もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

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家でホッピーを

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 焼酎をはじめて飲んだのは、もう三十年以上も前で、遊び友達の鮨屋の職人に教えられた。
 池袋の「長野屋酒場」に連れていかれた。知る人ぞ知る店である。知らない人はもちろん知らない。
 カウンターも柱も黒光りしている。灰皿はなく、吸殻は床に捨てるらしい。親父は偏屈で、注文してもほとんど返事しない。遅くて催促すると、「今やってんだから」と怒る。実際通し忘れていることもたびたびあり、そんなときだけにこっと笑って、案外かわいかった。
 初めは友達に倣って、焼酎は三ツ矢サイダーで割った。

 会社の上司が、池袋にいい飲み屋があると誘ってくれた。連れていかれたのがやはり「長野屋酒場」だった。上司に倣って焼酎はホッピーで割って飲んだ。鮨屋の休みの日で案の定友達も来た。なんだか浮気の現場を見つけられたみたいな気分だったが、それ以来ホッピーが主力である。
 その当時はまだ焼酎に偏見があった。割って飲んでいるのである。量は人それぞれである。それなのに、うわばみだと思われた。

 外で飲まなくなってから、ホッピーも滅多に飲まない。まあウーロン茶でもなんでもいいわけだ。その程度のもので、こだわるようなものではないのだが、スーパーで見つけたので、一本だけ買ってみた。
 いつだったか、焼酎の4リットル入りのボトルを抱えてレジに並んでいたら、前のおばさんが振り返って、「お強いんですね」と話しかけてきた。
 「いや。一晩で飲むわけじゃないから」
 にこやかに答えたつもりだったが、そんな顔に見えなかったのかもしれない。
 「そりゃ、そうでしょうけど」
 おばさんは二度と振り返らなかった。

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 近くで火事があったようだ。
 すぐのところにある消防署は、現在建替え中とかで移転している。やたらにサイレンが聞えるので、初めは営業を再開したのかぐらいに思っていたのだが、そうじゃないらしい。消防車が出ていくのではなく、集ってきているようである。そのうち窓の外で実況中継が始まった。「10メートルほどの火柱」などと刺戟的な表現も混じったりする。
 どうやら消防署の近く、ガソリンスタンドの裏だということである。写真機を持って飛び出していきたい気持ちはあったが、ちょうど自分で散髪しているところだった。頭の右半分に鋏を入れたところで、細かいところはともかく、せめて左半分も同じぐらいにしたいものである。
 実況を聞いているぶんには、大したことにはならないようである。ガソリンスタンドも平然と営業をつづけているという。これはなかなかの情報だった。
 終った、終った、と聞えた。何はともあれ安心した。
 どこそこで大根が安かった、そんな声も聞えて、次第に人は散っていたようである。
 それからヘリコプターが来た。二機、三機と来たようだ。髪の毛がなくなったせいか、ことさら響く。凄まじいほどに響く。なんだか戦争が始まったかのようである。爆弾を落されそうで、火事よりもこちらのほうが気がかりだった。
 散髪が終って掃除機をかけてる間も、ヘリコプターは頭上を旋回しつづけていた。いつもはうるさい掃除機の音も、今日に限ってはとても静かだった。なんでそんなにぐるぐる回らなければならないのか、腹立たしいことだった。
 まあ、止っているわけにもいかないのだろうが。
 早く帰れば叱られるのだろうか。
 一時間近くも旋回していたのだ。火事はとうに収まり、大根を買いにいったおばさんも、食事の仕度にかかっていることだろう。

 結局一歩も外に出なかったのではあるが、なんだか充実した一日だったような気さえする。頭も刈ったし。いや、火事を面白がる気は、これっぽちもない。誰にとっても毎日が平和で安全でありますように。
 酒の肴は、鯵の干物、ほうれん草のお浸し、海苔の佃煮、卵焼き。旅館の朝飯みたいなのが食いたかったのだが、やっぱり足りない気がして、豚肉に卵をつけて焼いた。

