もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

ひとりの団欒

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ひきこもりがちなおじさんの、それでもまあまあしあわせな日々のつれづれ。パソコンとセットで、デジタルカメラなるものをついに手に入れてしまい、おじさんはすこし持て余しています。
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重い鞄が外れた

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 数日前、スーパーの店先にあったセロリを、香りに釣られてつい買ってしまった。ここのところ体調はよくないのだが、それにしてもこんな強い香りにひかれるとは、どういうわけだろう。思い当るふしはない。
 何度か食ったことはあるものの、長い自炊暮しにあって、買うのははじめてのことだった。買い物袋を提げた手に、すっかり香りが染み付いてしまった。
 このまま齧ればよいとたかをくくっていたのだが、なんだか硬そうである。歯は丈夫ではない。といって皮を剥けば、なくなってしまいそうだ。とりあえず二本のうち一本を細かく刻んだ。しゃれた西洋野菜と思っていたのだが、無残な姿に変り果てた。歯ざわりも、よくなかった。
 翌日,残ったもう一本と,葉の部分を、醤油と味醂で煮ることにした。ピューラーを気休め程度に当ててみた。こんなので皮を剥いたことになるのかなと訝りながら、刻んだものを口に入れると、これが気持ちよかったのである。最初からこうすればよかったのだと、また一切れ口に入れたが、すでに煮汁が沸きはじめていた。
 結局、台所でつまんだ二、三切れだけが、セロリであった。

 路上生活からドヤに移った頃、体調の回復、急上昇というのを実感した。実際にはまだ痩せていたし、さほどよくなったわけでもなかったのだろうが、とにかくそれ以前とは雲泥の差なのである。二度と路上には戻りたくない、これをきっかけに普通の暮しをしたいと、切実に思った。
 ドヤで風呂に入り、夕食をすませると、毎日のように出歩いた。素足にサンダル履き、ジャンパーの下はTシャツ一枚だけ。十二月だったが、寒くはなかった。
 その数日前までは,上には七枚着込んでいたのである。肌着、Tシャツ、カッターシャツ、セーター、マフラー、ジャンパーが二枚。寝るときにはその上にレインコートをはおり、あちこちに新聞紙を詰め込んでいた。
 重い鞄も、肩から外れた。身軽だった。浅草から向島にかけてぶらぶら歩いた。寝ていた場所を眺め、途方に暮れて歩いていた道を辿り、二度と戻りたくないと、思いつづけていた。

しみじみとしみわたる

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 突然、蜆の味噌汁、と思った。他のことは何も考えられなくなった。本も読めなくなった。勤務時間中のことである。しょうがない、必ず作るからと、ほしがっている体に言い聞かせた。この約束は、うやむやには出来ない。
 好きなのだが、あまりやったことはない。作るのも、べつに面倒ではない。食うのが面倒なのだ。一粒一粒身をほじっていると、何を食っているのやら、何のためにそんなくたびれることをしているのやら、分らなくなるのだ。身は残せばいいと、簡単に割り切ることが出来ないのである。半世紀の間に身に付けた習慣を、すっぱり否定するなどとうてい出来ない。だから、避けていたのだった。
 もしや、この半世紀の間に、蜆はいっそう縮んだのだろうか。

 スーパーで見つけたとき、結構高いんだなと、まず思った.小さなパックが、マグロの切落しより高い。辛子明太子と同じぐらいである。ローストビーフとも、どっこいどっこいである。けれどしようがない、蜆を買いにきたのだから。比較したもろもろのものとあわせて買えば、まあ安い買い物だった。

 蜆の味噌汁が、体の隅々にしみわたる。使い古した体のどこかが、傷んでいるのかもしれない。

突然、贅沢な暮しに

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 胃の具合があまりよくない。夏バテなのか。思い悩むことがあるのか。そのあたりもよく分らない。路上生活からはじまって,ドヤや施設での暮しの間にはすっかり忘れていたが、もともと繊細な体質なのである。普通の暮しに戻って三年、体質も戻ってきたのかもしれない。
 それでも、食う。

 路上から山谷のベッドハウスに移り、胃カメラの検査を受けた.異状なし。
 「来月の検査も、あまり意味がないかもしれないですね」
 ケースワーカーについ余計なことを言ってしまうのである。もう大丈夫です、そう聞えると困るのだが。
 「検査は受けたほうがいいよ。‥‥そうだね、ずいぶん元気そうになった」
 その検査が済むと出なくてはならないのか、恐る恐るそう聞けば、正月明けまでは見てあげます、という答えだった。もともとが降ってわいたような話だったから、それで十分だった。おまけに、こう言ってくれたのである。
 「ただ追い出すということは、しませんから。年が明けたら、自立支援センターのことも含めて、今後のことを相談しましょう」
 思わずうっすらと涙を浮べてしまった。情けなさもあってのことだったが、なかなかどうして芝居っけもあるじゃないかと、自分ながらそんなふうに思ったりした。
 ケースワーカーは、ベッドハウスから料金の高い個室に移ることを認めてくれた。
 「酒は飲みますか」
 「はい。金が入ったので、つい飲んでしまいますね」
 「もし酒を飲みすぎて、倒れたり、しくじったりしたら、あとの面倒は見られませんよ。ほどほどに飲むのならいいです。年末だしね」

