もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

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2007年03月

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蜂印香竄葡萄酒

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 夏に神谷バーの売店で電気ブランを買ったとき、一応聞いたのだ。
 「蜂印香竄葡萄酒(はちじるしこうざんぶどうしゅ)って、ある?」
 若い女の子が狭い売店にふたりもいて、振付けのように同時に首をかしげた。ピンクレディみたいだと、こちらが連想するものは当然古い。
 ひとりが無難なことを言った。「今あるのは、こちらに並んでいるものだけですが」
 もうひとりもしっかり頷いた。それ以上聞くのは野暮である。そのときは電気ブランだけ買って帰った。

 べつに捜し求めるほどの酒ではない。神谷バーで何回か飲み、一度か二度買って帰った。甘ったるいだけの、ようするに蜂ブドー酒である。まあそれに薬草が入っているらしいが、酒を飲んで健康になりたいとは、とくに望んではいない。ただラベルが気に入っていた。出来ればもう一度ぐらい目にしたいものだと、それぐらいの思いだった。
 ラベルの両端に、世界の国名が、漢字で書いてあった。亜米利加、英吉利、仏蘭西、伊太利、独逸、‥‥あとはなんだったろう、希臘、葡萄牙、印度、西班牙なんていうのもあったはずだ。国旗はあったような、なかったような‥‥。

 雷門の並びの酒屋に蜂印香竄葡萄酒を見つけたのは、つい最近のことである。とうとう見つけた、というほどのことではなかった。「ほら見ろ、あるじゃないか」と胸のうちで呟いたのは、神谷バーのピンクレディに向って言ったのかもしれない。その日は荷物になるのを嫌い、買わなかった。そのていどのことだ。
 今日ついに買ったのだが、昔見たのとラベルが違っていた。すっきりしたデザインである。ローヤルゼリー、ドクダミ、蓬、花梨から始まって、体によさそうなエキスが25種羅列してあり、「医食同源」なんて言葉が、表のラベルのみならず、裏のラベルにまでしつこく書いてある。
 垢抜けているというほどのことでもないのだが、時代錯誤の匂いは消えていた。

 そうですか、そんなに体にいい飲み物になったのですか。

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新しいテレビ

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 テレビを買い換えた。吉永小百合がコマーシャルに出ているやつである。それだけで信用できると思いたいぐらいのものだ。一番小さいのを選んだのだが、部屋に置いてみると、結構でかい。そこだけ見てると、ブルジョアになったような気がするぐらいだ。
 路上生活から転々として、やっとアパートに落着いたとき、別になくてもよかったのだが、形だけでもと思い、リサイクルショップでテレビを買った。いまさら言ってもしょうがないことだけど、安い買物ではなかったようだ。三年持たなかった。あの三倍ほどの金を出せば、こんな贅沢なのが買えるのだから。
 室内アンテナだというと、あまりよく映らないかもしれないですよ、ということだった。なんとか見られればそれでいいよ、そう言っていたのだが、くっきりと映っている。
 「あ、このアンテナで、デジタルが入りますね」と、取り付けに来たあんちゃんは言った。
 「え?」
 「ああ。これはいいですよ」
 「はあ。きれいだね」
 デジタルがどうのと言われてもぴんと来ない、アナクロ人間である。アナログからデジタルに変るときも何もしなくてよいと言われて、ただただ儲かったような気がするだけである。

 今夜の夕食は、五時前にスタートした。何はともあれ、テレビを点ける。「水戸黄門」をやっている。
 「清太郎」
 「おとっつぁん」
 いきなりのそんな場面に、いきさつも分らずとりあえず涙ぐんでしまった。酒もまだ飲んでいないというのに。何はともあれ、新しいテレビは感動的である。

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 面倒だからというか、待ちきれなくて、最近飯を炊くことが少なくなった。午後ずっと家にいたとしても、晩飯のことなど忘れている。腹が減って初めて何を食おうかと考える。それから米を研ぎ始めるのでは、もう遅い。待てるのは、炊飯器のスイッチを入れて炊き上るまで。一時間がいいところで、それ以上待つとなると、酒を飲みすぎることになる。冬場水に浸すのは2時間と、教わったことを律儀に守っているから、冬になって炊く機会が減ったのかもしれない。買ってきた鮨か、冷凍の炊き込みご飯や炒飯、冷凍のうどん、冷凍のたこ焼きなどですませてしまうことが多い。
 炊きたての飯が何よりうまいと、思ってはいるのだ。

 家主から辛子明太子を貰った。これは飯を炊かなくては、そう思えば、午後出かけることもやめるしかなかった。もちろん、用があったわけではない。腹の減らないうちから早々と米を磨ぎ、買物に出掛けた。
 銀ダラの煮付け、ひじきと油揚げの煮物、マカロニサラダ、それに明太子。毎日ちゃんと食っていたはずなのに、久しぶりのまともな献立という気がする。そういえば煮魚が久しぶりなのだ。ほとんどの魚が年々高くなっていくようにかんじているのだが、どうなのだろう。

降るなら降れ

 決断力に乏しいのだろう、きっと。行動が遅い。若いときからそうだったのだろうか。よく思い出せない。
 やめるときの決断は早い。それでもこれを決断力とは言わないだろう。実際あとになって、やっぱりやろう、なんてことにもなるのだから。

