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生たらこ生たらことずっと焦がれていて、はるばる御徒町で見つけたその日はまだ暖かかったから、帰途腐らせはしないかと気を揉むほど大層なことだったが、なんてことはない、近所のスーパーでも見つけてしまった。季節のものということなのだろう。このあいだのより小さめだが値段も半分、較べるのは難しいが、どうせ買うのだ。あとは倹約して特売の小松菜だけ。 |
ひとりの団欒
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近いけれど、そのスーパーにはあまり行かない。よそよりいくらか高めのようである。魚なんかも清潔だけど、なぜか旨そうに見えない。まあそのへんは、ひねくれたおじさんとの相性の問題だろうが。唯一気に入ってるのは、いつもすいているということ。 |
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向島から浅草を経て上野へ。すっかり歩きなれた道である。かっては途方に暮れて歩いたこともある。それを思い出してか、なんだかまたも途方に暮れた気分になった。帰る住いはある、もう重い鞄も肩に食い込んではいない、それなのに心が覚束ない。こんなときに口ずさむのはこの歌。「ふしあわせという名の猫がいる いつもわたしのそばにぴったり寄り添っている‥‥」気分がぴったりなので、結構うまく歌えているような気になる。 |
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一年以上も前のこと、スーパーの買物袋を提げての帰り道、交番の前に差しかかったところで、「ちょっと」と呼び止められた。どきっとしたけれど、声をかけたのは自転車に乗ったおばさんだった。おまわりさんは無表情に立っていた。 |