 ドヤの個室に、カセットコンロや、百円ショップで買った土鍋やフライパン、食器を持ち込んで、自炊を始めた。たまに飯も土鍋で炊いた。フライパンで塩鮭を焼き、ちゃんと焼魚の気分を味わった。そこに面倒だとばかりに、モヤシやネギも一緒に放り込めば、それはそれでうまかった。豆腐と鶏肉は毎日のように買った。鍋にはちょうどよい季節だった。とんでもなく贅沢な暮しに思えた。

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 休みが二日つづくので,ほとんど籠城である。いつもより遅く起出し、紅茶と、エクレアだったかな――ゴミ箱かき回せば分るのだろうけど――そんな菓子で朝食。一時間も経たないうちに昼食で、ホウレンソウの炒め物、目玉焼き,焼海苔、味噌汁、ご飯。じつは昨日の午後から籠城は始まっていたのだが、冷蔵庫はほとんど空で、あれが食いたいこれが食いたい甘いものが食いたいと、さんざ妄念に振り回されたあげく,意を決して買出しに行ったはいいが、とたんに欲求はおさまり、それ以来買い込んだものの始末のために食事をしているといったふうである。とくに甘いものはそう、あればまったくほしくない。
 そしていつの間にか、夕方五時の音楽が流れる。
 フライパンに厚めに油を敷いて、冷凍のポテトを揚げる。焼鳥の残り、一個残っていたトマト。これで十分のはずだったが、飲んでる途中で、また台所に立つ。まだ残っていた焼鳥、それからポテト。しばらくして、またまた台所に立つ。フライパンに油が残っている。そこに残っていた冷凍シューマイと冷凍インゲンを放り込んで、やっと気がすんだ。
 有意義な時間を過したいと、思ってはいるのだが。

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 食欲がまるでない。もはや夏バテか。それでも、夕方五時に地元の音楽が流れ始めると、しっかり酒を飲み,飯も食う。食えるのだからいいようなものの、なんだか値打ちがない。昨日スーパーで30円で買って、そのまま忘れていた「ブナピー」だかなんだかを、よく分らないので、とりあえずバターで炒めてみた。結構いい。食っているうちに食欲が出てくるのが、浅ましい。

 さて。
 山谷の福祉センターでパンを貰ったことは、路上生活をつづけていく上で、画期的な出来事だった。いつくたばってもいい、そう思いつづけてきたのが、すこしばかり揺らぎ始めたのだ。
 脱け出す機会が、あるかもしれない。
 そのための努力を何もしないにしても、機会に恵まれるまでの時間稼ぎが出来るかもしれない。そんなところだった。
 もう一度福祉センターに行って、こんどはもっと要領よく受け答えしてみよう。それとも、墨田区役所に行ってみようか‥‥。浅知恵がついたのだと、卑屈な気分にならないでもなかった。それでも、なんだかやることが出来たと思えば、もともとのせっかちな気性が頭をもたげてくる。福祉センターでパンを貰ったその日のうちに、墨田区役所に向った。路上生活を始めて四ヶ月、十一月の下旬だった。
 他に収穫はなくても、パンだけは貰えるものと、決めてかかっていた。それがあっさり撥ねつけられたのである。
 「パンは出していません」
 にべもない返事だったが、さっさと追い払おうという態度には見えなかった。
 靴を貰えないか聞いてみた。
 「ここで靴や衣類を差し上げるということは、していません。他には?」
 なんだか冷たい応対だったなと思うのは、それから何年も経ってからのことである。
 仕事を見つけて社会復帰したいことを告げれば、そういった施設があると教えてくれた。それから、健康状態を聞かれた。
 「こんな暮しをしてますからね。よくはないですけど、とくに悪くもないと思います」
 簡潔に話し終えたつもりが、妙な間があいてしまった。職員は黙って顔を見ている。まだこっちの話す番だったようである。
 「いやなにおいがこみ上げてくることがあります。軽い胃潰瘍じゃないかと思います。よくあるんですが‥‥」
 「分りました。病院を紹介します。診察を受けてください」

 その足で浅草寺病院へ行った。問診はあったが、検査しなければなんともいえない、ということだった。検査の日程が決る。胃カメラが二,三日後、なんだかよく分らない検査が、ひと月あとの十二月二十五日。そんな先のこと‥‥と、きょとんとしたものの、そのまま区役所に戻った。そっちの検査は受けられないかもしれないなと、そのぐらいに思っていた。それが、救いの神だったことに、すぐには気づかなかったのである。
 「分りました。その検査が終るまで、生活保護ということになりますね」
 担当者が交代し、根掘り葉掘り聞かれたあと、いくらかの現金を貰って、山谷のドヤを紹介された。
 好転なのである。やっと気づいたものの、ほくそ笑むことは出来なかった。笑顔を見せたとたん、ちょっと待った、と言われそうだった。神妙な面持ちのまま、区役所をあとにした。いったんドヤに落着き、久しぶりに手にした金を持って、買い物に出かけた。総菜屋で卵焼きと煮魚とマカロニサラダを買い、発泡酒を二本買い、ベッドの上で噛み締めて食事をすれば、胃潰瘍はたちまち消えたようである。
 浅草寺病院が工事中だったことは知っていた。本堂の裏にぼんやり座りこむことがたびたびあり、その視界に工事中の病院はあったから。不可解な検査の日程は,工事が絡んだものだとは思った。それでも、粋なはからいだったのである。

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