もつれるチーズ

今夜の酒の肴は何にしようかと、朝から考えています。

ひとりの団欒

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ひきこもりがちなおじさんの、それでもまあまあしあわせな日々のつれづれ。パソコンとセットで、デジタルカメラなるものをついに手に入れてしまい、おじさんはすこし持て余しています。
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戻し干し椎茸

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 椎茸を煮た。なかなかいい出来映えである。スーパーで埃をかぶっている瓶詰めのうま煮と較べても遜色がない。無理して詰め込んでいない分、見てくれは勝っている。見てくれは関係ないと、常々言ってはいるのだが。
 せっかくだから,ちらし寿司を作ってみた。祭りの時期でもあるし。これは混ぜるだけのやつ。寿司酢と具の入った袋を左手に持ち、かき出す匙と混ぜるしゃもじを右手に持っているので、うちわで扇ぐことが出来ない。せめてもと思い、ふうふうと息を吹きかけてみた。多少ツバが飛んだかもしれない。
 干し椎茸はもっと使いたい食材なのだけど、戻すのに時間のかかるのが難である。タッパに水を張って漬けておき、前日から冷蔵庫に入れておくのだけど、入れたことを忘れることもあるし、気が変ることだってある。戻し干し椎茸、なんてのがあれば便利なのだが‥‥、そんな半端なものは、需要がないか。

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 出かければ、あちこちで祭りにぶつかる。向島も祭りだった。
 自転車でぷらぷらしている知人に会った。路上生活をしていた頃、たまに差し入れに来てくれていたその人は、こちらの暮しのめどが立ちかけた頃、失業した。入れ替わりにこっちが路上生活だと深刻に言うので、いっとき電話をかけて様子を聞いたりしていたのだが、いつまで経っても浮ぶでもなく沈むでもない様子で、どうせ出来ることといえば、路上生活に落ちた場合、やってもらったように差し入れをするぐらいのこと、よって立つところは一人ひとり違うのに、あれこれ聞き出しても仕方ないと、いつの間にか疎遠になっていたのである。聞けば新しく勤め出して二年になるという。もう駄目だと騒いでいたのが一年半ほど前だから、そのあとすぐに仕事を見つけて二年目になるということなのだろう。いくらいくら貰っていると金額まで言い、安くてばからしいとこぼしていたが、前と較べて悪いわけじゃなく、その口ぶりは彼なりの見栄みたいなものなのだろう。前のところではいくら貰っていると言っていたのか、物好きにもこちらは記憶しているのである。相槌を打つだけの、立ち話だった。
 立ち去り際に、誰それが死んだと、言い出した。
 「誰、それ?」
 「あの頃、その辺りに、小屋を作っていた人だよ」
 「知らない」
 「いや、知ってるはずだよ」
 年齢はいくつぐらい、これぐらい太っていて、と説明するが、埒が明かない。同じ時期同じ辺りで路上生活をしていたからといっても、ほとんど誰とも親しくしなかったのは、彼も知っての通りなのだが。
 「まあ、顔を見れば分るかもしれないけど」
 「うん。顔見れば、分るよ」
 もう顔を見ることの出来ない人なのである。
 また連絡するといって、なんだか中途半端に別れた。

 桜餅を買うためだけに来たのであった。敬老の日に、家主の老夫婦に長命寺の桜餅を贈ることを、だいぶ前から決めていた。知った人であろうと、誰が死んでももうあまり驚かないが、家主の老夫婦には、長生きしてもらいたいと思っている。

大名煮(だき)

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 大名煮を作ってみた。たくあんを塩抜きして、甘辛く炒め煮にするのだけど、今どきのあっさりしたたくあんなら、塩抜きもほどほどでいいのだろう。材料はたくあんの他に、鷹の爪とシラス干し。昔、金子信雄がやっていた「楽しい夕食」という料理番組で知った。同じ番組でこれを二度やったのを覚えている。平日の昼下がりの番組なのに、そんなによく見ていたことに驚いてしまう。その頃働いていなかったのだろうか。
 たくあんを塩抜きしたあと、布巾でよく水気を切るのが常識だけど、手抜きしてそのまま熱した油の中に放り込む。油が弾け、思わず腰が引ける。ちょっとした刺激である。終日寝ぼけているみたいなのが、ほんのいっときしゃきっとする。よい子は真似しないように。

