たいまつ

体調不調により、ブログをお休みします。

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明日への手紙






母の姉が死んでこの病院から運び出されたのは秋だったから、

コスモスは咲いていたはずだ。

いつも物思いにふけっていた彼女のその儚い命と

コスモスの薄く淡い花弁の儚さが重なり合う。

人の生まれる季節も、人が死ぬ季節も、

その人に似合うように仕組まれているのかも知れない。


   
    (藤原新也 著 『日本浄土』 より)
 
 
 



先日、兵庫県の「I町」に暮らす、
母の古くからの友人である「Kさん」が、
長い闘病生活の末、亡くなったという知らせを受けた。
 
亡くなられたKさんは、母と同い年で、二人のご子息も、
僕たち兄弟と同学年であったため、彼女のご家族と僕たち家族は、
遠い親戚よりも、親しくお付き合いしていた。
 
親しい交流があったのは、僕が小学生にあがる直前までの話で、
父の転勤に伴い、それまで住んでいた「I町」から、
現在の実家である兵庫県の「H町」に引っ越してからは、
両家の直接的な付き合いは、ほぼ断絶し、
「弟」同士、仲の良かった「S君」との交流も、ほぼ途絶えた。
 
僕が生まれてから4歳までの記憶なので、
「Kさんご家族」や「Kさんの次男であるS君」と過ごした日々の思い出も、
断片的にしか覚えておらず、ただ、亡くなられたKさんが、
「人にも自分にも厳しく、凛々しい風格を備えた人」という印象だけが、
今でも鮮烈に、脳裏に焼き付いている。
 


「Kさんご一家」は、地方銀行の経営者で、「I町」のように小さな田舎町では、
大富豪として君臨しており、一方、当時の我が家は、文字通り「掘っ立て小屋」のように、
小さくて小汚い教員住宅で、例えば、屋根のトタンは赤錆びていてミシミシと音を立て、
2階へ続くらせん状の階段は、大人二人がすれ違えないほど狭かった。
 
だから、僕は、S君と遊ぶために「K家」の豪邸を訪れる度、
家に帰ってから、よく母を詰問して困らせたものだ。
「ねぇ、どうして僕のおうちは、こんなに狭くて汚いのに、
S君のおうちは、あんなに大きくてキレイなの?」
 
小汚い服装で、何の前触れもなく、S君に会うために、Kさんの豪邸を訪ねても、
一度も拒絶された記憶はない。
どころか、「関係者以外立ち入り禁止」の大事な部屋にも、密かに通してくれたことさえある。
暑い夏場には、必ず、棒状に凍らせた青色の「自家製アイスクリーム」を、
Kさんは、僕の小さな手に握らせた。
 
亡くなられたKさんは、“多くの社員の暮らしを支える立場”としての誇りと風格を
備えていただけでなく、”ひとりの人”としての矜持や品位も確かなものだった。
Kさんは、元来、弱い身体を押してまで、当時、「I町」に、唯一あった、
心や身体に障がいを抱える人たちが通う「作業所」にも、頻繁に出向いておられ、
陰に陽に、この作業所の運営を支えておられたと聞く。


 
Kさんが亡くなる2、3日前、Kさんの容態が急変したという知らせを受けた母は、
Kさんが入院している病院へ駆けつけた。
その時、Kさんは、末期癌で弱り切った手と声の限りを振り絞り、
複雑な間柄で、今も関係がギクシャクしている、二人の息子の手を取って握らせ、
ただ一言、漏らしたと言う。


「仲良く助け合って…」。
 
 
沖縄の今日の空は、うすい青色をしていた。
豪邸で食べた、Kさん自家製のアイスクリームの仄かな青さのように、
やさしい青色をしていた。
きっと、喪失を思わせないように「仕組まれた色」なのだと、僕は自分を励ました。
 
そして、今日もまた、過酷な介護の現場で、
いくらかの愛が、辛辣に、今日の僕をゆき過ぎていった。
記憶に刻まれるには、十分すぎるほどに…
ボロリともがれた幼い記憶の空洞を、あがなってくれるように…











