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フェリー船着き場前のエミノニュ広場では、3月29日の市長選挙に向けて初老の議員が 街頭演説をしていた。その後多くの報道陣に囲まれて、インタビューを受けていた。 こちらはパムッカレのバス停前広場で、村長選の街頭演説風景。 若者は都会に働きに行ってて、残された老人と子供だけが村長選を盛り上げていた。 トルコ国鉄「スィルケシ駅」。 駅前には大勢の客が溢れていた。列車が動いてないのか?切符窓口に行って確かめ に行くとやはり窓は閉まっていた。 列車に乗って、イェディクレ要塞に行きたかったが諦める。 国鉄駅のすぐ前にある路面電車の切符(コイン)を売ってる店舗(写真)。 ここで切符を買い、路面電車(メトロ)で宿に帰ることにした。 初乗りでも終点まで行っても一律1.4YTL 約80円と安い。 チェンベルリタシュ駅で下車し、 駅前のレストランでピザと紅茶で昼食。 昼食後、宿に戻り帰国の荷造り。 路面電車と地下鉄を乗り継いでで空港に着くと、17:50発の成田行きゲート待合室には、カッパ ドキアのツアーで一緒だった静岡大学の女子大生グループが既に椅子に座って談笑していた。 8日間のトルコ旅行も今日でおしまい!あっと云う間に過ぎ去った。
もう少し滞在していろんな所に行きたかったが、8日間では全てをカバーするには短すぎた。 又、日を改めて再度行こうと考えているがいつの日になるのやら。。。 |
トルコ
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パムッカレから列車を使ってイスタンブールに戻ろうとして、デニズリ駅に行ったが駅はクローズ。 なぜ動いてないのだろう?シーズンオフで客が乗らないからなのか?長距離はバスは疲れるので ゆったりと列車に乗って帰りたかったが残念! 夜行バスでは宿代は浮くけど睡眠不足は免れない。 長距離バス(夜行)は既にエジプトで2回、トルコに来てからも2回乗ってるので、できれば列車で帰りたかった。結果、今回の旅行で過去最高の5回も夜行バスに乗ることになった。 やむを得ずデニズリのオトガルから「METRO」社の夜行バス(19:30発)に乗り込んだ。 翌朝7:00にイスタンブール着。 ところが市内にあるエセンレル・オトガルじゃなく、アジア側の郊外にある「METRO」社専用の オトガルで降ろされてしまった。ここから無料のミニバスでアジア側のフェリー乗り場まで送ってく れた(所要1h) フェリーに乗り換えると、アジア側からヨーロッパ側に勤めに行く乗客が殆んど! 勤め先に車で行く人、歩いていく人と色々な人が乗っている。 船上からは、アジアとヨーロッパの架け橋のポスポラス大橋が見える。 ポスポラス海峡から見たトプカプ宮殿とアヤソィア博物館。 フェリー着き場はガラタ橋のすぐ近くにある(所要約20分) 対面にある大きなモスク「イェニ・ジャーミィ」 モスクの前のチーズ店を横切るとエジプシャンバザールに出る。 ビーンズ店。 鮮魚店。 オリーブ店。 スパイス店と雑貨店が延々と続く。 チーズ店。 グランドバザールに比べると規模は小さいが食料品のほか何でも売っている。 バザール裏の出口。 出口近くで栗を焼いて売っていたので買って食ってみた。
半生で、口の中に入れて噛むとカリカリと音がする。それほど旨くなかったが全部食べてしまった。 |
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降雪のなか、ギョレメのオトガル(バスターミナル)を19:30分に出てデニズリ のオトガルに着いたのが翌朝5:30分。 バスが着くと待ち構えていたように、2人組の男が来て私のバックを奪い取り彼達の ワゴン車に乗せた。「ホテル アル ヤスイダイジョウブ」と言っている。危ないと 思い荷物を取り戻して車を離れた。それにしてもかなり強引すぎるキャッチセールス だった。 写真はデニズリのオトガル。 