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 豚肉に小麦粉を振り、溶き卵にくぐらせ、焼く。卵を使うのが好きなので、昔からよくやる手である。「豚肉の黄金焼き」なんて勝手に名前をつけていたが、どうやら「ピカタ」というのはこういうものらしいと聞いたのも、ずっと前の話である。そうかピカタを作っているのかと思えば、なんだかもっともらしい料理の気がして、やはりカタカナに弱いところはあるようだ。
 外で食うと言えば、カレーライスか牛丼、せいぜいが天丼で、ピカタなんて注文したことがない。何十年も知らないままで、不都合がないばかりか、知らないゆえに楽しみすらあった。洋食店でピカタを頼めば、どんなのが出てくるのだろう、この見た目のよくない「豚肉の黄金焼き」より、遥かにうまい食べ物なのだろうか。死ぬまでに一度でいいから食ってみたいものだと、そう思っていた。ピカタピカタピカタと、頭の中で音を流してみるのも、妄想の世界へ誘われているようで悪くない気分だった。
 インターネットを始めてから、ちょこちょこと調べる癖がついてしまった。せっかく知らずに大切にしていたことを、あっけなく知ってしまうことが多くなった。「ピカタ」も、ついに調べてしまったのである。肉や魚の薄切りに小麦粉と卵をつけ‥‥うんぬんとある。あ、そう、それだけ? 知らない部分を適当に想像で埋めていたのが、埋める必要もなかったのである。
 知ってしまったからには仕方がない。引くに引けない気分でいくつかレシピを探してみた。薄切り肉の間にマスタードと粒胡椒を塗る、などというのを見つけて、一度ためしてみようとは思っていた。
 ただ、これをやるのは、冷蔵庫に豚肉以外目ぼしいものがないときである。材料を揃えて、などという気分のときなら、別のものをめざしてしまうだろう。肉じゃが、とか。ましてマスタードだ粒胡椒だと、このためにそんなものを買えば、あとあと持て余してしまうのは分っている。というわけで、前置きが長かったが、本日豚肉に塗ったのは、マヨネーズにすりゴマを混ぜたものである。味は、まあ、なんというか、なかなかのものだった。ビールにはよく合った。ただ、何も塗らない肉より遥かにうまいかと聞かれると、それはなんとも‥‥。

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 三年ぶりに酒を抜いてみようと思っていたのだが。
 積極的に抜こうとしたのではなく、買物に出るのが邪魔臭かったからだ。冷凍の「鶏ごぼうごはん」があるから、それだけ食えばいいと思っていた。冷凍の「ちゃんぽん」もある。
 札幌12レース、中山12レース、中京12レースとはらはらすることもなく終り、ラジオを片付けるために立ちあがり、そのついでにシャツとズボンに手をかけていた。ふと、出かけないつもりだったことを思い出したが、簡単な着替えは、すでに終っていた。
 着替えるのが邪魔臭い。そのために立ち上るのが、邪魔臭いのだ。だいたい帰ってくるとパジャマに着替えてしまうから、出不精になるのだろう。パジャマに着替えず、寝転ぶこともなければ、もっと軽やかに動けるのだろう、と思わないでもない。それと、別のことに気をとられていれば、あまり邪魔臭いとも、かんじないようだ。そういったことが分ったからといって、今後の役に立つということは、まあないだろう。
 実際家を一歩出てみれば、このままバスに乗り、電車に乗り換えて、浅草まで行ってしまおうかという気になったほどだ。バスがすぐ来ていれば、そうしただろうが‥‥。



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