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明日への手紙

 
詞/曲:池田綾子
唄:コバソロ & Akane
 
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元気でいますか。
 
大事な人は できましたか。
 
いつか夢は 叶いますか。
 
この道の先で

 
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覚えていますか
 
揺れる麦の穂 あの夕映え
 
地平線 続く空を探し続けていた

 
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明日を描こうと もがきながら
 
今 夢の中へ

 
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形ないものの輝きを
 
そっと そっと
 
抱きしめて

 
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進むの…


 
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笑っていますか
 
あの日のように無邪気な目で
 
寒い夜も雨の朝も きっとあったでしょう

 
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ふるさとの街は 帰る場所ならここにあると
 
いつだって 変わらずに 
 
あなたを待っている

 
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明日を描くことを止めないで
 
今 夢の中へ

 
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大切な人のぬくもりを
 
ずっと ずっと
 
忘れずに

 
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進むの…


 
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人は 迷いながら揺れながら
 
歩いてゆく

 
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二度とない時の輝きを
 
見つめていたい

 
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明日を描こうと もがきながら
 
今 夢の中で

 
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形ないものの輝きを
 
そっと そっと
 
抱きしめて

 
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進むの…


 
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ふたり



 
アジサイの咲く季節になると、
今でも、頭にこびりついて離れない“あの日”の記憶が蘇る。
 
確か、小学校6年生の時の「美術」の時間でのこと。
当時、他の科目は”からっきし”なのに(笑)、「美術と体育」だけは成績が良く、
僕自身、「絵を描く」という“行為そのもの”が好きだった。
 
その日の「美術の時間」は、担任の先生が、前回の授業の折り、
皆で写生した「アジサイの絵」の中から幾枚かをピックアップして、
「選ばれた絵」について、クラスの生徒で評価を語り合うというものだった。
 
「“良い絵”を見せて、どこがどんなふうに良いのかを、生徒たち自身に考えさせる」
というのが、その授業での先生の主な意図だったと思う。
その数枚の中に、僕が描いた「アジサイ」の絵も含まれていた。
そして、僕は内心、そのことに困惑していた。
 
 
次々に披露される絵が、各々に褒められて行き、
ついに僕の絵が、机の上に、コトンと置かれた。
その音に、僕はドキリとする。
先生は、問うた。
「この絵について、みんなはどう思いますか?」
 
幾人かの生徒たちから、ポツリポツリと手が挙がり、申し合わせたかのように、
彼や彼女はみな口々に、僕の絵を褒めるようなことを言った。
体育祭などのイラスト担当は、必ずと言えるほど僕に任され、
当時の僕は、クラスメイトから「絵が上手い人」と見做されていた。
 
けれども、僕の顔は、もぎたてのりんご色にサッと染まり、
不正がバレた大臣のように(笑)、力なくうなだれた。
僕には、先生の“もう一つの意図”がよく分かっていたし、それ以上に、
誰にも増して、「絵の出来栄え」を分かっていたからだ。
 
僕の「絵」は、“全体”を見ず、花びら一枚という“部分”にこだわり過ぎたため、
一次元のように単調で、アジサイらしい柔らかな雰囲気がなく、まるで、
冬枯れの木立のように貧寒として、内部の輝きを見ようとしない心幼き手によって、
花ほんらいの生気を奪われていた。
 
 
先生は、言った。
「君たちの意見はよく分かった。では、この絵に良くない所を感じた人はいますか?」
誰一人の手とて挙がらず、静かな沈黙が流れた。
「では、今日の授業はここまでにしましょう。」
 
先生に、悪意は感じなかった。
そうではなく、先生の意図が、僕の“不出来な絵”を通し、
「固定観念に捉われてはいけない」という普遍的なことを、
幼い生徒たちに、やんわりと教え諭すことだったことを、
「つまらない絵」と知っていた僕自身が、誰よりも知っていたからだ。
 
