもこらえた。
 「こういうのって、いざというときには、なかなか見つからないものなんだよね」
 優しく言っても、若い店員は恐縮するばかりである。どうやら、とんだ難問を吹っかけてしまったらしい。

 気の短い客ならとうに怒り出してもおかしくない時間が経過して、店員はやっとA4のコピー用紙を一枚持ってきた。鞄に重ねて、
 「入らなくはないと思いますが、皺になるようですね」
 「製本したものなら無理だね」
 「無理かと思います」
 騒がせて「またね」と帰るわけにもいかない。結局別のに決めた。適当に選んだようだったが、最高の選択だったような気もして、早速枕元に置いて寝た。

 さて、ここ数日の懸案は決着を見たのであるが、今日も浅草に行って用もないのに百貨店に入り、鞄売場に直行したのはどういうことだろう。行き帰りの地下鉄で、年配者の提げている鞄に目がいくのはどういうことだろう。変な癖がついたものである。

一万円のシャツ

 着る物には無頓着、という顔をしている。そうでもないのだが。
 まず買物がうまくない。陳列されている中から気に入ったのを選んで買っても、いざ着る段になると、とたんに自信がなくなるのだ。もちろん何を着たからといってぐんと男ぶりが上るとは思っていないのだが、それにしても一番似合わないのを選んだのじゃないかといつも後悔してしまう。だから自分で買うことはあまりない。大昔までさかのぼっても、気に入って着ていたものといえば、貰ったもの、ないしは取り上げたものだった。貰ったものなら、たとえ似合わなくても後悔はしないだろうが、それどころか、不思議にしっくりくるものが多かった。

 二十年も前のこと――。
 西武百貨店で一万円もするシャツを買ってしまった。あとになって、その頃何か自棄になるようなことがあったのかと考えてみるのだが、思い当ることはなかった。社員旅行を控えていたのはたしかで、そうすると一丁決めてやろうとでも思い立ったのか。「ラコステ」なんてブランド名は、そのとき初めて知った。
 シャツの色は上下でくっきりと別れていて、上半分はぼけたような山吹色、下半分が紺色、本当にそんなのが気に入ったのかどうかもよく分らない、いけないことでもしているみたいに、そそくさと買い求めた。
 さすがにこのときは一万円のシャツを買ったという昂揚感もあって、家に帰ってすぐ後悔したわけではなかった。着てみると、案外いいかもしれないと思えた。何よりも、寸法が合っていた。
 社員旅行に着ていくと、女子社員たちは目ざとかった。
 「あら、素敵ね。ラコステじゃない?」
 「よく知らないけど」
 「いいものなのよ。今はシャツに負けていても、着てるうちに似合ってくるから」
 「ワニのマーク、右左逆じゃなかった?」
 「べつにいいんじゃないの?」
 おおむね評判は良かったようだ。
 ところが旅行から帰って、洋服ダンスに放り込んでおくと、三日ほどして虫食いに気づいた。背中に小さな穴が開いてしまった。他の衣類が無事なことを思えば、高いシャツは味もいいのかもしれない。

 一万円と思えばあっさり捨てるわけにもいかず、外へ着ていくこともかなわず、その後何年もタンスの中で眠っていた。
 あるとき、山谷に飲みに行くのに、このシャツを引っ張り出してみた。上半分が山吹色で腹から下は紺色、白いズボンを穿くと、紺色の部分が目立った。虫食い穴があるので、コールテンのジャケットを羽織り、これはもう滅多なことでは脱げない。そして下駄履き。すでに高いシャツではなく、あくまでもちょっとそこまでの恰好である。
 日が暮れかかっていて、まもなく飲むには最適の時間となる。途中公園に寄った。隣接する神社はお祭りだった。屋台の並んだ境内から少し離れて、ベンチに腰掛け煙草を吸っていると、通りがかりのおじさんが煙草の火を借りにきた。おじさんはそのまま、隣のベンチに腰をおろした。
 「祭りの季節だね」と、おじさんは言った。
 「そうだね」
 「一番忙しい時期だ」
 「はあ」
 「稼ぎどきだね」
 「え?」
 要領を得ない返答をしていると、おじさんもちょっとためらったようである。
 「テキヤさん、だよね?」
 「おれ?」
 「違った? テキヤさんかと思った」
 「違うよ」
 「魚屋さんってかんじでもないし‥‥」
 おじさんはこちらの腹の辺り、シャツの紺色の部分を指さした。「シャツの上に腹巻出して、ステテコ穿いてるから、テキヤさんかと思ったよ」
 ステテコではなく白いズボン。腹巻ではなく、「ラコステ」のシャツの柄‥‥なのだけど。

他人の鞄が気になる

 財布ちり紙ハンカチ煙草はポケットに振り分けて、手ぶらでいるのが一番いい。どうしてもというときには、手提げの紙袋を持つ。旅行鞄は別にして、仕事にも仕事探しにも、鞄を持ったことはなかった。
 図書館の行き帰りも、手提げの紙袋である。重宝している。それでも、帰途スーパーで買物をするときにこの紙袋を持ち込むのは、ちょっと気が引けてしまう。
 万引きを疑われるのでは、と気になるのだ。まあ、しなければいいだけのことだが。
 レジで清算のとき、紙袋をいかにも無造作に、店員の視界に置く。無造作どころか、気にしているのである。おかしなものが入っていないか、確認することもある。どうなのだろう、ぽっかり口を開けた紙袋が、店のほうでは気にならないのだろうか。
 それでも雨の日に、濡れると破れるのではと心配してくれ、紙袋ごと入る大きな買物袋をくれたこともあった。

 最近、背広を着る機会があった。背広の上には、新調したコート。結構紳士らしいじゃないかと、鏡に見とれてしまった。そんなときに、鞄を買おうかなと、ふと思いついたのだ。
 ただし買うにしても、ひとつですませたい。A4判がすっぽり入る寸法、弁当箱が入るぐらいの厚みというのは問題ないのだが、背広のときには実直そうな紳士を際立たせ、ラフな恰好にも合うもの、と思えば、これはしっかり研究しなければいけない。外出するたび、他人の提げている鞄を気にするようになった。

 駅のホームで、ちょっとよさそうな鞄を見つけた。年配の男性が鞄を隣の椅子に置いて、文庫本を読みふけっていたのだ。勤務時間中といった恰好である。じっと見ていると、気がついたのかその人は、不安そうに鞄を引き寄せた。


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