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先日、目黒の駅前で待合せをした。
約束すること自体気が重いのだが、待合せとなると、これはもう苦痛である。
待合せ場所には必ず早く着いてしまう。相手も早く来てすぐ会えれば問題はないのだが、ちょっと時間が経つと、古い付合いであっても、顔を忘れてしまったのではないかと不安になってくるのだ。絵心がないせいか、相手の顔を思い描けない。すっかり禿げていたり、頬に傷でもあったりすればいいのだが、そういった特徴がないと、頭の中の人相書きは頼りなげな輪郭だけである。その輪郭すら、時間の経過とともに薄れていく。人待ち顔の人やちょっと立ち止った人を、似ても似つかぬ人まで含めて、この人じゃなかったよなと、すべて点検してしまう。
そして約束の時間になっても会えないときは、死んじゃったのかなと、心配してしまう。
今から家を出ると電話がかかってきたのだから、すっぽかされることはないだろうし、その時点での生存は確認できたわけだ。それでも不安は残った。
「アルタ、みたいな名前だよ」
「アルタって新宿だろ? 新宿がいいの?」
「新宿じゃなく、目黒。アルタじゃないの、アルタみたいな名前なの」
アトレだとはあとで分るのだが、こんなやりとりをしたせいで、間違って新宿に行かないだろうかと、余計な心配をしなければならない。そのうえ、相手は老眼で近眼で乱視でもある。キスをするぐらい近づかないと人の顔は判別できないそうだ。そっちで見つけてくれるようにということである。
早めに出たのだが、バスが駅前を通過してしまった。降車ボタンを押さなかったのが悪いのだが、通過するとは意外だった。次の停留所で降り、歩いて戻りながら気が気ではないものの、もう足早になることもなかった。携帯電話どころか、時計も持っていないのだ。じたばたしても始まらない。
駅前に着くと、待合せの相手は遠くから手を振っていた。あまり早くからそんなことをされても困る。横断歩道も渡らなければならない。ちょっと手を上げて、あとは信号が変るまで、知らん顔をしていた。
「よく分ったね」と言うと、
「すぐ分った。背中丸めているし、だらしない歩き方してるから」
早く判別出来て、その人は嬉しそうだった。
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