僕は、その先生が、「教師」という公職を離れている時間を割いて、
障がい者施設に関わるボランティア活動を寡黙に続けておられたことを、
どこからか伝え聞いてもいた。
つまり、“ほんとうのやさしさ”を知る先生だった。
 
「絵」が“失敗作”であることは、前述の通り、誰の目にも明らかなほどだったし、
心の中で、はっきりと、そう認識した友だちも沢山いたに違いない。
けれども、「友」たちは、“言わない”ことで、僕の心と技の拙さを庇ってくれたのだ。
 
 
“熟した心”から、何かとても大事なことが問い告げられると同時に、
“未熟な心”から、とても重大なことが見逃されたにも関わらず、
先生の厳しい優しさと、クラスメイトの甘い優しさが、どちらも、
“いつわりのないやさしさ”として、今は、好ましい懐かしさで思い出される。


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少なくとも、そんな時代を、敬愛に値する先生や個性豊かな愛すべき「友」たちと
共有できたことは、今思うに、“渦中”にいた当時には気づくことのできなかった、
僕にとっての幸せの一部なのだと。
 
たとえ、それが、今を彩る艱難の刹那に蘇る、
ひと時の思い出であったとしても…










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ふたり
 
 
詞/曲/唄:BEBE
 
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ねぇ…
 
側にいるだけで 何ができるのだろう


暗闇を抜け出すルートもまだ


一つも見つけられない私は

 
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ねぇ…
 
側にいるだけで 何ができるのだろう


肩を抱くことしかできない私を


君はいつも

 
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友達と呼んだ…


 
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光を失う君を


見守るしかできないよ 

 
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無力さばかりが横たわるよ


君を見つめながら

 
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ねぇ…


側にいるだけで


何ができるのだろう

 
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同じ気持ち ずっと分け合えないほど


いつの間にか変わってゆく ふたり

 
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ねぇ…
 
側にいるだけで


何ができるのだろう

 
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並ぶ二つの影 昔のままだよ


変わらない


ものがきっとある…

 
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それぞれの道を歩く
 
恐れた弱さを越えて

 
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見えないこの強い糸を


今は 繋ぎたいから


 
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ねぇ…
 
側に行きたいよ


長い長い夜には

 
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振り返ってもいい


立ち止まっていいよ


私が何度でも 背中を押すから

 
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ねぇ…


遠く離れても


ふたり 寄り添うように

 
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側にいれないほど


信じてみようよ

 
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変わらない


ふたりがいること

 
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そんな ふたりを


 
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友達と呼ぼう…


 
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さよならの夏




 
僕が、訪問介護の仕事で、
「入浴介助」と「家事援助」を担当している利用者さんの一人に、
以前にも記事にした、右足の膝から下が無く、ヘルパーや訪問看護師さんの
顔や訪問日さえ覚えられないほどの、重度の認知症を患いながらも、
小さなマンションの一室で、一人暮らしをされている男性の方がいる。
 
この利用者さんのケアマネージャー(要介護の人たちの介護プランを立てる人)が、
難じるに値する酷い人物で、例えば、僕たち介護士や訪問看護師さんからの報告により、
この方に、毎日のように「失禁」があるのを承知していながら、一切、何の対策も取らず、
およそ半年間、彼の家の中を“尿だまり状態”に放置し続けて、
それらの処理は、現場に丸投げしたり…
 
そして、先日はついに、こんな出来事があった。
このケアマネと利用者さんの二人で、検査のため病院受診に行った時、
車椅子に乗った利用者さんが、道端の段差を乗り越えようとした際、
車椅子ごと後部へ転倒し、頭を強打して意識を失い、救急車で病院へ搬送されたそう。
 
つまり、ケアマネは、傍に付いていながら、段差を越える時でさえ車椅子を押さず、
すなわち、彼には手を貸さず、付き添っている間、利用者さんの行動に、
全く注意を怠っていたということ。
大した怪我には至らなかったのが、不幸中の幸いだったけど、後から聞いた話では、
このケアマネは、全く悪びれる様子もなく、利用者さんへは勿論、
どこへも誰にも、詫び一つ入れなかったという。
 