 最近では、映画――。
 気になる映画があって出かけた。ここまでは素早かった。そして料金表を見上げ、断念するのも早かった。一般料金が1800円、シニア料金が1000円。シニアまであと少し、それまで映画は我慢しようと、決意までしたのだ。
 その足で浅草へ行き、公園でぼんやり日向ぼっこ。話し相手が出来、その人はまだ勤務時間中でこれから商談だというのだが、同年輩でもあり、映画のシニア料金の話から始まって、年金のこと、高齢になってからの転職、ワークシェアリングと、日向ぼっこにはふさわしい話題で弾んだ。
 それにしても、映画の1800円というのは、高いのだろうか。自分の現在の生活ぶりからいえば、抵抗なく出せる金額でないことは確かである。だけど、テレビがタダだからといって、比較してこれを高いというのもなあ、と急に映画料金の肩を持ちたくなったのである。株主優待券がどこかから手に入って、気が向いたら行ってみようなんて、いつの頃からか甘く見すぎていたようだ。それに映画全盛期の太秦で幼少の時代を過し、粗製濫造のチャンバラ映画とはいえ、小学校に上る前にはエキストラで出演して米代を稼いでいた元けなげな少年である。思い直すのは当然だった。見たいと思ったのだから、決して高くはないのだ。
 翌日また出かけた。
 入口の階段で躓いた。これがよくなかったのだろう。前日も同じところで躓いたのである。ちょうどよそ見をしたくなるような造りになっている。設計ミスだろう。そして決定的なことは、上映時間まで1時間以上あるということだった。それでも待とうといったんは思ったのだが、10分が限界だった。入場できない、座るところもない、やっぱり縁がないのだと思うしかなかった。
 そして三度目に行ったのは、だいぶ経ってからだった。
 料金の1800円も納得している、上映時間も記憶している、まだやっているかどうかが問題だけれど、やってなければあきらめがつくというものだ。そう思っていたのだが、予想外の展開だった。料金が高くなっていて、小人もシニアもなく一律2500円、というのである。あっけにとられてしまった。プラス700円の心の準備がなく、足を踏み出せなかったのである。
 まあ、決断力が鈍いと、手に入れたいものがちょっとずつ遠ざかってしまうという、なにやら教訓のようなお話でした。

 さて、今日は今日で。
 浅草に行くつもりで支度をし、表に出ると雲行きが怪しい。部屋に戻り折畳み傘を持って再度出かけると、今度はパラパラっときた。それで外出は中止。まあ銭湯でも行こうかと、タオルと石鹸に折畳みじゃない傘を持って出ると、今度はやんでいる。銭湯から帰ってくるときもまったく降らない。もやもやした気分でいると、夜になってひどい降りになった。やっとすっきりしたものである。

他人の鞄――解決篇

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 ふだんはだらだら歩くくせに、下り坂になるとめっぽう速い。権之助坂を次々に追い抜きながら下るうち、ふと気になった。今の鞄がよかった‥‥。少し行って振り返ったが、鞄の主は横断歩道を渡るところだった。
 いつまでも他人の鞄ばかり気にしているわけにもいかない。よし決着を付けようと、数日前鞄を買いに行った。金に糸目はつけない、なんてことも思いはしたのだが、百貨店は避けて、近くのダイエーへ。
 なんだか並んでいるのは似たようなものばかり。色もほとんどが黒。まあそれでいい、このうちのどれかに決めようという気になった。あとは店員の一押しである。「鞄をお探しですか」と寄ってくれば、もうそれで決るだろう。ところが見渡しても、店員の姿は見えない。近くのレジにも誰もいない。独力で決めるのかと思えば、また迷いだす。それでもどうにか、ひとつ選んだ。
 そのひとつだけが、一回り小さい。だから選んだようなものだが、これでも寸法が足りてるのか確かめたい。鞄を持ってうろうろしていると、やっと店員を見つけた。素知らぬ顔をして行きすぎようとするのを呼び止めた。
 「A4判が、入るだろうか?」
 即答はなく、それからちょっとした騒ぎになった。

 鞄に合せてみるA4判の適当なものを、彼女は一生懸命探してくれたのである。レジの回り、陳列棚の下の引出し、ひととおり探したようだった。
 「申し訳ありません、ちょっとお待ちください」
 そう言って彼女は、フロアの中央へと小走りに消えていった。しばらくして若い店員を連れて、ともに小走りで戻ってきた。
 「お待たせして、申し訳ございません」
 若い方が鞄売場もついでに担当しているのだろうか。先の店員が派遣であとの若いのが正社員なのだろうか。かんじるところはあったが、紳士たるもの、余計なことは言わないものである。若い店員がレジの回りを探し始めても、そこはさっき探したよ、などと言うのもこらえた。
 「こういうのって、いざというときには、なかなか見つからないものなんだよね」
 優しく言っても、若い店員は恐縮するばかりである。どうやら、とんだ難問を吹っかけてしまったらしい。

 気の短い客ならとうに怒り出してもおかしくない時間が経過して、店員はやっとA4のコピー用紙を一枚持ってきた。鞄に重ねて、
 「入らなくはないと思いますが、皺になるようですね」
 「製本したものなら無理だね」
 「無理かと思います」
 騒がせて「またね」と帰るわけにもいかない。結局別のに決めた。適当に選んだようだったが、最高の選択だったような気もして、早速枕元に置いて寝た。

 さて、ここ数日の懸案は決着を見たのであるが、今日も浅草に行って用もないのに百貨店に入り、鞄売場に直行したのはどういうことだろう。行き帰りの地下鉄で、年配者の提げている鞄に目がいくのはどういうことだろう。変な癖がついたものである。

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