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 漁獲高削減でマグロが高くなるとニュースで聞いて以来、多少なりとも気にしているのかもしれない。べらぼうに安いのを見つけた。おっ、やけっぱちに乱獲し始めたか、そう思ったのだが、中国産だった。結構大きな固まりで、骨付きと書いてある。骨が付いていれば有難いのか面倒なのかはよく分らないが、いかにも下品で不味そうである。でも買ってしまった。「ねぎとろ巻」も特売で、それほど好きじゃないのに、マグロづくしになってしまった。

 百円庖丁での解体作業は思いのほか難航した。半分は刺身に、半分は明日のぬた用にぶつ切りにした。刺身とぶつ切りの、形の違いはあまりなかったが。
 ちょうど解けかかっていて、赤い汁の滲んでくるのが気になり、ぶつ切りは醤油に漬けてしまった。明日の「まぐろぬた」は、どうなることやら。
 骨に着いた身もしつこくこそぎ取り、「ねぎとろ巻」におまけとして添えた。

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 酔うほど飲むわけじゃない。発泡酒を少し、焼酎を少し、たまに電気ブランを少し飲むぐらいである。
 ある時間になると、ひどく眠くなる。目を開けていられなくなる。夜はこれから、そういう時間にもかかわらず横になる。二時間ほどして目を覚ましたとき、記憶が一部、失われているのである。

 めし、食ったのかな‥‥?

 思い出せない。鯖の味噌煮を作り、残っていたサツマイモとカボチャを一緒に煮て、飲み始めた、そのあたりの記憶は鮮明なのだが、最後に飯を食ったかどうか、どうにも思い出せないのだ。いつも食っているから、今日も食っているんだろうと、それぐらいの自信であり、しかし、腹具合からすると、食っていないような気もする。ボケるには早すぎる、一人でボケると、どうなるんだろう。
 手がかりを求めて、流しを見にいく。皿とスプーンと、お碗と箸、それらが水に漬けてあり、食った形跡はたしかにあった。味噌煮や煮物の器、コップなどはすでに片付いていた。冷凍庫を見れば、鶏ごぼうごはんがなくなっている。だけど思い出せない。誰かが食ったとしか思えないのだが、鍵はちゃんとかかっている。
 迷宮入りである。
 紅茶を入れ、スイスロールを一本食い、腹はなんとか宥めた。

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 有名な天ぷら屋に入ったことがある。もちろん他人の奢りで。
 揚げたてがひとつずつ出てくる。そのどれもが飛び切りうまかったはずである。けれど、落着かないのだ。ビールは瓶で、注いだり注がれたりしなければならない。黙ったきりでいるわけにもいかない。そこへ次々と揚げたてが出てくる。遅れてはいけない。頃合よく出てきているはずなのに、気が急くのである。そして心の準備が出来ないうちに、これが最後です、と言われる。「あと、何か頼む?」と聞かれても、「いや、十分です」と答えたことだろう。
 まあ、慣れていないから落着かなかったのだろう。
 ご馳走になった相手を思い出せない。知らないおじさんだったのかと思えるほどである。店の名前も場所もすっかり忘れて、あのときの気分だけが残っている。
 ひとつに盛って出されるほうが性に合っているのだろう。食べる順番は自分で決める。一番好きなものは最後である。途中で生ビールのお代りをし、天ぷらがなくなっても、お新香やらお浸しでぐずぐず飲みつづけ、よしこれで最後にしようと決心して最後の一杯を頼み、うまくいけばそれで終る。

 久しぶりに天ぷらを揚げる。サツマイモとカボチャと海老を買い、あとは冷凍のインゲン、冷蔵庫に残っていたちくわ。
 衣を使い切るのに、冷凍の枝豆と、残っていた長芋を刻んで、カキアゲにする。とくにうまくはなかったが、面白い食感である。


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