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居酒屋というには活気がないから、奮発して割烹とでも呼ぶのがいいだろうか。早い時間は近くの会社の連中が、遅くなれば店主の友達がぽつりぽつりやってくる、どこにでもよくある飲み屋なのだが、十五年ぐらい前の一時期、手伝ったことがある。その頃も長く失業していた。
担当は洗い物と下ごしらえと、揚げ物。そこだけは客の目に付かない場所で、性に合っていたのだが、それにしては暇すぎた。客が一人だけで、カラオケでも始めようものなら、賑わいにと駆り出される。カラオケは嫌いなのだが、仕方なく歌うこともある。「無法松の一生(アンコ入り)」とか、あとは‥‥、いやとにかく仕方なしにいろいろ歌った。
そのときも客は一人だった。店主の友達が他ですっかり出来上ってから、閉店間際に来たのである。水割りのセットをし、お通しを出せば、もう注文もなさそうだった。店主が客の隣に座れば、しょうがなくカウンターの中に立ち、話し相手になる気もないから布巾など洗っていたのだが、話の接ぎ穂が見つからない店主が、最近競馬どう? とこちらに話を振ってきたのをきっかけに、その客が「競馬やるやつは、みんな馬鹿だよ」と始めたのだ。
競馬でも何でもギャンブルなどやるのは馬鹿なことというのなら、ほんとだよね、と笑って相槌を打つぐらいのことは出来たかもしれないのだが、客の言いたいのはそういうことではなかったようだ。儲かる買い方があるのに、馬鹿だから損をしているというのだ。ちなみに自分では賭け事は一切しないとのこと。
聞いてみれば無邪気な話だった。賭け金を倍倍にしながら一番人気の単勝を買いつづけ、当ったところでやめるのだという。2倍つけばプラスになる、一番人気の馬が一日のうちにこないことはまずない、そう言うのである。聞き飽きた話で、聞き流せばよかったのだが、あまり馬鹿だ馬鹿だと言うものだから、つい相手になってしまった。
「2倍つかないことも多いけど、それはまあいいよ。もっとつくこともあるしね。一番人気の馬の勝率は四割弱、殆どのレースで一番人気が勝つ日もあれば、12レースまったく勝てないときもある。100日競馬やれば、2,3日はそういう日だね。そのとき負けがいくらになるか」
出まかせも交えて、数字を並べてみた。
「千円から始めると」
「そんなしけた買い方しないよ」
「じゃあ、一万円からでいいや」
1、2,4,8‥‥と、指を折りながら、目の前で計算をはじめた。
「12レース終った時点で、マイナスはざっと四千万、対して、2倍の馬券を取ってやめた日のプラスは一万円‥‥」
客はいつの間にか黙り込んでこっちの顔を見上げていたのだが、突然、あああ、と奇声を発して、気を失ってしまった。
悪いことをした。酒でふやけた脳みそをかき回したのだから。しばらくして、その店をやめた。向いていないとつくづく思った。
その店の揚げ物で注文の多かったのは、カキフライと揚出し豆腐。無邪気な必勝法を思い出しながら、今日は揚出し豆腐を作ってみた。人に食わせるものならば油から引き上げる頃合をいつも迷ったものだが、自分で食うならこんな気楽なものはない。あんも適当。
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