もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

ひとりの団欒

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ひきこもりがちなおじさんの、それでもまあまあしあわせな日々のつれづれ。パソコンとセットで、デジタルカメラなるものをついに手に入れてしまい、おじさんはすこし持て余しています。
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 料理を作るのはいいけど後片付けが嫌だという声をよく聞く。料理を作るたいていの人が判で押したようにそう言うのだ。どうしてなんだろう。後片付けがこまごまと料理を作ることに較べて大変だとはとても思えないのだけれど。
 などとわざとらしく問いかけてみても答えはごくあっさりしたものかもしれない。食ったあと動くのが面倒だから。

 というわけで器はあまり使わないようにした。買物は風呂帰りに肉屋だけですませたものだから豚バラ肉とネギの炒めものに焼き豚とポテトサラダ。このあと皿をそのまま使って冷凍のチャーハン。環境にもいいだろう。

白菜は胡麻和えにでも

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 鶏の骨付き肉、豚のバラ肉、鱈、と内容を変えながら、数日似たような鍋を作っていた。冷蔵庫の野菜室を占拠した白菜を早く片付けたいがためである。図書館から「簡単・漬物」なる本まで借りてきたのは、ちょっと大げさだったかも。べつに山ほどの白菜を貰ったわけじゃない、半分のを買っただけのことなのに。それでも漬物に興味を持ち始めた。安いカブが手に入ったら、甘酢漬けなどしてみたいものだ。
 白菜は順調に消化されつつある。

 今日は違うものが食いたい。
 ちょっと気の利いたものが食いたいと、いつもながらそう思うのだが、スーパーへ行けば、まず何が安いのかを見るくせがついてしまっている。安いものがなくて何を食ってよいのか分らなくなり、空のかごを提げたまま呆然としたこともあったほどだ。今日の特売は、鶏もも肉、辛子明太子、蒟蒻、大根、ネギ。店のおすすめのまま、すべて買った。つまるところ、代り映えのない献立である。白菜は胡麻和えにした。

ひとりでお鍋を

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 何が食いたいのか思いつかないのはいつもそうで、買い物の前に冷蔵庫を点検することから、献立も決り始める。ちょっとつまらない気もするが、ま、そんなものだろう。無性に食いたいものがあっても、簡単には手に入らないのだから。たとえば、生たらこ、生麩。それらは先の楽しみということにして、とりあえずは、残っているネギ、レンコン、塩鮭一切れを片付けることである。
 鶏のもも肉を買うつもりでスーパーへ行ったのだが、なかった。いや、ないということはないのだろうが、いつもある場所には、鶏の骨付き肉がこれ見よがしに置いてあった。これで水炊きをしろということか。そういえば、白菜も目立つところにあった。いいでしょう。
 骨付き肉と白菜、あとはセロリ、それと栗羊羹。
 帰り道、豆腐を忘れていたことに気付いたが、それもまあよしとしよう。

 白菜は二分の一のを買ったので、結構使ったつもりでも殆ど減っていない。しばらくはせっせと白菜ばかり食うことになる。鍋の季節が始まったのだ。

外食は疲れる

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 性格の欠陥はいいとしても、体の欠陥は辛い。目が近くて耳が遠い、鼻が詰る、ノドは繊弱。歯はあるときまで健康だったのが、酔って前歯を折って以来、がたがたである。足の裏には魚の目が出来ている。本体のほうは頑丈な部類に入るらしいが、部品がそんなかんじだから、自分のことをついひ弱な人間だと思ってしまう。精力的に行動するタイプでないのは、部品の欠陥によるものだと思う。
 たいていのことには馴れっこになるものだが、夜中に咳が出るのは、いつも新鮮な辛さがある。風邪を引いたらしいと、そこで初めて気付かされることもある。そのせいか風邪をこじらせることはあまりなく、昔から風邪で仕事を休んだことは滅多にない。風邪を休む理由にすることはあったが、これはてっとり早いからである。
 食事をしていて、口の中のものをぶわっと噴き上げてしまうことが、たまにある。べつに笑わされたわけじゃない、ひとりでぼそぼそ食っているときに、突然起るのだ。ノドの欠陥によるものである。飲み物でもたまにやる。口に含んだお茶を、パソコンめがけて吹き付けたこともあった。
 外食に消極的なのは、このへんにも理由があると思う。噴き上げてしまう恐怖と常に戦わなければならないのである。

 外での失態で、思い出せるのはひとつだけだが、本当にそれだけだったのだろうか。
 殺人事件でさえ時効が成立している二十年も前のことだ。競艇に行く前に腹ごしらえに連れと入った、神田の牛丼屋で、突然、うっと来たのである。本能的に半分ほど残っていた丼をかばってしまったものだから、噴出したものはそのあたりに派手に散らばり、紅生姜の容器まで汚染された。その途端、従業員はそっぽを向き、四、五人いた他の客は俯き、連れも知らん顔をしたのだ。誰もツッコミを入れない静寂の中で、ナプキンでせっせと飯粒を集めていたその時間の長かったこと。
 それ以来外食のときはがつがつ口に放り込まないことを心がけてはいるのだが、つい忘れてしまい、ふと気がついて、ひやっとすることがある。これでは食った気がしない。

家でホッピーを

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 焼酎をはじめて飲んだのは、もう三十年以上も前で、遊び友達の鮨屋の職人に教えられた。
 池袋の「長野屋酒場」に連れていかれた。知る人ぞ知る店である。知らない人はもちろん知らない。
 カウンターも柱も黒光りしている。灰皿はなく、吸殻は床に捨てるらしい。親父は偏屈で、注文してもほとんど返事しない。遅くて催促すると、「今やってんだから」と怒る。実際通し忘れていることもたびたびあり、そんなときだけにこっと笑って、案外かわいかった。
 初めは友達に倣って、焼酎は三ツ矢サイダーで割った。

 会社の上司が、池袋にいい飲み屋があると誘ってくれた。連れていかれたのがやはり「長野屋酒場」だった。上司に倣って焼酎はホッピーで割って飲んだ。鮨屋の休みの日で案の定友達も来た。なんだか浮気の現場を見つけられたみたいな気分だったが、それ以来ホッピーが主力である。
 その当時はまだ焼酎に偏見があった。割って飲んでいるのである。量は人それぞれである。それなのに、うわばみだと思われた。

 外で飲まなくなってから、ホッピーも滅多に飲まない。まあウーロン茶でもなんでもいいわけだ。その程度のもので、こだわるようなものではないのだが、スーパーで見つけたので、一本だけ買ってみた。
 いつだったか、焼酎の4リットル入りのボトルを抱えてレジに並んでいたら、前のおばさんが振り返って、「お強いんですね」と話しかけてきた。
 「いや。一晩で飲むわけじゃないから」
 にこやかに答えたつもりだったが、そんな顔に見えなかったのかもしれない。
 「そりゃ、そうでしょうけど」
 おばさんは二度と振り返らなかった。



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