そして、ついには、「一人で外出させるのは危険だから」という、このケアマネの独断で、
この利用者さんの「足」代わりであった、松葉杖と四足の歩行器さえ取り上げてしまい、
以来、片足のない彼は、一歩たりとも部屋から外へ出ることができなくなったばかりか、
家の中で、居室から廊下を隔て少し離れた場所にあるトイレに行く時でさえ、
四つん這いになり、文字通り、地を這うように移動せざるを得なくなった。
 
だが、ここでは、このケアマネをめぐるその後の処置や状況については、ひとまず置く。
彼を難じることを主題にはしたくないので。
 
 
彼の「足代わり」になる介護用具を奪われて以来、
80㎏前後の体重を擁する彼の身体を抱えての“移動”が、危険かつ困難になり、
僕たちも、浴室での「入浴介助」ができなくなってしまったため、
代わりに、全身を熱い濡れタオルで拭く、「清拭」(せいしき)を行うことになった。
 
顔や頭髪から始め、せめてもと、できるだけ丹念に身体の下部へと拭って行き、
“そこ”へ行き着くと、両足の膝には、四つん這いで移動するために出来たと思われる
大きな擦り傷が、痛々しい。
歯磨きや髭剃りも、フロアの下にタオルを敷いて濡れないように行うのだけど、
とりわけ、髭剃りの最中、どうしても彼と視線が合ってしまう。
 
いや、「視線が合う」という双方の意思ではなく、「彼の目が見えてしまう」と
言った方が正しい。
つまり、彼の目は、何ものをも見てはおらず、
彼の内面は、“悲しみの色”さえ帯びていないほどに、
世界の一切からだけでなく、自らの感情からも断絶されている…
 
 
様々な不運に見舞われながらも、「彼の瞳(ひとみ)が死んではいない」ことを、僕は知っている。
 
例えば、高校時代、インターハイにも出場したことがあると、いつか彼が教えてくれた、
得意の“ボクシング”の話を彼とする時、“当時の雄々しさ”を彷彿させるように、
彼の瞳もまた、みるみると輝きを取り戻す。
例えば、洗濯物を干す作業をしている際、「何かお手伝いしましょうか?」と
僕に声を掛けてくる時の彼の瞳には、他者を気遣う心が穏やかに映り灯っている。
 
そのように、もはや生きることしか残されていないほど人間を剥き出しにされていながらも、なお、
心を失くしていない人が、“髭剃り”の一瞬に垣間見せる、心を失くした目。
 
「瞳」 と 「目」 …どちらが、彼の“真実”なのだろうか…
 

ある日、台所を掃除していた時、明るい陽射しが時折さしこむ正面の窓の傍らに、
適度に水の入った、小さなコップを見つける。
ミクロな小宇宙の中では、一輪の胡蝶蘭が、窓から訪れる柔らかい春の光と爽やかな風を、
花いっぱいに吸い込んで、今ある命を、ひっそりと息衝いていた。

