たいまつ

体調不調により、ブログをお休みします。

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急なお知らせです。


 
 
実は、仕事が定休日であった昨日の朝方、
職場から、2つのショッキングな知らせを受けました。
 


一つは、僕が「入浴介助」を担当している利用者さんの奥様のお姉様が、
2日前の水曜の晩、亡くなられたことです。
 
この奥様のお姉様とは、長く入院されていたため、直接、
面識があるわけではないのですが、利用者さんの奥様は、いつも
若輩者の僕にさえ、とても懇意なお付き合いをしてくださり。
 
その大らかでウソのない生き方に触れ、爽やかに撫ぜられるだけで、
時に、邪険で窮屈な世間の酷薄さに負けて、尖りがちな僕の心を、
平らかに整えてくださっているだけに、僕の中にも思慕が生まれ、
奥様のお気持ちをお察しすると、そのことだけでも、
昨日は夜まで、PCを開く気にもなれませんでした。
 
けれども、このお姉様は、沖縄県初の刑事部門の婦警として、十分に納得できる形で、
89年間の人生をまっとうされたので、文字通り、「大往生」と言え、
そこに救いがあるのですが、もう一方(ひとかた)の死に、
僕は、失意と動揺を隠せず、そのあまりにも痛ましい亡くなり方を知らされた瞬間から、
僕自身も、大きく体調を崩してしまいました。
 
 
僕が、毎月、第2第4日曜日の午後に、「掃除介助」を担当している
ご高齢の利用者さんがいるのですが、この方は、かつて患われた脳梗塞の後遺症で、
軽い認知症と、右半身の麻痺を抱えておられ、奥様に先立たれた今は、
軽い精神の病気を患っている一人息子さんと、二人暮らしをされています。
 
そして、水曜日の夕刻、この利用者さんの介護プランを総括している上司から、
「○○さんのお宅から、酷い異臭がしないか?」という確認の連絡がありました。
聞けば、僕の他に、このお宅へ週に数回、調理介助や身体介護で入っている
幾人かの別のヘルパーさんから、「最近、猛烈な悪臭が立ち込めていて、気分が悪く、
とても仕事ができる状態ではない」との報告があったとの事。
 
 
ここから先のお話を書くことは、「死者やご家族を冒涜するのではないか」と迷ったのですが、
広い意味では、主に政治の欺瞞による、今の日本の格差社会の拡がりや、
自己責任の名の元に、在宅での看取りを強要して弱者を追い詰める、
介護の在り方の縮図であり象徴でもある普遍的なテーマだと思い、
できる限りプライバシーに配慮しながら、話しを続けることを決断しました。


 
単刀直入に言えば、精神の病気を抱えている息子さんが、
上述のお姉様が亡くなられたのとほぼ同時刻の、2日前の水曜日の深夜に、
異臭に気づいた近所の人からの通報により、死後、1週間以上経ち、
真夏の酷暑で、肉体の腐蝕がかなり進んだ凄惨な遺体の形で、
彼の自室の中で発見されたそうです。
 
つい先日のことなので、死因や死亡時刻は、これから行われる行政解剖の結果を
待たなければ分かりませんが、もしかすると、僕が最後に介助に入った、
先月の24日(第4日曜日)の時点で、すでに自室で亡くなられていた可能性もあります。
ただ、彼の部屋のドアは常に閉ざされており、職場の方からも、息子さんの部屋には
立ち入らないよう指導されていたので、臭いなどの僅かな異変の兆候すら感知できませんでした。
 


息子さんは、ご自分の病気のこともあり、ほぼ引きこもりの生活をされていて、
お父様(利用者さん)の障害基礎年金と、ご自身の特別障害給付金などで
何とか暮らしを立てておられたようです。
 
そして、僕が介助に入る際には、たいてい自室から出て来られ、
挨拶をしても、憮然とした表情で、何かの用事を済ましてから自室に戻ったり、
サングラス姿で、そのままどこかへ出掛けられることが多かったのですが。
 
ある日、彼の部屋から、長渕剛さんの「とんぼ」が漏れ聞こえて来たことがあり、
以前から彼とも親しくなりたかった僕は、その際、部屋から出て来られた瞬間を見計らい、
「長渕談義」をきっかけに音楽話を続けていると、今まで誰にも見せたことのないような
優しい微笑みを浮かべ、嬉しそうに彼の好きな歌手や曲のことを教えてもらったことが
ありました。
 
そして、夭折された歌手の「尾崎豊さん」が好きだと話してくれた彼に、
「僕は、尾崎さんの名曲集を持っているので、いつかお貸ししますね♪」と
約束したのが最後になり、約束を果たせぬまま、「尾崎さんのいる場所」へと
旅立って逝かれました。


 
この世に生を受けてから、40数年間、その不運な病のためだけによって、
友を知らず、恋愛を知らず、働く喜びを知らず、家庭の温もりを知らず、
ただ、「生きることの辛さや悲しみ」を唄った歌手の曲へ、救いと慰めを求めながらも、
予めの人との触れ合いの喪失によって、悲しめるだけの贅沢さすら持ち得なかったために、
曲の中の主人公の悲しい生き様にさえ、自らの実人生を重ねることができなかった彼の無念…
 
 
ほんとうは、これから少しずつ、皆様との温かな交流を育んだり、
これまでに撮り溜めていた“旬の沖縄”の写真を、
ここへ来てくださる皆様へご紹介するつもりでいたのですが。
 
この「ふたつの出来事」によって、今は、見知らぬ誰かの手によって、パッと何かが引き剥がされ、
底の見えない流砂の中へ、どこまでも引き摺られて行くような冷たく虚しい感覚と、
心のそれへ忠実に付随する、身体面でのコンディションの悪化によって、
何かを素直に楽しめる状態になく、立ち直るまで、ブログをお休みしようと思います。
しばらくの間、亡くなられたお二方に対し、喪に服す意味でも。
 
人の痛みや傷みを、長く真摯に悼む精神さえ失われつつある、出来レースな時代だからこそ…
 



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とりわけ、僕らに成り代わり、
この世のあらゆる不幸を、一身に引き受けてくれたような彼のために、
僅かでも、祈りを捧げてくださると幸いです。











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