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母の姉が死んでこの病院から運び出されたのは秋だったから、 コスモスは咲いていたはずだ。 いつも物思いにふけっていた彼女のその儚い命と コスモスの薄く淡い花弁の儚さが重なり合う。 人の生まれる季節も、人が死ぬ季節も、 その人に似合うように仕組まれているのかも知れない。
(藤原新也 著 『日本浄土』 より)
先日、兵庫県の「I町」に暮らす、
母の古くからの友人である「Kさん」が、
長い闘病生活の末、亡くなったという知らせを受けた。
亡くなられたKさんは、母と同い年で、二人のご子息も、
僕たち兄弟と同学年であったため、彼女のご家族と僕たち家族は、
遠い親戚よりも、親しくお付き合いしていた。
親しい交流があったのは、僕が小学生にあがる直前までの話で、
父の転勤に伴い、それまで住んでいた「I町」から、
現在の実家である兵庫県の「H町」に引っ越してからは、
両家の直接的な付き合いは、ほぼ断絶し、
「弟」同士、仲の良かった「S君」との交流も、ほぼ途絶えた。
僕が生まれてから4歳までの記憶なので、
「Kさんご家族」や「Kさんの次男であるS君」と過ごした日々の思い出も、
断片的にしか覚えておらず、ただ、亡くなられたKさんが、
「人にも自分にも厳しく、凛々しい風格を備えた人」という印象だけが、
今でも鮮烈に、脳裏に焼き付いている。
「Kさんご一家」は、地方銀行の経営者で、「I町」のように小さな田舎町では、
大富豪として君臨しており、一方、当時の我が家は、文字通り「掘っ立て小屋」のように、
小さくて小汚い教員住宅で、例えば、屋根のトタンは赤錆びていてミシミシと音を立て、
2階へ続くらせん状の階段は、大人二人がすれ違えないほど狭かった。
だから、僕は、S君と遊ぶために「K家」の豪邸を訪れる度、
家に帰ってから、よく母を詰問して困らせたものだ。
「ねぇ、どうして僕のおうちは、こんなに狭くて汚いのに、
S君のおうちは、あんなに大きくてキレイなの?」
小汚い服装で、何の前触れもなく、S君に会うために、Kさんの豪邸を訪ねても、
一度も拒絶された記憶はない。
どころか、「関係者以外立ち入り禁止」の大事な部屋にも、密かに通してくれたことさえある。
暑い夏場には、必ず、棒状に凍らせた青色の「自家製アイスクリーム」を、
Kさんは、僕の小さな手に握らせた。
亡くなられたKさんは、“多くの社員の暮らしを支える立場”としての誇りと風格を
備えていただけでなく、”ひとりの人”としての矜持や品位も確かなものだった。
Kさんは、元来、弱い身体を押してまで、当時、「I町」に、唯一あった、
心や身体に障がいを抱える人たちが通う「作業所」にも、頻繁に出向いておられ、
陰に陽に、この作業所の運営を支えておられたと聞く。
Kさんが亡くなる2、3日前、Kさんの容態が急変したという知らせを受けた母は、
Kさんが入院している病院へ駆けつけた。
その時、Kさんは、末期癌で弱り切った手と声の限りを振り絞り、
複雑な間柄で、今も関係がギクシャクしている、二人の息子の手を取って握らせ、
ただ一言、漏らしたと言う。
「仲良く助け合って…」。
沖縄の今日の空は、うすい青色をしていた。
豪邸で食べた、Kさん自家製のアイスクリームの仄かな青さのように、
やさしい青色をしていた。
きっと、喪失を思わせないように「仕組まれた色」なのだと、僕は自分を励ました。
そして、今日もまた、過酷な介護の現場で、
いくらかの愛が、辛辣に、今日の僕をゆき過ぎていった。
記憶に刻まれるには、十分すぎるほどに…
ボロリともがれた幼い記憶の空洞を、あがなってくれるように…
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明日への手紙
詞/曲:池田綾子
唄:コバソロ & Akane
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元気でいますか。
大事な人は できましたか。
いつか夢は 叶いますか。
この道の先で
覚えていますか
揺れる麦の穂 あの夕映え
地平線 続く空を探し続けていた
明日を描こうと もがきながら
今 夢の中へ
形ないものの輝きを
そっと そっと
抱きしめて
進むの…
笑っていますか
あの日のように無邪気な目で
寒い夜も雨の朝も きっとあったでしょう
ふるさとの街は 帰る場所ならここにあると
いつだって 変わらずに
あなたを待っている
明日を描くことを止めないで
今 夢の中へ
大切な人のぬくもりを
ずっと ずっと
忘れずに
進むの…
人は 迷いながら揺れながら
歩いてゆく
二度とない時の輝きを
見つめていたい
明日を描こうと もがきながら
今 夢の中で
形ないものの輝きを
そっと そっと
抱きしめて
進むの…
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