たいまつ

体調不調により、ブログをお休みします。

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いちごいちえ

 
 
みなさん♪
 
遅まきながら、明けましておめでとうございます
万事に未熟な僕ですが、昨年同様、
本年も、どうぞ宜しくお願い致します。
 
 
 
今日は仕事が終わった後、あるご友人のご自宅へお招き頂き、
オードブルをご馳走になりました♪
沖縄のお正月は、「お節料理」より、「有り合わせのオードブル」で
済ませるご家庭が多いのだそうです。帰り際、
「お招きくださった上、たらふくご馳走になり、ありがとうございました。」
お礼を言うと、そのご友人は、一言、仰いました。
 
食べに来てくれて、ありがとう
 
 
そうそう、それから、「島人ぬ宝」の記事にご登場頂いた、
“水曜会”のメンバーの一人、「シマちゃん」に、先日お会いした際、
あの時のミニライブで僕が撮ったシマちゃんの写真を差し上げたのですが、
その時、全盲のシマちゃんは、一言、仰いました。
 
ありがとう。でも、見ることができなくてごめんね
 
 
 
優しさって…
 
 

 

 
 
 


 
 
..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
いちごいちえ
 
詞:RYOJI
曲:RYOJINAOKIT
唄:やなわらばー
 
..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
 
 
   
笑い続けてこれた出会いに 愛を伝えよう
 
僕が努力する姿を 貴方が見てた
 
 
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つながり続けてゆける出会いに 愛をたたえよう
 
あなたが涙する姿を 僕は知ってた…
 
 
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早く時が経てばと 大人への憧れ 時に強く
 
わざと悪戯をして 怒られる事で愛をおぼえた
 
 
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雨はにわか雨 だからと傘もささずに
 
笑うおじさん
 
 
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ねえ 教えてよ ねえ 
 
人はどうして人を求めるの?
 
 
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笑い続けてこれた出会いに 愛を伝えよう
 
僕が努力する姿を 貴方が見てた
 
 
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つながり続けてゆける出会いに 愛をたたえよう
 
あなたが涙する姿を 僕は知ってた…
 
 
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早く楽にさせると 母への約束 言葉にせず
 
わざと隠し事して 驚かす事で 夢をおぼえた
 
 
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雨は明日には 上がると 
 
天気予報も 見ないおじさん
 
 
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ねえ 教えてよ ねえ
 
僕はどうして人を求めるの?
 
 
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求め続けてこれた出会いに 愛をささげよう
 
僕の変わらない全てを 貴方が見てた
 
 
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諦めず続けてゆける出会いに 愛を伝えよう
 
貴方が努力する姿を 僕は知ってた…
 
 
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時にはがむしゃらで 愛の意味すら分らずに愛と
 
すれ違って ムキになって 夢を追いかけたあの頃も
 
 
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今ではやっと笑えるよ 過去があっての今の僕と
 
だから 出会い 笑い 喜び 
 
 
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人として
 
人を愛してゆくよ♪
 
 
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笑い続けてこれた出会いに 愛を伝えよう
 
僕が努力する姿を 貴方が見てた
 
 
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つながり続けてゆける出会いに 愛をたたえよう
 
あなたが涙する姿を 僕は知ってた
 
 
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求め続けてこれた出会いに 愛をささげよう
 
僕の変わらない全てを 貴方が見てた
 
 
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諦めず続けてゆける出会いに 
 
愛を伝えよう
 
 
 
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貴方が努力する姿を 
 
僕は知ってた…
 
 
 
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みなさんも、良いお年を♪
 
 
 
 
 

閉じる コメント(44)

スイートピーさん、おはようございます♪

さすがに、熱帯地方に属する沖縄でも、朝晩の冷え込みが厳しくなってきましたので、スイートさん地方の気候がいくら温暖と言えども、沖縄とは比較にならない寒波が直撃していることとお察しします。
くれぐれも、お体ご慈愛くださいね♪…ってか、この「決まり文句」以外にもっとオリジナルな言い方はないんかい!って思案の結果、
「くれぐれも、桃君ご慈愛くださね♪”伸びている”わりに、ふさふさ暖めてくれますから♪」(笑)

