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土用の丑の日がいつだったのか、気がつかないまま過ぎてしまった。その日にどうこうしようというのは、もともとなかったのだけれど。
雨でも降って部屋にひきこもっていた日がそうだったのか。それとも、丑の日にはウナギと、世間はあまり言わなくなってしまったのか。
ウナギの蒲焼はふだんから気軽に食っている。何も思いつかないからウナギでも、ということすらある。蒲焼もずいぶん甘く見られたものである。天然だ国産だ備長炭だと、まだまだ高級の域に踏ん張っているのもあろうけれど、そっちの方向にはあまり目が行かない。いつか機会でもあれば、というところだ。
ウナギの蒲焼をはじめて食ったのは、おそらく中学生になってからだと思う。いくらか暮しが上向いてきた、そんな中で母親がついに奮発したのである。それ以後も、せいぜい年に一、二度のことだったろう。恨めしい、そして憧れの食べ物だった。もしかしたら仇のようなものだったかもしれない。どうぞ仇に巡りあいたい‥‥。
小学生の頃はウナギどころか、牛肉も食ったことがなかったと、記憶している。豚肉や鶏肉はたまには食っていたのだろうが、なんといっても、主力は鯨だった。卵すら、特別な日でなければ食えなかった。
ウナギが付け狙う仇なら、鯨は蒸発した亭主といったところか。飲んだくれで甲斐性なしで勝手な亭主が、四十年後に消息を知れば、別のところで幸せな家庭を築き、すでに隠居して好々爺でいるとか。ちょっと、違うかな。ならば、鯨は蒸発した姉、というのはどうだろう。弟や妹の面倒をよく見ていた健気な姉が、家を飛び出し、聞けば夜の都会でけばけばしい恰好をしている‥‥とか。
昨日は酒の肴に鰻ざく、今日の昼が丼。鰻丼には、もうひとつの仇である卵をちりばめてみた。ウナギにしろ卵にしろ、仇もすっかり老いさらばえて、恨みも消え、今は身内同然に親しくしている。
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