そして、小さな花弁に触れると、“世界にさわっているのだ”という、確かな手触りを感じた。
 見知らぬ誰かのやさしさが、”そこにある”ということを…


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「今度はいつ、おみえになるのですか?」
 
帰り際、その声に振り返ると、そう発した人のかんばせには、
心を失くしていない人の、わずかに輝いている瞳があった。
 











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さよならの夏
 
詞:坂田晃一
曲:万里村ゆき子
唄:BEBE
 
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光る海に かすむ船は
 
さよならの汽笛 のこします

 
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ゆるい坂を おりてゆけば
 
夏色の風に あえるかしら

 
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わたしの愛 それはメロディ
 
たかく ひくく 歌うの

 
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わたしの愛 それはカモメ
 
たかく ひくく 飛ぶの

 
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夕陽のなか 呼んでみたら
 
やさしいあなたに 逢えるかしら…

 
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だれかが弾く ピアノの音
 
海鳴りみたいに きこえます

 
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おそい午後を 往き交うひと
 
夏色の夢を はこぶかしら

 
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わたしの愛 それはダイアリー
 
日々のページ つづるの

 
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わたしの愛 それは小舟
 
空の海を ゆくの

 
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夕陽のなか 降り返れば
 
あなたはわたしを 探すかしら…

 
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散歩道に ゆれる木々は
 
さよならの影を おとします

 
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古いチャペル 風見の鶏
 
夏色の街は みえるかしら

 
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きのうの愛 それは涙
 
やがて かわき 消えるの

 
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あしたの愛 それはルフラン
 
おわりのない言葉

 
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夕陽のなか 
 
めぐり逢えば

 
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あなたは わたしを
 
抱くかしら…

 
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静かな伝説





「わたしは、わたしにできることをしているだけ」。

 
ハチドリのひとしずく」という、南米アンデス地方の先住民に
古くから伝わる民話で、その中に以下のような逸話がある。
 
多くの動物たちが暮らす自然豊かな山奥の森で、火事が起こる。
燃え盛る山火事になすすべもなく動物たちが逃げまどう中、
黙々と山へ水を運ぶ、翡翠色をした一羽の鳥がいた。
 
鳥はハチドリで、名は「クリキンディー」と言い、
底なしの流砂の中の一粒の砂のように無力な水滴の雫を、
それでも、一滴ずつ運ぶクリキンディーの姿を見た動物たちは、笑う。
「そんなことをして何になるのだ」。
 
クリキンディーは、答えた。
「わたしは、わたしにできることをしているだけ」。
 
 
ご無沙汰しています。
そこそこ不本意に暮らしています。
 
ブログ休止中、持病である慢性疼痛の治療のため、
九州の福岡にある、とても優秀な病院へ行き、
とても優秀な外来で知られる、とても優秀な医師に診て頂き、
医師の言葉とその内容に、僕はとても釈然とせず、沖縄へ舞い戻り、
“身体的に”そこそこ不本意に暮らしています。
 
とても優秀な医師には「もう会うことはないだろうな」と思いつつ、
身体を横たえても治らぬものならば、これまで以上に仕事で身体を酷使して、
いっそ前のめりに倒れて、割れたひたいと引き換えに、わが身の生きた痕跡を
少しばかり大地に刻む方が「自分らしいな」と思い定めた今、少し記事を書こうと。
 
また、ブログを再開したとは言え、依然、体調が不安定なだけに、
リコメや訪問がマイペースになってしまうことをご容赦ください。
 
 
列島の西の大きな島が揺れ続けている間、被災地から遠く離れていても、
例えば、ブログやツイッターを通して有益な情報を拡散したり、
各地の募金窓口へ各々の身の丈に見合うお金を添えたり、支援物資を送り届けたり、
大事な仕事を投げ捨てて様々なボランティア活動に我が身を投じたり…
それら、「わたしにできることをしている」人たちの存在を知った。
 
言わば、被災地が、僕らの踏みしめている大地と地続きで繋がっていること、すなわち、
同じ大地の西に根を張った毛根の痛みは、自らの痛みにも連なっていることを、
見栄も衒いも力みもポウズも、義務や使命すら感じることなく、ごく自然体で知っている人たち。


そういう知性を備えている人たちの心には、「他者が幸福でなければ、自分も幸福にはなれない」という、
恐らく、人間の宿し得る”最も美しい感性”の一つが、あらかじめ組み込まれているのかもしれない。
 
もし、心も大地も一つらなりの地続きと感じられるなら、「都道府県」という境界もないはずであり、
例えば、「がんばろう!どこどこ」という、ある地域に限定された善意のスローガンは、むしろ、
「恵まれたもの」と「そうでないもの」という“上下かんけい”の線引きを、
とりわけ、「上に立つもの」の側の心に植え付けやしないか。
そも、たいていの人たちは、いつだってどこだって、それぞれなりに、がんばっている。 