ごっつ、「俺らの語り」に火を点けるようなコメント(笑)、ごっつぁんです!
「とても」という標準語ですが、↑でコメントをくださった一期一会さん地方では「ぶち」といい、木枯らしの地元関西では「ごっつ」といい、お相撲さんの世界では「ごっつぁんです」が正解です(笑)
スイートさん地方の独自の「とても」の表現、また教えてくださいね^^

…ってか、すみません。。
「本題」に入る前の、留まることを知らない「我が一人語り」に、自分でもヘーコーしております(苦笑

2013/1/4(金) 午前 5:58 [ 木枯 ]

ここから、本題です(笑)

”迫害やら格差社会で生活も決して楽じゃない”のに、この子たちの笑顔が、どうしてこんなにも豊かで素敵なのでしょうね…

ご存じの通り、インドには「カースト制度」があり、この制度は、かつてのこの国の”士農工商”に同じく、運命から逃れられない”世襲制”であり、この徹底した差別社会の下で、インドの人々は暮らしていますよね。
とりわけ、最下層に位置づけられる身分である「シュードラ」の人々がその大半を占め、実際、僕がインドで出会った人たちのほとんどが「奴隷」と同義の「シュードラ」に属する人々でした。
それであってのこの笑顔…なぜ?ですよね。

”表向き”の「カースト制度」自体の持つ差別の酷薄性は僕には分かりませんが、彼らの実際に触れてみて、少なくとも、彼らの”内なる心”には、「カースト制度が存在していない」ことを実感しました。

2013/1/4(金) 午前 6:32 [ 木枯 ]

ただ、彼らの無垢な笑顔から僕らにも分かることと言えば、経済成長や国内GDPを唯一絶対の価値観に置かなくても、「ありきたりの日常のひとつひとつにも、それらを大切にできる心を内に秘めてさえいれば、それぞれだけのオリジナルな”小さな達成”を見ることができる」ということだと思います。

その”オリジナルな達成”の集積が、「カースト制度」を突き抜けるパワーの源になっているのかも知れませんね。

そして、何より見逃してはならないと僕が思うのは、彼らが決して”のどかな楽天家”ではないだろうということです。
つまり、彼らの笑顔の裏には、おそらく喜びの数と同じかそれ以上の、悲しみの唄が流れているんじゃないだろうかと。ただ、それを黙して言わないだけで…
なぜなら、彼らは否応なく、日常の身近に、”死”を意識せざるを得ない環境に置かれていることを僕は知っているからです。

2013/1/4(金) 午前 6:50 [ 木枯 ]

僕が旅したインドの聖地、”ベナレス”に流れるガンジス河には、いついかなる時も、”名もなき死者たちの遺体”が漂っています。
ベナレスのスラム街では、瀕死の人たちが路上に身体を横たえて、なすすべもなく死の瞬間を待っていたり、極度の飢えによりパンパンにお腹の張れた赤子を胸に掻き抱きながら僕の目の前に手を差し出し、お金を乞うて来たり、ガンジス河の畔では、一糸纏わぬ剥き出しのままの人間の肉が鈍い音を立てながら燃えている光景を、彼らにとってはあたりまえの日常の中に目撃しました。

でも、そんな痛ましい風景を目の当たりにしながら、僕は不思議な解放感を感じていました。
生も死も喜びも悲しみも、人間の営む一切の姿が、カオス(混沌)の中でまるごと受容されていると感じたからかも知れません。

2013/1/4(金) 午前 7:11 [ 木枯 ]

そこには、“管理や監視”もなく、”有り余る情報の束縛”もなく、”最先端の家電製品”もなく、”人の自由を奪う行き過ぎた秩序”もなく、”際限なく拡張して行く人間の欲望”もなく、ただ身の回りの小さなものたちに愛情に満ちた眼差しを静かに捧げるような、”欲張らない充足”と”全てを許す穏やかな安寧”だけが存在していたような気がします。

それらのことが、子どもたちの笑顔とどう結びつくのかを、”豊かな日本”に住まう者として、もっと丹念に、もっと謙虚に、自分自身に問いかけていかなければならないと、僕は自らに自戒します。