2hほど待って別なミニバスに乗って、8:30にパムッカレ村にやっとこさ到着。 池の前にある「ヒエラポリス」の案内板。 チケットを買い、さっそく靴を脱いで石灰棚を昇り始めた。 すると丸っぽい石の穴から、ゴーゴーと音を立てながら勢いよく温泉が噴出している。 噴出した温泉は狭い溝を通って、真下の池方向に落ちていった。 この温泉水(カルシウム、二酸化炭素)が石灰棚を作り上げる。 それにしても長い年月をかけて段々畑のような、不思議な世界を造り上げた大自然 の力はすごい! 更に裸足で石灰棚を登って行くと、遊歩道がありそこを歩いていくと頂上にでた。 頂上の温泉水のたまり場では、観光客が足を浸して楽しんでいた。 冬場だったので、海パン一つで全身を浸した人はいなかった。 ドミティアン門。 3つの連続アーチと円筒形の石積みは雄大で美しい。 北ビザンツ門からの通路。 ヒエラポリス博物館。 円形劇場。 紀元前2世紀に造られたローマ劇場。 劇場の最上段から眺めた遺跡と山並み。
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カッパドキアのギョレメ村滞在3日目(3月14日)で遂に雪に見舞われた。 ホテルに閉じこもってる訳にいかないので、レンタサイクルで外に出かけた。 最初に「ウチヒサル村」を目指して上り坂を必死にペダルをこいだ。 幸い路面に雪は積もってなかったので、目的地までいけると思ったが 雪が容赦なく顔を叩き、そして上り坂と条件が悪く途中で引き返す。 目的地を変え坂道を下って、焼き物で有名な「アヴァノス」方向に自転車の タイヤを向けた。気温は−8度。ハンドルを握る手がかじかむ。 アヴァノスへの道路はフラットで自転車もスピードが出る。しかし元々交通量が 少ないカッパドキアの道路では、スピードを出す車だらけで水溜りで、バシャーッ バシャーッと跳ねが遠慮なく襲い掛かる。 道中、亀の頭のようなキノコ岩。 場所を変えれば、違ったキノコ岩に出会える。 岩の手前に孤立したキノコ岩。 ゼルヴェ野外博物館前には数台の観光バスが停まっていた。 草原の先には「エリンギ」のような形のキノコ岩。 夕刻、泥んこの服装でギョレメ村に戻り夕食。 今はシーズンオフなのか、半分以上のレストランがクローズ。 比較的混んでいたレストランを見つけ、壷焼きケバブとビールをオーダーする。 トマトベースのチキンと野菜の煮込んだ壷焼きがテーブルに運ばれてくると、スタッフが
金槌で壷の首をカット! バキッと鈍い音がして破片が周囲に飛び散る。その音で客が一斉 に目を向ける。その珍しい光景に客は大喜びだった。 |
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ギョレメから50kmほど行った所にある「ウフララ渓谷」。 全長12kmで、切り立った崖の高さは100m以上り、ちょっと オーストラリアのキャサリン渓谷と似ている。 ここで8kの道のりをハイキング。 渓流では釣り人が体長20〜30cmのニジマスを釣り上げていた。 近くにある湖。 又、教会もありキリストのフラスコ画が残っている。 渓谷で昼食をとった後に、「デリンクユ地下都市」に移動。写真は案内板。 地下都市入口。 洞窟内の狭い通路を降りていくと、 食糧庫(奥)に辿り着く。裸電球がぶら下がっているが、目が慣れるまで時間がかかる。 そして狭い通路が枝分かれしていて、迷路になっている。 更に狭い通路を半身になって降りていくと、 学校の教室に着く。 地下8階のこの都市には、4万人が住んでいたらしい。 又、この近くにある「カイマクル地下都市」にも2万人が住んでいたとのこと。 地下8階から薄暗い階段をゆっくり昇って行くと、 やっと出口にたどり着いた。 それにしても何のために、こんな巨大な地下都市を造ったのか?
4世紀にはキリスト教文化の一大中心となったカッパドキアに、無数の 修道院や教会が岩山に築かれたが、やがて外敵(ペルシャやイスラム帝国 、ローマ帝国)から逃れる為に、巨大地下都市を作ったと言われている。 |

あけおめよろ

