|
焼酎をはじめて飲んだのは、もう三十年以上も前で、遊び友達の鮨屋の職人に教えられた。
池袋の「長野屋酒場」に連れていかれた。知る人ぞ知る店である。知らない人はもちろん知らない。
カウンターも柱も黒光りしている。灰皿はなく、吸殻は床に捨てるらしい。親父は偏屈で、注文してもほとんど返事しない。遅くて催促すると、「今やってんだから」と怒る。実際通し忘れていることもたびたびあり、そんなときだけにこっと笑って、案外かわいかった。
初めは友達に倣って、焼酎は三ツ矢サイダーで割った。
会社の上司が、池袋にいい飲み屋があると誘ってくれた。連れていかれたのがやはり「長野屋酒場」だった。上司に倣って焼酎はホッピーで割って飲んだ。鮨屋の休みの日で案の定友達も来た。なんだか浮気の現場を見つけられたみたいな気分だったが、それ以来ホッピーが主力である。
その当時はまだ焼酎に偏見があった。割って飲んでいるのである。量は人それぞれである。それなのに、うわばみだと思われた。
外で飲まなくなってから、ホッピーも滅多に飲まない。まあウーロン茶でもなんでもいいわけだ。その程度のもので、こだわるようなものではないのだが、スーパーで見つけたので、一本だけ買ってみた。
いつだったか、焼酎の4リットル入りのボトルを抱えてレジに並んでいたら、前のおばさんが振り返って、「お強いんですね」と話しかけてきた。
「いや。一晩で飲むわけじゃないから」
にこやかに答えたつもりだったが、そんな顔に見えなかったのかもしれない。
「そりゃ、そうでしょうけど」
おばさんは二度と振り返らなかった。
|