あえて言えば、この”自戒”を見失わないために、インドという場所を旅先に選んだのかも知れません。



スイートさんも、そろそろ眠たくなっておられることと思いますので(苦笑)、本日はこのヘンで。。。

2013/1/4(金) 午前 7:15 [ 木枯 ]

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ナイショさん^^

うれしいお言葉、ありがとうございます(^-^*)ノ
僕の拙い想いは、↑のスイートさんという心優しいブロ友さんにお届け致しましたので、宜しければご参考にしてみてください(笑)

2013/1/4(金) 午前 7:19 [ 木枯 ]

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インドの子どもたちの笑顔がほんとうに素晴らしい。昨年亡くなられた友人の渡辺容子さんも、かつてフィリッピンに行って同じような笑顔の子どもたちの写真を撮っていましたが、こうした子どもたちの生き生きとした笑顔を見ていると、私たち日本人はとても大切なものをこの数十年の間に失ってしまったとつくづく思います。テクノロジー、効率、利便性などと引き換えに・・・。

2013/1/6(日) 午前 11:42 [ 松田まゆみ ]

松田さん、こんばんは♪

またまた拙いブログにお越し下さり、ありがとうございます♪

ほんと、そうですよね…
この子たちの笑顔には、何かに裏付けられた“自信”と“誇り”を感じます。
その”アリバイ”が何であるのかは、今の僕には謎ですが…

2013/1/6(日) 午後 9:33 [ 木枯 ]

続きです。。

彼らの表情を「笑顔」と呼ぶより、自身への恥じらいや他者への労わりを含み持つ「微笑み」と呼ぶ方が、僕にはしっくりと腑に落ちます。
あえて粗略に言えば、“自己を主張”している「笑顔」ではなく、“他者を受容”している「微笑み」の方に、“祈りの姿”を折り重ねてみたい願望があるからかも知れません。

人間が、「限度のある器」であるとするなら、そこに何をどのように入れるのかによって、その人の人生が左右されるのだと思います。

例えば、便利な物ばかりを器に入れ続ければ、やがて器は物で埋め尽くされ、物以外の大切な何かを入れることができなくなるどころか、余りの重量に耐えきれず、器そのものがパリンと割れてしまうかもしれません。

逆に、目に見える地位や名誉や繁栄などではなく“心以外では見ることのできない大切な何か”を注ぎ続ければ、容易に器が満潮しないばかりか、“器そのものの大きさを無限に広げてゆける可能性”さえあるような気がします。

2013/1/6(日) 午後 9:39 [ 木枯 ]

渡辺容子さん…

松田さんが、「後悔のない人生のために」の記事の冒頭で紹介されておられたご友人の方ですよね。
家に帰ってから、グーグルで検索してみた所、渡辺さんの「暗川」というブログに辿り着き、少しだけ渡辺さんの記事を拝見して来ました。

恐らく渡辺さんの絶筆と思われる、「死ぬまでには大変な苦労がいるものだ」という記事を拝読したのですが、闘病の末期に、「生きたい」ではなく、「死にたい」と言い切られていたことに慄然としました。

「生」を肯定し「死」を否定するのが、いわゆる”社会の常識”であり、この考えを否定するものは人非人であるかのような世間一般の風潮があると思うのですが、生前も一貫して“まゆつばの世間”などには迎合せず、最後の最後まで、自らの信念を貫き通された渡辺さんの壮絶な生き様と死に様を知り、松田さんが渡辺さんにアクセスされた理由が分かるような気がしました。

毎週、火曜日と金曜日が僕の仕事の定休日でして、またその日にでも、ゆっくりとお伺いさせてくださいね♪
(但し、体調次第ではありますが…苦笑&涙。)

2013/1/6(日) 午後 9:55 [ 木枯 ]

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渡辺容子さんのブログも訪問されたのですね。彼女は沖縄のこともいろいろ書かれていました。そして、いつも世界の人々の平和を願っていました。「世界」というカテゴリーに、フィリピンやネパールで撮影した子どもたちの写真が掲載された記事がありますので、よかったら時間のできたときにでもご覧になってください。物質的に豊かではなくても、子どもたちの表情はとても豊かです。木枯さんの写真を見て、すぐに彼女の写真を思い出しました。
それから是非読んでいただきたいのが、彼女のHPの「随想」の中の「フィリピンにて」というページ。HPは、ブログのサイドバーの「リンク」から「暗川メインページ」をクリックするとみられます。

