もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

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憂い顔の少年

 校内清掃の時間というのがあって、そのときぼくたち六年二組の持ち場は、土手と校舎に囲まれたテニスコートだった。生徒にテニスは無縁だったが、木の茂った土手は恰好の遊び場だった。
 小石や落ち葉を拾うのにリヤカーなんて必要だったのだろうか。誰かがうまいことを言って、用務員さんから借りてきたのかもしれない。それはたちまち遊びの道具になった。初めはひとりふたりを乗せてそのあたりをぐるぐる回っていたのだが、そのうち乗せたまま土手にぶつけると、それが気に入ったらしい。乗り手が交代して、繰返し土手にぶつけていた。
 男子生徒の半数ほどがそうやって遊んでいるのを、ぼくは離れたところで見ていた。ぼくは大人しく、記憶が正しければ絵に描いたような優等生だった。学級委員でもあった。もうひとりの学級委員のM君と相談して、やめさせようということになったのは、当然のなりゆきだった。
 悪ガキたちは学級委員の注意をまともに聞こうとはしなかった。「あと一回だけ」と言うので一回待っても、やめようとはしない。ぼくとM君は実力行使におよんだ。リヤカーに上り、乗っていた子をおろした。そこでぼくたちもすぐに飛び降りればお役目終了なのだが、ちょっとした間があった。リヤカーの上は気分がよかったのである。
 乗り手が交代したところで、リヤカーが動き出した。「あかん」「やめろ」と、口々に言ったものの、リヤカーはどんどん速くなる。つい「突撃!」などと言いながら手を振り上げてしまったそのとき、
 「こらっ」
 担任の井上先生の登場だった。リヤカーは土手に突入した。

 ぼくとM君は職員室に立たされた。
 井上先生が、なんでそんなことをしたのかと問い詰めるのなら、言い訳したかもしれない。たいていの場合、言い訳をする機会はなかった。
 「あれれ、学級委員がふたりとも立たされていますな。何やらかしたんですか?」と、一組の先生が聞けば、
 「こいつら、代表して立っとるんですわ」と、井上先生はこともなげに言った。
 そうか、代表して立っているのかと、すこしだけ納得したものである。
 
 優等生のぼくには叱られた記憶というのはあまりない。あとひとつだけ思い出せるのだが、これがリヤカーの件とじつによく似ているのだ。
 修学旅行で伊勢に一泊したとき、消灯のあと枕投げが始まったのだ。ぼくはこれには断じて参加していない。あれのどこが面白いのか。だいいちぼくは枕がないと眠れない。それを投げるわけにはいかないだろう。
 すぐやむと思った枕投げは、いつまでもつづいた。たまにどすんとぼくの腹の上にも落ちてくる。やめろやめろといくら言っても、誰も耳を貸してくれない。腹に据えかねてついに起き上り、暗闇の中で飛んできた枕を見事にキャッチした。「このやろ」枕を振りかざしたそのとき、パッと灯りが点いた。
 「こらっ」
 出番を待っていたかのような井上先生の登場である。
 腕をつかまれ、廊下に引きずり出された。
 「立ってろ」
 先生が言うのはそれだけである。
 次に先生が来て、「もういい、寝ろ」と言うまで二十分ぐらい、ぼくは伊勢の旅館の廊下に立たされていたのである。部屋に戻ると、皆寝ないで待っていた。「ごめんな」「ごめんな」と口々に言うのに、何も言えず頷いていた。涙が出そうだった。
 アルバムを開くと、修学旅行二日目の集合写真で、ぼくは井上先生の前に立っていた。ぼくの肩に手を載せた先生はいかにも上機嫌で、対するぼくは憂いを含んだ顔である。

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