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1週間ほど前から、寒さの厳しさに比例するように
持病の神経痛が悪化した上に、風邪まで併発してしまい、
「仕事をこなすのがやっと」の状態に陥ってしまいました。
なので、ずっと、日常の景色の中に「物語」を見出すことができず、
今回は、とりとめもない話で繋ごうかと(苦笑)。
自分でも「つまらないなぁ」と思いながら書いていますので、
文章は存分に飛ばしてください(笑)。
また、そんな次第で、皆様の記事へもコメントできずにいたことをご容赦ください。
今日、ようやく回復の兆しが見えたので、
仕事の合間に、近くの公園へ、少しだけ「写真」を撮りに行きました。
沖縄ではもう、「緋寒桜」(ひかんざくら)が芽吹き始め、
まだ、ほんの小さな花弁が、ときおり雨風に揺れつつ、
じっと、超し出してくれる「内部の仲間たち」の到来を待っているようでした。
そんな桜の姿を見ているうちに、ふと、或る日の
“揺れる電車の中の情景”に佇んでいる自分がいました…
…
○○年前(笑)の桜咲く頃。
京都にある某大学の入学試験を受けた帰り際、満員の私鉄電車の人混みの中で、
受験の疲れからだろう、僕は立ったまま、うつらうつらしていた。
ふいに、僕の右隣りの座席に座っていた、年の頃50代後半と思われる
初老の女性が立ち上がり、芽吹き始めの桜のように慎ましい笑顔で言った。
「あなた、受験の帰りでしょ?私の代わりに座って」。
そして、朦朧としている僕の左腕を引いて、彼女の居た座席に座らせると、
レバーで背もたれを、心持ち下げてくれた。
もしや、ご自分のお子さんの体験と、僕のそれとが、女性の中で重なったのかも知れない。
記憶の中の電車の情景に、色はない。
ただ、その淡い桜色の顔の人が着ていた服の色は、間違いなく「暖色系」だった。
全てはモノトーンのはずなのに、その人の「顔」と「服」だけは色を帯びている記憶の不思議。
自他の心を殴り殴られた数多の暗い記憶を突き抜けた先に広がる、
目の前の色鮮やかな緋寒桜のように、彩り豊かなモノトーンの記憶。
その人が僕に施してくれたのは、ご自分の席を譲り、
座席の角度を10度ほど下げてくれたこと―、ただ二つ。
ほんの1ミリ、他者のために心を動かした行為が、”施した側”の記憶からは消し去られても、
施しを受けた他者の心には、長く深く刻まれる記憶の不思議。
そして、その方の親切に対する喜びよりも、「その記憶の不思議を、僕もまた人並みに所有していた」
という事の方に、なおさら嬉しさを感じる僕の心の不思議…
…
世の中は、「不思議」だらけだ。
冬枯れのような寂しい木の枝に身を結ぶ、暗い世界へ固く閉ざされた桜の蕾を眺めつつ、
「暗さの中にはすでに明るさが胚胎されている」(逆もまた真)という
不思議な自然のことわりを、“動かせない現実”に打ちひしがれながらも、
束の間、信じてみたくなった。
次回は、他者が見せてくれた「こまやかな何か」にこだわることができるまで、
身体が回復してくれますよう… ..:。:.::.*゜ .+:。(*´ェ`*)゚.+:。 ..:。:.::.*゜
さくら
詞/曲/唄:森山 直太朗
..:。:.::.*゜ .+:。(*´ェ`*)゚.+:。 ..:。:.::.*゜
僕らは きっと待ってる
君とまた 会える日々を
さくら並木の道の上で
手を振り 叫ぶよ
どんなに 苦しい時も
君は 笑っているから
挫けそうになりかけても
頑張れる気がしたよ
霞みゆく 景色の中に
あの日の唄が 聴こえる
さくら さくら
今 咲き誇る
刹那に散りゆく 運命と知って
さらば友よ
旅立ちの刻
変わらない その想いを
今…
今なら 言えるだろうか
偽りのない言葉
輝ける君の未来を
願う 本当の言葉
移りゆく 街はまるで
僕らを 急かすように
さくら さくら
ただ 舞い落ちる
いつか生まれ変わる 瞬間を信じ
泣くな友よ 今
惜別の刻
飾らない あの笑顔で
さあ…
さくら さくら
いざ 舞いあがれ
永遠にさんざめく 光を浴びて
さらば友よ また
この場所で会おう
さくら
舞い散る道の
さくら
舞い散る道の
上で 上で
上で…
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