もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

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競りかける女

 定刻きっかりにタイムカードを押し、会社をあとにする。京葉線の駅への10分ほどの道程は、途中まで寂しく、地下道をくぐったあたりから賑やかになる。ぼくと同じように夜勤明けという人もいないとはかぎらないが、おそらくは団地から流れ出てきた出勤する人たちである。
 会釈すらしないもののもうほとんどが顔馴染みとなった中で、ひとりとくに印象的な女性がいた。彼女はぼくの姿を前方に見つけると、猛然と走ってくるのである。駆け寄って腕を絡ませ、「おはよう」‥‥というのではない。ぼくを追い越し、前に回りこむと、そこで走るのをやめるのだ。歩きにくそうな靴をはいていて、歩みはのろい。はっきりいって、邪魔。蹴飛ばしたい思いを抑えつつ、彼女をよけて追い越す。差が開き始める。するとまた彼女は走り出し、ぼくを追い越し、わざわざ前に回りこんでは、走るのをやめてしまう。
 一時期こういったことがつづいた。
 いったい彼女は心のうちで、この素敵なおじさんとどんな会話をしていたのだろう。
 (おはようございます。もうすこし胸を張っていたほうが、いいと思うけど)
 (いつも元気だね。こっちは夜勤明けだからな)
 あるいは――。
 (目障りなのよ。前を歩かないで)
 (もっとまともな靴をはいたらどうだ)

 まあ、電車に間に合うかどうかの目安にしていたのだろう。もしくはそれが嵩じて、どちらが先に改札を抜けるか、勝負を楽しんでいたのかもしれない。もしそうなら、ぼくはほとんど負けなかった。

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