もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

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黄身が好き‥‥

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 ここ数年、ゆで卵や目玉焼きの好みが変った。半熟を好まなくなった。思い当たる節があるとすれば、胆嚢の検査だろう。卵の黄身を二個、検査の前に飲んだのだが、あれはマズイを通り越して苦痛だった。せっかくの卵をあんなことに使うなんてと、医学の野暮を恨んだものである。
 それにしても、胆嚢の検査はずっと若い頃の経験である。どうして今頃になって思い出すのだろう。当時も二、三日は卵が食えなかったが、すぐに回復したものである。若いときは忙しさにかまけてやり過ごしたものを、今頃になってこだわっているのだろうか。年のせいなのか、あるいは性格的なものなのか。
 生卵が駄目になったわけじゃない。すき焼きには生卵だし、熱いご飯にかけるのも嫌いじゃない。なのに黄身の半熟は嫌なのだ。皿に垂れた黄身にパンをつけるなどというのは、どうにもおぞましい。
 昔から、黄身の方が白身より上等と思っていたようなところがある。子供の頃、「ねえねえ、卵の白身と黄身とでは、どっちが好き?」と女の子に聞かれて、「黄身が好き」とためらわずに答えていたほどだ。それがそうでもないぞと、半世紀を生きぬいて、考えが変ったのである。白身あっての黄身、黄身あっての白身、よくしたものだとあらためて感心している。

もっと空気を

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 生たらこ生たらことずっと焦がれていて、はるばる御徒町で見つけたその日はまだ暖かかったから、帰途腐らせはしないかと気を揉むほど大層なことだったが、なんてことはない、近所のスーパーでも見つけてしまった。季節のものということなのだろう。このあいだのより小さめだが値段も半分、較べるのは難しいが、どうせ買うのだ。あとは倹約して特売の小松菜だけ。

 12月に入って早くも年末休みに突入。せめて元気に胸を張っていたいものだけど、なかなか‥‥。朝起きても歯も磨かず、パジャマにちゃんちゃんこを羽織っただけで、炬燵で背を丸めている。溜った吸殻を眺め、灰皿を大きいのに変えなければ、などと考えている始末である。ようやく買物に出掛ければ、外の空気のうまいこと。

親切なスーパー

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 近いけれど、そのスーパーにはあまり行かない。よそよりいくらか高めのようである。魚なんかも清潔だけど、なぜか旨そうに見えない。まあそのへんは、ひねくれたおじさんとの相性の問題だろうが。唯一気に入ってるのは、いつもすいているということ。
 そのときも売場に客はぱらぱらとしかいなかった。いくつか籠に入れてレジに向うと、四つあるレジのうち1番だけが開いていて、その店員は誰かと話し込んでいた。つい並ぶのをためらっていると、しばらくして気付いたようだった。
 「あ、失礼しました」
 話していた相手も店員だった。そういえば同じ服装である。彼女はすぐに2番レジに立った。
 「お待たせいたしました。どうぞ」と1番レジの店員が言えば、2番レジの店員も振り向いて、「よろしければ、こちらへどうぞ」と、にっこり笑うのだった。
 選べと言われてもなあ。そのまま1番レジに進むしかなかった。買った品は袋に詰めてくれた。「有難うございました。またお越しください」と、ふたり揃って丁重に頭を下げられた。ふたりがかりの行き届いたサービスを受けた気分だった。

 それ以来行ってなかった。二ヶ月ぶりである。店内に足を踏み入れたとたん、「只今より夕市を始めます」とアナウンスがあった。「先着50名さま限り、レタスが一個50円‥‥」
 次々とワゴンが運ばれてくる。さあ買えと言わんばかりである。レタスを買い、ハムを買い、ココアまで買ってしまった。
 さすがに店内は混んでいて、レジも4台とも開いていた。どこにも2,3人の列は出来ていて、買物袋に詰めてくれることもなかった。

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 向島から浅草を経て上野へ。すっかり歩きなれた道である。かっては途方に暮れて歩いたこともある。それを思い出してか、なんだかまたも途方に暮れた気分になった。帰る住いはある、もう重い鞄も肩に食い込んではいない、それなのに心が覚束ない。こんなときに口ずさむのはこの歌。「ふしあわせという名の猫がいる いつもわたしのそばにぴったり寄り添っている‥‥」気分がぴったりなので、結構うまく歌えているような気になる。
 御徒町まで足を伸ばし、ずっと焦がれていた生たらこを、ついに手に入れた。そうなるとすこしは気分が変る。同じ店で靴も買った。近くにいた頃は、下駄を買うのもいつもこの店だった。
 帰途、口ずさむ曲が変る。「いじけていないで手に手をとって望みに胸を元気に張って‥‥」

 さて、生たらこ。包丁がうまく入っていなかったようで、見た目がちょっとおかしくなった。包丁が悪いのか、手が震えたのか。大事に作り、大事に食った。

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 一年以上も前のこと、スーパーの買物袋を提げての帰り道、交番の前に差しかかったところで、「ちょっと」と呼び止められた。どきっとしたけれど、声をかけたのは自転車に乗ったおばさんだった。おまわりさんは無表情に立っていた。
 「このへんに、おいしい肉まんの店があるって聞いたのだけど、知ってる?」
 四、五軒引き返したところに肉まん屋があるのは知っていた。有名らしいと、誰かに聞いたような記憶が、おぼろげながらある。いつも店の前に客がひとりふたりいて、それなりに流行っているのだろう。
 「少し行ったところに、肉まん売ってる店があるけど、そこのことかな」
 指さして説明しているのに、おばさんは示す方向には目もくれず、こっちの顔を眺めているのだ。親しげな表情はいいとしても、そのままの口調で、こんなことを言うのである。
 「食べたの? 食べたこと、あるの?」
 軽く咎めている響きさえある。いい加減に薦めないでよ、みたいな。誰が薦めるものか。いっぺんに不機嫌になってしまった。おまわりさんに拳銃を借りて、自転車のタイヤをぶち抜きたいぐらいの気持だった。
 「ない」
 おまわりさんは相変らず無表情に立っていた。

 ひょっとするとあれは売込みだったのかと、そんな想像もして、それ以来店の前を通りがかるたび中を覗いた。あのおばさんの姿を店の中に見つけようとしたのだが、いつの間にか顔も忘れた。こんなかんじの顔だったと、思い出そうとすれば、そんなかんじの顔のおばさんは、いたるところにいた。

 その肉まん屋は、間口の割には大きな店なのか、職人は何人もいるようだった。三人、四人と路地に出て、通りを眺めながら煙草を吸っているのをよく見かける。そうすると六、七人はいるのかと思うのだが、この計算はまるで当てにならない。
 「青木さやかの青すじ肉まん」なんて手書きのポスターが貼ってあったりして、今のところ食ってみようという気にはならない。それに高いのである。肉まん一個が、チョコパイの徳用袋よりまだ高いのだ。
 それでも、有名な店なのだそうだ。職人も大勢いて、店の前も常に客がいて賑わっているのである。きっと、今まで食っていた肉まんはなんだったの! と言うぐらい旨いのだろう。いずれ機会があれば‥‥。


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