生きて来た過程での屈折ゆえか、僕には、「無邪気な善意ほど手ごわいものはない」と
感じられる時がある。
 
 
ハチドリのクリキンディーが言う、「わたしは、わたしにできることをしているだけ」とは、
「わたしにできることしかしない」と否定的に読み替えることもできるけれども、
「自分の役割の限界を知った上で、今の自分にできることには最善を尽くす」と、
その意を汲む方が正しいだろう。
 
僕は、そこに感動する。
「わたしにできることも、徒労だからしない」という人間の合理的判断と、
「わたしにできることは、しないでは済ませられない」というハチドリの愚直な発想には、
言うまでもなく、大きな隔たりがある。
山火事に、“ひとしずくの水”が、投じられたか否かの違いほどに。

 
とても優秀な医師に、とても優しい口調で、
「ここは日本全国から、重度の難病患者が集まる病院。あなた程度の症状なら、自分で何とかしなさい」
と宣告された後、身体や荷物以上に重い心を引き摺るように、福岡の街を少し歩いた。
万事、安泰。至って、平穏。

「わたしは、わたしにできることをしているだけ」。
“安泰”の中では、言葉は冴え冴えと脳裏に澄み渡る。
“決意”は、シンプルなものの中から芽生えるのかもしれない。

「わたしは、わたしにできることをしているだけ」。
この言葉に含意はない。これ以上でも以下でもなく、単純明快、意味は一つだ。
意味に、個人的な”解釈”を与えたとしても、ただ一つ。

つまり、「讃えられ支えられ、決意を促されているのは、今日の困難を生きる僕の方だ」、ということ。
無駄を笑う者たちよりも、被災地で自分にできることを、ただ営々と積み重ねている、
無数で無名の微力で、勇敢なハチドリたちの存在に…
 

そして、“山火事”という人生の岐路に立たされたとき、
何度でも、リフレインしよう。
 
「わたしは、わたしにできることをしているだけ」。




 
 





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静かな伝説
 
 
詞/曲/唄:竹内まりや
 
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語ってくれ 彼の生きざまを
 
歌ってくれ 彼女の栄光を
 

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険しい道選んだ 彼らのその物語(ストーリー)
 
明日を生きる僕らの 希望となる

 
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伝えてくれ 彼の優しさを
 
讃えてくれ 彼女の勇気を

 
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人知れず尽くした 彼らのその愛が
 
今日を生きる私の 救いとなる
 

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教えてくれ 彼の足跡を
 
話してくれ 彼女の悲しみを

 
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涙に耐え忍んだ 彼らのその強さ
 
未来を生きるあなたの 力となる…

 
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祝ってくれ 彼の勝利を
 
祈ってくれ 彼女の幸せを

 
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夢追い続けてきた 彼らのその笑顔
 
共に生きる僕らの 指標となる

 
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語ってくれ
 
彼の思い出を

 
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歌ってくれ
 
彼女の人生を

 
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語り継がれてゆく 
 
静かな伝説(レジェンド)は
 

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時を超えて みんなの
 
誇りとなる

 
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時を超えて みんなの
 
誇りとなる

 
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LaLaLa…

 

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どこまでも 世界にひとりということの わが影連れて雪道あゆむ



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笹井宏之作品集 「えーえんとくちから」  より




 
 
こんばんは♪
 

実は、ここ最近、風邪気味なだけでなく、持病の神経痛や身体の倦怠感が酷く、
またしばらく、ブログ世界から離れざるを得ないと判断しました。
 
というのも、今朝、ちょっとした“一つの事件”を起こしてしまい…
 
今日も、朝から重く痛む身体を引き摺るように仕事へ出掛けたのですが、
午前中の「入浴介助」の時、浴室に散らばっていたガラスの破片で、
左足の裏を、かなり深く切ってしまいました。
 
