もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

ひとりの団欒

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ひきこもりがちなおじさんの、それでもまあまあしあわせな日々のつれづれ。パソコンとセットで、デジタルカメラなるものをついに手に入れてしまい、おじさんはすこし持て余しています。
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神谷バーの電気ブラン

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 たまには出かけないと。そう思ったときの行先は、いつも浅草である。
 現在住んでいるところでは、一歩出れば知らない人ばかりだが、浅草あたりを歩いていると、知った顔によく会う。
 早くから開いている銭湯で、知った顔に話しかけられた。
 「お盆休みですか」
 「ええ、まあ」
 [休みは、いつまで?]
 「景気が回復するまで、かな」
 「はあ。それはそれは」
 もしかして、知らない人だったかもしれない。

 日曜祭日以外、休みなしに働いてはいる。といっても、午前中だけ。休日がぐずぐずしているうち昼になってしまうことを考えれば、年中休みとたいして違わない。

 神谷バーは相変らず満員。入るつもりでいたわけではなく、吸い込まれるのならそれもいいかなと、覗いてみたのだ。
 ここ十年ほど、一年にきっかり一度来ていた。
 「おや、久しぶりですね」と、決して愛想のいいとは思えない古い従業員が、声をかけてくれる。
 「一年ぶりです」
 それ以上は話すことはない。いつも同じ型なのが嬉しくて、年に一度と決めていたのが、去年途絶えた。
 電気ブランを買ってみた。こういうのは、家で飲んでも、うまくもなんともないのだが。

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 いったいこれは何なのだろうね。いや、食い物のことで文句を言う気持ちは、さらさらないのだ。鯨のベーコンと思って食ったのが、間違いなのだろうね。思い込みはいけない。
 鯨のベーコンの味は、ほとんどしなかった。貧乏臭さのない、上品な味といえるかもしれない。くちゃくちゃ噛む必要もなく、食べやすい。結構なことだ。
 プレスが十分に効いていて、トレイから剥すのが一苦労だった。一枚の薄いベーコンが剥れてきたのだが、よく見ると、何枚かが繋がっている。それらをまた丁寧にばらす、この辺りの作業は、充実感すらあった。
 商業捕鯨の再開を、期待したい。

 豚肉を煮た。明日もあさっても、これを食べることになる。煮汁はしばらくすると、脂の層が出来るはずだ。この脂は炒め物に使い、煮汁も味付けに使う。これから数日、似たような味付けがつづくことになる。

再会――鯨のベーコン

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 鯨が食べられなくなると聞いて、大和煮の缶詰を買い込んだことがある。スーパーに行くたび三つ四つと買い、店頭から消える頃にはずいぶん貯った。鯨ばかりが食いたいわけじゃない。たまに思い出して食っていれば、結構持つだろう、そのうち捕鯨も再開するのじゃないかと、気楽に考えていた。何のことはない、缶詰はたちまちなくなってしまった。

 あるとき、スーパーで鯨のベーコンを見かけた。好きといえば好きなのだが、ふんだんにある頃だって、しょっちゅう食っていたわけじゃない。どちらかといえば、懐かしさのほうがまさる。
 迷った。透けて見えるほど薄いのが二、三切れで300円。出せない額じゃないけれど、まとめて食えばほんの一口である。店内を巡って他の買物をしながら、大いに悩んだ。細かく刻んでキュウリと和えればどうか。果してそれで、食った気になるのか。――よい知恵は浮かばなかったが、ええいままよと決めた。なんだかすごい決断をしたような気になったのだが。
 鯨のベーコンを籠に入れようとして気付いた。いつの間にか3000円になっていた。

 これは300円。今日スーパーで見つけた。迷わず買った。何年ぶりになるのだろう。まだ食ってはいないが。

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 相変らず、食欲がない。切干大根と油揚げを煮たが、これだけじゃなあ、短時間とはいえまだ働いている身だからなと、スーパーへ買い物に出かけた。あっさりしたもので何かないかな、そう思いつつ店内を巡るうち、いつの間にか買いすぎてしまったようである。
 その結果、器が足りない。しょうがない、メインを飾るはずだった冷奴は、明日に回すことにした、傷みやすいものから片付けなければならない。買い物袋を提げて帰ってくる数分の間にいくらか傷み始めているのじゃないかと、心配したくなるほどの暑さである。
 カニは安いと思って買ったのだが、解凍したのを見て、こんなに小さいかったのかと感心した。まあいいだろう、食うこと以外に金を使わない、そういう生活をしているのだから。
 食うだけが楽しみ。なのに何が食いたいのか、思いつかない。そのためにいっとき元気がなかった。他に考えることはないのかと言われそうだが、ないのである。‥‥それでもやっと、これが食いたいといえるのが、見つかった。
 タラコの煮付け。
 生のタラコは、滅多にお目にかかれない。しかもこの季節である。店員に尋ねるのも気がひける。というより、話が通じないのじゃないかと思ってしまうのだ。
 缶詰ならあるかもしれないが、出来れば自分の味で作りたい。ちなみに、ずっと以前に一度だけ作ったことがある。

息子が買った桜餅

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 あげたり貰ったりという付合いは、苦手である。貰うだけなら、まだいいのだが。
 バレンタインデーというのも苦手だった。いや、バレンタインデーにチョコレートを貰うのはいいのだ。そのあとのホワイトデーなるものが、これはもう苦痛だったのである。そのために退職時期を二月の末にしたこともあった。とうに縁がなくなって、せいせいしたと同時に、ちょっと寂しい気もしないではない。

 家主夫婦がいろいろとくれるのである。用があって来るときには、必ず何か携えている。煮物,お新香、九州の息子一家から送られてきた辛子明太子‥‥。「おじいちゃんがビールも持ってってやれって」と、おばちゃん。そのおじいちゃんは、来ない。
 家賃を払いにいったときもそうである。「何かあげるもの‥‥」と、おばちゃんは呟きながらひとしきり台所をうろうろする。おじいちゃんは隣の部屋に籠ったきり滅多に出てこないが、たまに近くにいると、台所の隅を指さして、
 「それも」
 「はいはい、ビールもね」

 半年ほど貰いっぱなしだったけど、さすがに気が咎めた。向島長命寺の桜餅を買っていくと、とても喜んでくれた。翌日、お返しの品をどっさり抱えて、礼を言いにきた。
 「おじいちゃん、もう嬉しそうで‥‥。息子が買ってくれたのだから、こんなにうまいものはない、って」
 「うん」
 おばちゃんはこちらの反応の悪さに、ちょっとがっかりしたようだった。

 コンブを煮た、とそう言ったのである。それから、ヒジキコンブ、と言った。ヒジキなの? コンブなの? と聞かなかった。どうせ食えば分ること、そう思ったのだが、食っても分らなかった。ヒジキは分る。刻みコンブが入っているようにも思えるし、それもヒジキだという気もする。うまかったが、ついに分らなかった。

 最近、おばちゃんが来ると、まず手元に目が行ってしまう。手ぶらだとちょっとがっかりする。あげたり貰ったりというのは、本当に煩わしい。

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