2013/1/7(月) 午前 11:46 [ 松田まゆみ ]

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松田さん、こんばんは♪

連日のコメント、ありがとうございます♪
帰宅後すぐに、松田さんが教えてくださった渡辺さんのブログの「世界」と「フィリピンにて」を拝読しました。

たった今、読み終えた所ですが、何よりもまず、人間にとって「大切なもの」は何なのか、それは安易に言葉で表現できるものなのか、或いは、それはどこにあるのか、始めからあるものなのか、創造して行くものなのか、そもそも目に見える形としてそれは姿を現すものなのか、突き詰めれば「人間とは何ものなのか、生きるとはどういうことなのか」…こうした想いや自問が怒涛のように溢れて来ました。

そして、渡辺さんの撮られた世界各国の子どもたちの姿や随筆の内容が、こんなにも”生きている”のは、子どもたちの持つ心の豊かさや文化の違いだけではないことが瞬時に分かりました。

すなわち、「泥水で泥は洗えない」に同じく、「清い水からはやはり清い水しか流れない」ように、”ほんとうの豊かさ”を見抜くことのできる渡辺さんもまた、心豊かなお人であったのだと…

2013/1/7(月) 午後 7:15 [ 木枯 ]

特に、「フィリピンにて」の随筆には、僕がインドで感じた想いを余すところなく描かれており、これこそまさに、「全ての日本人に読んで欲しい必読の名著」だと思いました。

拙ブログに、全文を転載させて頂きたいぐらいなのですが、すでに渡辺さんご本人が御逝去されているので断念致しますが、これからの人生で息詰まった時に必ず読み直したい、”僕のバイブル”にさせて頂きます♪

渡辺さんの素晴らしいお写真と随筆をご紹介くださり、ありがとうございました♪♪

そろそろ、飼いネコ(「ちゃー」と言います)の散歩に行って参ります(笑)

2013/1/7(月) 午後 7:29 [ 木枯 ]

それから、言い忘れたのですが、これほどまでに豊かな人生を謳歌され、「生きることの喜びと命あることの幸せ」を知悉されていた渡辺さんにさえ、「死にたい」と思わせる”癌による身体の痛み”は、想像を絶するものなのでしょうね…

渡辺さんの苦しみには元より比すべくもありませんが、僕も”痛み”との付き合いが長いものでして、どうしても、渡辺さんの闘病の壮絶さを思わずにはいられませんでした。

逆に言えば、そんな状態にありながらも、松田さんが記事で書かれておられたように、床に臥さざるを得なくなる最後の瞬間まで、延命治療を拒み、好きなことを謳歌された渡辺さんの信念と、それを維持する精神力がいかに強く固いものであったかに、思い至りました。

神様は残酷だと思います。
生きるべき人には微笑まず、長く生きるべきでない人には長寿を与えるのですから…

2013/1/7(月) 午後 7:54 [ 木枯 ]

お誕生日おめでとうございます

2013/1/8(火) 午後 8:08 [ 芋族よっちゃん ]

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芋族よっちゃんさん、こんばんは♪

ありがとうございます

でも、どうして僕の誕生日、お分かりになったのですか?(笑)

2013/1/8(火) 午後 8:44 [ 木枯 ]

おかあさまのブログで知りました
私も寅ですよ

2013/1/8(火) 午後 9:28 [ 芋族よっちゃん ]

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そげでしたか〜(笑)

因みに、よっちゃんさんも♪
トラ同士、オカンにかみつきましょうね

2013/1/8(火) 午後 9:30 [ 木枯 ]

ここだけの話、私おかあさまに恋してます

2013/1/8(火) 午後 9:44 [ 芋族よっちゃん ]

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↑あははっ♪

誰も引き取り手がないので、どうぞよしなに(笑)

2013/1/8(火) 午後 9:52 [ 木枯 ]


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