ガラスの破片は、その利用者さんのお孫さんが、浴槽の壁面へ
悪戯で投げたと思われるスイングボトルのような物が割れたカケラで、
利用者さんの「入浴介助」を始める前に、浴室の準備をしている際に発見し、
散らばったガラスを拾い集めている最中、奥側の破片を取ろうとして
左足を前に踏み出した瞬間、手前にあったガラスの破片に気づかず、
左足裏にバッサリ刺さり、パックリ割れた傷口からは、血が止め処なく噴き出す事態に…
 
浴室にガラスの破片が散在していたのは、利用者さん宅の過失と言えど、
体調が万全であったなら、手前のガラスにも十分に気づき得たことであり、
負傷の原因は、ほとんど僕の体調不良にあると自覚しています。
 
そうである以上、仕事で課せられた役割を完遂できる状態に身体が回復するまで、
ブログを休まざるを得ないと判断しました。
 
負傷した箇所はまだ痛みますが、怪我の際、その利用者さんのご家族の方が、
止血など適切な応急措置を施して下さり、何とか「入浴介助」を済ませて、
事務所(所属する事業所)に戻り、そこでも同僚の方々や訪問看護師さんに
簡潔な治療を施して頂いたおかげで、恐らく大事には至らないと思いますが、
痛みが引かないようなら、週明けの月曜に、病院できちんと診て頂くつもりです。
 
…などと、暗い話ばかりも何なので、不幸中の幸いであったことを、以下に少し♪
 

浴室が血の海で染まる中、利用者さんの奥様が、包帯や消毒液などを用意してくださり、
足裏を水で洗い流したのちに、包帯で圧迫し続けて血が止まるまでの間、
特にすることもないのに、親身と不安が入り混じる切実な面持ちを浮かべ、
つきっきりで傍にいてくださったこと。
 
事務所へ帰ると、残って仕事をされていた先輩や同僚の方々が、
僕の不注意を一切、責めることもなく、血痕で汚れていた僕の左足を
「汚いもの」として眺める気配もなく、ごく自然な手つきでつかみ
洗い流して消毒し、患部に包帯を巻き直してから、その後、
一人での処置の仕方を、事細かに教えてくださったこと。
 
これら「精神」から感じるもの。
 
立場や年齢や価値観の違いを超え、人の不足や欠落を見るのではなく、
「他者の痛み」へ集約して行く心の働きは、どこから生まれて来るものか。
数えきれないほどの違いを抱えながらも、恐らくは違いを抱えているからこそ、
数枚の緑の葉っぱの中の、ひとひらの葉のみが他と異なり、
赤く紅葉していることを美しく感じるように、
互いが互いの異なる本質を大切にして、認め合い、いたわり合うことが、
「一つの美」である事を、この人たちは知っているのではないか。
 
その事のみが、どこまでも世界にひとりの、
僕たち、孤独な人間同士の結びあう道であることを…
  

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復帰後は、僕の心がこんな空色で、また皆さんの心と結び合えますよう…














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いつも何度でも
 

詞:覚 和歌子
曲/唄:木村
 
..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
 
 









呼んでいる 胸のどこか奥で
 
いつも心躍る 夢を見たい

 
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かなしみは 数えきれないけれど
 
その向こうできっと あなたに会える

 
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繰り返すあやまちの そのたび ひとは
 
ただ青い空の 青さを知る

 
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果てしなく 道は続いて見えるけれど
 
この両手は 光を抱ける

 
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さよならのときの 静かな胸
 
ゼロになるからだが 耳をすませる

 
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生きている不思議 死んでいく不思議
 
花も風も街も みんなおなじ

 
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 Lalalala… 



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呼んでいる 胸のどこか奥で
 
いつも何度でも 夢を描こう

 
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かなしみの数を 言い尽くすより
 
同じくちびるで そっとうたおう

 
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閉じていく思い出の そのなかにいつも
 
忘れたくない ささやきを聞く

 
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こなごなに砕かれた 鏡の上にも
 
新しい景色が 映される

 
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はじまりの朝の 静かな窓
 
ゼロになるからだ 充たされてゆけ

 
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海の彼方には もう探さない
 
輝くものは いつもここに



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わたしのなかに 
 
見つけられたから…

 
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   Lalalala…   



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