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ふだんはだらだら歩くくせに、下り坂になるとめっぽう速い。権之助坂を次々に追い抜きながら下るうち、ふと気になった。今の鞄がよかった‥‥。少し行って振り返ったが、鞄の主は横断歩道を渡るところだった。
いつまでも他人の鞄ばかり気にしているわけにもいかない。よし決着を付けようと、数日前鞄を買いに行った。金に糸目はつけない、なんてことも思いはしたのだが、百貨店は避けて、近くのダイエーへ。
なんだか並んでいるのは似たようなものばかり。色もほとんどが黒。まあそれでいい、このうちのどれかに決めようという気になった。あとは店員の一押しである。「鞄をお探しですか」と寄ってくれば、もうそれで決るだろう。ところが見渡しても、店員の姿は見えない。近くのレジにも誰もいない。独力で決めるのかと思えば、また迷いだす。それでもどうにか、ひとつ選んだ。
そのひとつだけが、一回り小さい。だから選んだようなものだが、これでも寸法が足りてるのか確かめたい。鞄を持ってうろうろしていると、やっと店員を見つけた。素知らぬ顔をして行きすぎようとするのを呼び止めた。
「A4判が、入るだろうか?」
即答はなく、それからちょっとした騒ぎになった。
鞄に合せてみるA4判の適当なものを、彼女は一生懸命探してくれたのである。レジの回り、陳列棚の下の引出し、ひととおり探したようだった。
「申し訳ありません、ちょっとお待ちください」
そう言って彼女は、フロアの中央へと小走りに消えていった。しばらくして若い店員を連れて、ともに小走りで戻ってきた。
「お待たせして、申し訳ございません」
若い方が鞄売場もついでに担当しているのだろうか。先の店員が派遣であとの若いのが正社員なのだろうか。かんじるところはあったが、紳士たるもの、余計なことは言わないものである。若い店員がレジの回りを探し始めても、そこはさっき探したよ、などと言うのもこらえた。
「こういうのって、いざというときには、なかなか見つからないものなんだよね」
優しく言っても、若い店員は恐縮するばかりである。どうやら、とんだ難問を吹っかけてしまったらしい。
気の短い客ならとうに怒り出してもおかしくない時間が経過して、店員はやっとA4のコピー用紙を一枚持ってきた。鞄に重ねて、
「入らなくはないと思いますが、皺になるようですね」
「製本したものなら無理だね」
「無理かと思います」
騒がせて「またね」と帰るわけにもいかない。結局別のに決めた。適当に選んだようだったが、最高の選択だったような気もして、早速枕元に置いて寝た。
さて、ここ数日の懸案は決着を見たのであるが、今日も浅草に行って用もないのに百貨店に入り、鞄売場に直行したのはどういうことだろう。行き帰りの地下鉄で、年配者の提げている鞄に目がいくのはどういうことだろう。変な癖がついたものである。
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